英国中部の大都市マンチェスターのシナゴーグ前で2日午前9時半(現地時間)、襲撃テロ事件が発生し、警察によると、2人が死亡、3人が重傷を負った。容疑者は35歳のシリア系英国人で警察官に射殺された。事件との関連で男性2人と女性一人が拘束されたという。なお、容疑者の遺体には爆発物が付着していたため、爆発物処理班が対応した。
贖罪の祈りをするユダヤ教徒たち、ウェブマガジン「イスラエル」から
事件はユダヤ教の最も重要な祝日「ヨム・キプール」(贖罪の日)に発生した。容疑者はシナゴーグ前に集まっていた人々の中に突っ込み、車から降りて刃物で無差別に刺傷したという。男はヒートン・パーク・シナゴーグの中に入ろうとしたが、警備員に阻止され、駆け付けた警察官に射殺された。容疑者の犯行動機などは依然、不明だ。
英国のスターマー首相は「ユダヤ暦で最も神聖な日であるヨム・キプールにテロが起きたことは恐ろしいことだ」と表明した。同首相は、コペンハーゲンで開催された欧州政治共同体(EPC)首脳会議を早めに切り上げ、国家危機対応ユニット(COBR)の会合に出席し、そこで全国のシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)に対する警察の警備を強化することが決まった。
ちなみに、マンチェスターでは2017年5月22日、アリアナ・グランデ氏のコンサートが終わった直後、会場のマンチェスター・アリーナで自爆テロが起きた。 サルマン・アベディ容疑者が自作の爆破装置を起爆。 22人が死亡、数百人がけがを負うというテロ事件となった。英国ではパレスチナ自治区のイスラム過激テロ組織「ハマス」のイスラエルへの奇襲テロ事件以来、反ユダヤ主義に基づく犯罪が急増、今年上半期だけで1500件以上が起きている。
ところで、今回のテロ事件が「ヨム・キプール」の日に発生したことから、容疑者が「ヨム・キプール」を意識してテロを実行した可能性が考えられている。
ユダヤ教では先月22日の夜、ユダヤ教の新年「ロシュ・ハシャナ」が始まった。ユダヤ歴では新年は5786年の始まりだ。その10日後の10月1日夕方から「ヨム・キプール」を迎えた。その日はユダヤ教徒にとって神と隣人との和解を求める祈りの日でもある。一切の労働をせず25時間の断食をする。道路から車が消え、公共交通機関や国際便が休便となる。トーラーでは、贖罪の日は「安息日の中の安息日」と呼ばれている。多くの信者はシナゴーグで礼拝する。
「ヨム・キプール」の起源については、旧約聖書の「出エジプト記」に記されている。モーセが60万人のイスラエル人を率いてエジプトからカナンの地に向かったが、途上、イスラエルの民は食べる物がない、エジプトのほうが良かったと、モーセに不満をぶつける。モーセはシナイ山で神と会い、そこで「十戒」を記した石版を得る。一方、モーセの帰りを持ちきれなくなった民は金の子牛像を作り、それがエジプトから民を導いた神だと言って宿営の中で祈り踊っていた。それを目撃したモーセは激怒、神からもらった石板を破壊し、彼らが作った金の子牛を火に焼き、こなごなに砕いた。モーセは主につく者を集め彼らに罪を犯した民を殺させた。モーセは民の罪を償うために再び主のもとに行き、神に許しを願った(「出エジプト記第32章)。ユダヤ民族は、神と隣人への「和解の日」として永遠の贖罪の日「ヨム・キプール」を最重要祝日としてこれまで守ってきたわけだ。
すなわち、今回のテロ事件が「ヨム・キプール」の日に起きたということは、単なる偶然ではなく、ユダヤ教徒への最大級の侮辱、挑発を意味するわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年10月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。