坂口志文教授のノーベル生理学・医学賞に思うこと

大阪大学の坂口志文特任教授がノーベル生理学・医学賞を受賞しました。おめでとうございます。外国に籍を移した方を含めた日本出身者のノーベル賞は26人目、また生理学・医学賞では2018年以来となります。

坂口志文特任教授大阪大学免疫学フロンティア研究センターHPより

私は3-4年前、日本人ノーベル賞の受賞者は今後、減ってくるのではないか、と懸念を示しました。研究は泥臭く、また日本の先生方の給与は本当に安いのです。特にノーベル賞を受賞される先生方は国立大学に所属される方が多いのですが、日本のトップ級の国立大学の教授で年収は1000-1200万円程度です。そのため大学の先生は研究費を自ら得るために国からの科研費(科学研究費助成事業)取得に必死の思いで申請をする、それでも先生のレベルにより取れる先生は毎年のように取りますが、ダメな先生はなかなか取れない、これが実態なのであります。

有名大学の先生方といえども研究だけでは飯は食えるも贅沢はほとんどできないともいえます。よって諸外国から三顧の礼で迎えられる日本の先生方も多いわけでこれが頭脳流出にもつながるとされてきました。なかなか厳しい世界であります。

さて、坂口先生は今年の生理学・医学賞の受賞候補のお1人でした。もちろん、私は受賞されるまで詳細の情報は持ち合わせておりませんでしたが産経新聞にバックグラウンド記事が詳細に掲載されており、研究成果に結びつく過程に非常に興味を持ちました。

それはあらゆるものに興味を持ってきた、という少年時代からの人生であります。
自然豊かな琵琶湖のそばで育ち、中学時代は美術部に所属し、文学全集を読み漁るも、理系、文系共に成績優秀で京大医学部に進学。大学院でようやく今回ノーベル賞を受賞した自己免疫疾患に興味を持ちます。愛知県がんセンター時代は無給奉仕。その後、アメリカに留学し、帰国後、京大の再生医科学研究所に10年間所属で、2011年以降は阪大の特任教授であります。阪大にしてみれば棚からぼた餅のような話で実質的には京大での功績だと思います。趣味は美術鑑賞、「ものの考え方を学ぶ」という意味で哲学にも深い関心を持っています。

この経歴と人生を拝見すると私は強く感じることがあるのです。知識の源泉は思いもよらぬところからやってくるのだ、と。また氏の研究は当時の欧米では反主流派とされる中で地道な研究が最後に実ったという意味で日本人的なところも感じます。

私はこの3-4年、ご縁があり、京都大学の数名の先生方と深いやり取りをしながら次のプロジェクトの準備をしています。数年前、そのうちのおひとりの先生が「学際」の重要性を私に説かれました。当時私は学際という言葉すら知りませんでしたが、なるほど、学問は一つの分野では完成しないのだということは私自身が経済学は社会学や心理学、経営学、統計学…といった様々な分野の合成の上に成り立っていることを体得していましたので腑に落ちたのです。

私と今、タッグマッチを組んでいるのが京都大学の教授であり、こういっては何ですが、哲学の分野では日本でも有数の方だと思います。数多くの論文発表がありますが、それだけではなく、企業勤めの経験者でユニークな経験値を持っていること、次に今迄の数多くの研究が世界中の先生方とコラボしながら推進されていることであります。つまり、自分の世界に凝り固まることなく、あらゆる刺激を受けながら自己改革していることが研究成果につながっているのでしょう。

以前、このブログで触れたと思うのですが、私が企業勤めの時、私の上司が美術好きで就業時間にもかかわらず私だけ「おい、行くぞ!」とそっと連れ出されるのです。よく覚えているのが藤田嗣治の展覧会だったのですが、上司は多くの絵に没入しながら私にそれぞれの歴史的背景を説明しながら一言つぶやくのです。「不動産開発も美術のセンスが必要なのだよ」と。坂口教授も文系と理系共に深く理解されていました。そのバランスのよさこそ、新たなる知識の源泉だと思うのです。

日本の進学に特化した一部の高校は2年生で理系と文系にクラス分けられ、それぞれが専門領域に的を絞って勉強しています。確かに入学試験対策という意味では効率的で合格率は上昇しやすいのですが、物理を勉強する生徒が日本の古典文学を知らなくてよいとは思わないのです。俺は医者になるから日本の近代史の知識はゼロでもいいとも思わないのです。ですが、残念ながら今の教育はより効率化を目指し、入学試験のための教育になっています。つまり生徒に知的余裕を与えないとも言えます。

私が日本人のノーベル賞受賞者が今後もコンスタントで増えると思っていない理由はこのあたりにあります。テクノロジーの世界ではハードとソフトの融合などとも言われますが、ハード屋がハードだけやっていてもダメ、ソフト屋がソフトだけやっていてもダメだとも言えるわけでどこまで学際や業際といった「際」の世界を理解するかが今後は研究開発の重要なエレメントになってくるでしょう。

ノーベル賞公式HPより

モノは深堀りも大事ですが、横堀りやわき道にそれることもこれまた意味あることだと改めて思った次第です。今年のノーベル賞は日本人の有力候補がまだいます。 ノーベル賞の日本人受賞は世界で第7位であり、欧米以外では唯一の国でアジア内でも圧倒しています。このDNAをどうにか後世までつなげていかねばならないと思います。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年10月7日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。