パレスチナのガザ地区を実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」が2023年10月7日、イスラエルとの境界網を破壊して侵入し、音楽祭に参加していたゲストや集団農園(キブツ)を襲撃して1200人以上のユダヤ人らを射殺、250人以上を人質にした「ハマス奇襲テロ」が起きて今月7日で2年が経過する。

トランプ米大統領と会談するネタニヤフ首相、2025年9月30日、イスラエル首相府公式サイトから
ハマスの奇襲テロの実態が報じられると、国際社会はイスラエルに対して同情と連帯感を表明した。しかし、その連帯は長続きしなかった。イスラエルがハマスに報復攻撃を開始すると、イスラエル軍の軍事攻撃に批判する声が飛び出してきた。
ニューヨークの国連総会で2023年10月27日、戦闘が続くパレスチナ自治区ガザを巡る緊急特別会合が開かれ、ヨルダンが提出した「敵対的な行為の停止につながる人道的休戦」を求める決議案が賛成多数で採決された。同決議案はアラブ諸国がまとめたもので、決議案の内容は直接的ではないが、イスラエル軍のガザ攻撃を批判するものだった。
同決議が採択されると、イスラエルのギラッド・エルダン国連大使は、「採択された文書ではイスラエルをテロ襲撃したハマスの名前は言及されず、10月7日以後のイスラエル軍の報復攻撃の激化に対する懸念だけが表明されている」として、「国連にとって不名誉な日として歴史に記録されるだろう」と述べ、国連の正当性を糾弾した。
ネタニヤフ首相が「ハマス壊滅」を掲げ、ガザ区での軍事攻撃を激化させていくにつれ、国際世論はハマスの奇襲テロを忘れ、イスラエル軍の軍事攻撃への批判一色となっていった。メディアが流すガザ区でのパレスチナ人の悲惨な写真がその傾向を一層煽った。
この流れは今日まで程度の差こそあれ続いている。メディアの中には、イスラエル軍のガザでの軍事活動をジェノサイドと表現する。「被害者」だったイスラエルが「加害者」となった。イスラエル批判は国外からだけではなく、今日、国内からも聞かれる。
イスラエル側は「ハマスの奇襲テロ後、反ユダヤ主義的言動が急増してきた」と警告する一方、ネタニヤフ首相は2023年10月28日、国民に向かって「アマレクが私たちに何をしたかを覚えなさい」と述べている。モーセがエジプトから60万人のイスラエルの民を引き連れて神の約束の地に歩み出していた時、アマレク人はイスラエルの民を襲撃した。同首相は旧約聖書の「申命記」に登場するアマレクに言及し、いつの世代でも背後からイスラエルを殺そうとする敵が存在することを国民に改めて
想起させようとした。
ユダヤ人作家で歴史家のドロン・ラビノヴィチ氏はオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「10・7はイスラエル国民にとってトラウマとなっている。国民はこれからはショアのようなことは2度と起きないといった安全意識があったが、10・7の奇襲テロでそれが吹っ飛んでしまった」という。
独週刊誌「シュピーゲル」最新号(10月2日号)は「ハマスの奇襲テロ」2年目の特集の中で、イスラエルの著名な社会学者、エヴァ・イルーズ女史とのインタビュー記事を掲載している。イルーズ女史はイスラエルのヘブライ大学とフランスのパリ国立社会科学高等研究所(EHESS)で教鞭をとる社会学者だ。イスラエルの高名な科学賞であるEMET賞や、フランク・シルマッハー賞、アビ・ヴァールブルク賞など、数々の賞を受賞している学者だ。
同女史は2年前の出来事について、「事件を伝える報道を見て、我々(ユダヤ民族)は何と傷つきやすい民族だろうか、と改めて思い知らされた」と述懐している。同女史によると、その後、国民の中には、ハマスを壊滅させ、ガザを破壊すべきだと考える人々がいる一方、イスラエルから出ていく国民が増えてきた。同女史は「イスラエルの歴史で初めて、国を出ていく国民の数が、移住してくる国民の数より多くなった」と指摘している。
また、国際社会のイスラエル批判について、「イスラエルへの憎悪が美徳とみなされてきた」と指摘し、「反ユダヤ主義と反シオニズムを区別しなければならない、という考えが左派の新たなライトモチーフとなっている。彼らの政治的な反シオニズムは偽装された反ユダヤ主義だ」と喝破する。
ちなみに、ドイツ民間ニュース専門局ntvのウェブサイトでヴォルフラーム・ヴァイマ―記者は「なぜ多くの左翼がイスラエルを憎むのか」をテーマに興味深い記事を掲載していた。同記者は「カール・マルクスからグレタ・トゥーンベリに至るまで、150年間驚くべきことに、ユダヤ人に対する激しい憎悪が左翼運動のDNAの一部として存在している」と書いている。
イルーズ女史はインタビューの最後に、「10月7日の奇襲テロのカタストロフィーとイスラエルのその後の深刻な道徳的、政治的危機の責任はネタニヤフ首相にある」と指摘することを忘れなかった。
なお、トランプ米大統領は先月29日、イスラエルのネタニヤフ首相と会談し、イスラエルとイスラム組織ハマスとの戦闘が続くパレスチナ自治区ガザについて、20項目の和平計画を示した。現在、カイロでハマス代表、イスラエル代表、米国代表らが集まって、和平案について詳細な話し合いがもたれている。イルーズ女史は「イスラエル国民の70%は現在、この戦争が終わることを願っている」という。パレスチナ住民も同じだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年10月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






