オランダの首都アムステルダムのカトリック教会の教区で、神父が引退し、他宗派の女性と結婚したというこで、ちょっとした騒動となっている。
ポータルサイト「ケルクネット」が7日報じたところによると、67歳のニコ・マンチェ神父は10月1日、女性と結婚した。その結果、同神父は自動的に停職処分となった。報道によると、神父自身は改宗していない。

アウグスティノ会総会の開会式に出席したレオ14世、2025年9月1日、バチカンニュースから
マンチェ神父が所属していたハールレム=アムステルダム教区は、神父の結婚に「全くの驚き」を表明した。信者の中には神父の結婚に「驚きと失望」を表明した者もいた。停職処分を受けた神父と教区指導者との面会はまだ行われていないという。教区は神父の結婚問題が大きな論争を引き起こすことを回避するために腐心している。
教会法によれば、神父は「天の御国のために完全かつ永続的な貞潔を保つ義務を負い、したがって独身を貫く義務を負う」(教会法典第277条)。神父が「たとえ民事上の形式に過ぎなくても結婚を試みた場合には、停職の刑罰を受ける。しかし、警告にもかかわらず罪を犯し続ける場合は、段階的に権利を剥奪し、場合によっては聖職者職からの解任という罰を受ける」(教会法典第1394条)。「停職処分を受けた神父は、叙階権や統治権を行使することができず、例えば秘跡を執行することはできない」(教会法典第1333条)。
ところで、カトリック教会では通常、聖職者は「イエスがそうであったように」という理由から、結婚を断念し、生涯、独身で神に仕えてきたが、教会史家ヒューバート・ウルフ氏は神父の独身制を「作り出された伝統」と呼んでいる。
イエスの12使徒の中で、使徒ペテロには妻がいたことが知られている一方、使徒パウロは独身であったことが明記されている。カトリック教会では今日に至るまで、性的禁欲は聖職者の徳と受け取られているが、バチカンが「神父の子女のためのガイドブック」を発行したように、生涯を通じてこの原則を守る聖職者は多くはいない。1651年のオスナブリュクの公会議の報告の中で、当時の多くの聖職者たちは特定の女性と内縁関係を結んでいたことが明らかになっている。
ベネディクト16世が「教会の伝統」といい、パロリン国務長官は「使途時代の伝統」というのではあれば、なぜ独身制を廃止しないのか、という疑問が出てくる。特に、聖職者の未成年者への性的犯罪が急増している時だけに、独身制の廃止を真剣に考えてもいいのではないか。
実際は、カトリック教会では聖職者の独身制の見直しは、離婚・再婚者への聖体拝領問題よりもはるかに難しいテーマだ。離婚が多い世俗社会で離婚、再婚者に聖体拝領を拒否すれば、教会を訪ねてくる信者は減少する。だから、教会側としては教義と現実の妥協がどうしても不可欠となる。一方、聖職者の独身制を改革し、緩和すれば、家庭持ちの聖職者が増加し子供たちも生まれるので、教会の経済的負担は当然増加する。
教会成立初期の数世紀の間、既婚の教区指導者と未婚の教区指導者が共存していた。しかし、西暦300年頃、スペインの都市グラナダ近郊で開催されたエルビラ公会議において、神父たちは妻帯を控えるように指示されている。1139年の第2ラテラノ公会議で現行の独身制が施行された。聖職者に子供が生まれれば、遺産相続問題が生じる。それを回避し、教会の財産を保護する経済的理由が(聖職者の独身制の)背景にあったという。16世紀のトレント公会議と1960年代の第2バチカン公会議は独身制を再確認した。
家庭持ちの聖職者の増加は家庭問題を抱える信者への牧会にプラスだが、聖職者の家庭が離婚問題に直面するかもしれない。イエスを新郎とし、イエスと結婚していると信じる多くの修道女に動揺が起きるかもしれない。家庭を持った故に、愛は聖書の中の問題ではなく、日常生活での課題となるからだ。
ちなみに、カトリック教会の独身制に神学的な背景があるかというと全くない。旧約聖書「創世記」を読めば、神は自身の似姿に人を創造され、アダムとエバを創造された。その後、彼らに「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」(第1章28節)と祝福している。独身制は明らかに神の創造計画に反しているわけだ。野生動物学のアンタール・フェステチクス教授は「カトリック教会の独身制は神の創造を侮辱するものだ」と言い切っている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年10月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






