黒坂岳央です。
東京、特に23区内に生まれ育った人間は「人生の勝ち組」であるという認識が、長らく社会の常識であった。SNSでも頻繁に「東京生まれはそれだけで問答無用で勝ち組」といった論調で投稿がなされている。
そして筆者はこの意見自体を否定するつもりはない。確かに進学における情報量、国内トップ企業への就職機会、そして四六時中開催される文化イベントや人との出会いは、東京に圧倒的な有利性をもたらしてきた。
一方で、これまであまり言われてこなかった「東京生まれは勝ち組への反論」に挑戦したい。特に令和時代以降、東京生まれは無条件に有利とは言い切れないのではないだろうか?
筆者は一石を投じるために、無理やり理論を練り上げたものではなく、個人的肌感覚で思うところを話したい。
※ 本稿は東京生まれや東京に住むことを否定する意図は一切ない。あくまで新たな視点の提供に過ぎず、解釈は人それぞれおまかせしたい。
Mlenny/iStock
東京有利はサラリーマンが前提
東京で学歴やキャリアを築くことは、確かに分かりやすい「勝ちパターン」である。東京の有名大学を卒業し、名の知れた大企業で経験を積むというキャリアパスは、東京の転職市場においては強力な武器となる。
地方の名も無い中小企業の部長や課長経験より、東京の名のしれた平社員の方がキャリアとして通用する場面も多い。関東の学校、会社は東京での「共通語」として機能する不文律がある。
だが、これは「東京でサラリーマンや政治家になる」というルートで影響する。総務省の「労働力調査」によると、我が国の労働人口の約9割(88%)はサラリーマン(政治家含む)なので、大多数の人は「サラリーマン前提ルート」として東京生まれ、東京育ちが有利という意見を持っている。
将来、社長や投資家になる人も、大卒後いきなり起業するのではなく、まず会社員をやってからなる人が多いことを考えると、「東京の優位性はほとんど多くの人に通じる」といって差し支えないだろう。
その一方、東京は全員に優位性を与えてくれるわけではない。これは過去記事で書いたのだが、東京は年収400万円未満の40代以降が住むには厳しい場所だ。
さらに円安、インフレ、外国人との競争などあらゆる要素を加味すると、一定レベル以上の経済力がないと東京で生活することは、QOLの点で地方での生活に劣後する点がある。また、長時間労働、長距離・混雑する電車通勤などのネガティブ要素も含めると「東京で働く意味合い」はかなり薄いといっていい。
東京生まれの優位性は、あくまでサラリーマンをやる場合や若い時期に限定する話といえないだろうか。
東京生まれは地方に行けない
そしてここからが本題だ。ズバリ、東京生まれは地方で暮らすことは難しい。これは物理的、法的制約というより、精神的な制約だ。
ハッキリいって東京はあまりにも魅力的すぎる街だ。これは皮肉ではなく、心からそう思っている。筆者は昔からずっと東京に憧れていたが、実際に長く住んで初年度から東京の魅力に取り憑かれた。
上京した最初は南千住の日雇い労働者の宿からスタートし、次に足立区へ。その後は仕事を頑張ってドンドン住む場所を変えていったが、本当にどこに住んでも東京は素晴らしい街だと心から思う。
だが、このあまりにも楽しすぎということは、人生全体を最適化する上で必ずしもプラスとは言えない。なぜなら、東京出身者は「地方へ移住する」という選択肢を入れることが極めて難しくなるからだ。
東京という極めて高度に最適化された環境に慣れきってしまうと、地方に存在する「不便さ」や「車社会」「人間関係の文化の違い」を「罰」や「負け」だと認識してしまう。いわゆる都落ちは耐え難い屈辱であり、実際に移住しても長く持たない人が出てくるのはそのギャップが大きいからだ。
東京から地方移住は「最初はしんどい」
筆者自身、東京生まれではないが、生まれてずっと都会育ちなので最初は九州の田舎暮らしは苦痛も少なくなかった。「東京ならこのくらい普通なのに」という期待値とのギャップがしんどくて、しょっちゅう東京へ遊びに行って都会の空気を吸いにいき「やっぱりこれこれ!」と思っていたのだ。
地方に慣れ、ここでの生活を好きになったのは住んで5年くらいしてからだ。最近では車社会に慣れすぎて、あれほど快適に感じていた電車での移動がまったく受け入れられなくなり、都内ではタクシー移動のみでもう電車には乗らなくなった。
東京生まれの人が地方に移住して暮らす、というのはある種、海外移住に近いと言えるほどの心理的ハードルがある。不安も一杯で、正直、東京の利便性は確かに損なわれる。人間関係もゼロにリセットされてしまう。
その結果、「東京以外で暮らす」という人生の選択肢が、意識から完全に消滅するのだ。地方出身者だと、田舎暮らしを経験済なので、必要に応じて実家のある地域へ帰ることが出来るのだ。
地方移住の価値は高まった
AI、ネット通販などテクノロジーやライフスタイルの進展により、地方移住はかつてと比べて飛躍的に価値が高まった。何より、コスト高な東京と比べれば地方での生活は圧倒的に安い。
東京では1億円以下で買える新築マンションは皆無だが、地方だと今でも新築2000万円台で庭付き一戸建てやマンションが買える。「車社会は時間もお金がかかる」という意見もあるが、それは地方の極端な田舎をいっている場合がほとんど。地方にもバスや電車はあるし、地方のサラリーマンは公共交通機関で通勤する人も普通に存在する。また、仮に車の維持費にお金がかかる点が事実としても、圧倒的に安い住居費で十分ペイできる。
そして繰り返し記事で書いてきた通り、仕事によっては地方のハンディはない。筆者は「リモートワーク」という言葉が流行る前から仕事はすべてリモートで完結している。ネットショップ運営、記事、動画、書籍執筆など、家から一歩も出ずに仕事ができてしまう。こうなると無理に東京で暮らす意味合いはなくなる。
◇
これからの生き残りの選択肢として、東京の看板やローカルな競争ルールに依存せず、東京でも地方でも、世界中のどこでも、自力で価値を生み出し、稼ぎ、快適なQOLを実現できる「場所を選ばない力」を持つ者と言えるかもしれない。
東京生まれは精神的な移住ハードルが高いことで、コスト高な東京での勝負にロックインされてしまう。それは見方を変えれば有利な点もある反面、必ずも100%そうとは言い切れない要素もあるように思えるのだ。
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