今年のスウェーデン銀行賞(ノーベル経済学賞)は、J. MokyrとP. Aghion、P. Howittの3人が受賞した。その授賞理由は「イノベーションによる経済成長」の研究である。
Aghion-Howittの研究は1990年代から数多く発表され、経済学界の共有財産である。本書はそれを一般向けに書いた入門書だが、日本にはいまだに「積極財政でイノベーションを起こす」とか「ターゲティング政策で成長する」とかいう政治家がいるので、そういう人々には本書を読んでほしい。
発展途上国の陥る「中進国の罠」
IMFの世界経済見通しによれば、2024年の一人当たり名目GDPは日本が約3万3000ドル、韓国が約3万6000ドルで、韓国が日本を抜いた。この一つの要因は急激な円安だが、ここ10年の成長率をみても逆転されるのは時間の問題だった。
日韓の1人あたり名目GDP(日本=1とした場合)
Economist誌でも世界銀行のチーフエコノミストが、韓国を中所得国の罠から脱却した国として賞賛している。これは発展途上国がキャッチアップで一定の経済レベルに達した段階で、政府と癒着した企業の独占維持や既得権保護で成長が止まってしまう現象をいう。
本書では、日本をその罠にはまった国として論じている。日本と韓国は、ほぼ同じ時期に深刻な経済危機を経験した。1990年代に日本では不動産バブルの崩壊による不良債権の処理に13年かかり、その間に世界ナンバーワンだった製造業は日本から逃げ出してしまった。
他方、韓国は1997年のアジア通貨危機で金融危機になり、IMFの資金援助を受けた。韓国人がIMF時代と呼ぶこの時期に財閥が解体されて失業者が激増したが、財閥企業をクビになった若者が起業し、空前の創造的破壊が起こったのだ。
韓国の生まれ変わった「IMF時代」
韓国のキャッチアップは日本のまねで、日本の高度成長から20年近く遅れて始まった。1965年の日韓条約のころは世界の最貧国だった韓国は、その後、財閥(チェボル)を中心にして急成長を遂げた。政府は財閥と癒着してその利権を守り、1990年には財閥の売上げ合計はGDPの16%を占めた。
ところが1997年に始まったアジア通貨危機で財閥系の銀行が破綻し、IMFは総額580億ドルの資金援助をおこなった。その条件としてIMFは財政赤字の削減を求めるとともに、財閥の独占を解除し、対内直接投資の自由化を求めた。
その結果、ITベンチャーが激増し、財閥の独占していた金融などの部門にも新陳代謝が起こり、海外からの対内直接投資はGDPの26%から55%に増えた。財閥の中でもサムスンは電機以外の部門を切り捨て、半導体に投資を集中して世界のトップメーカーになった。
ゾンビ企業を救済した日本経済は生まれ変われなかった
同じ時期に日本でも1997年の山一証券の破綻をきっかけに金融危機が起こったが、銀行は債務超過を合併で乗り切り、政府が50兆円を投入して危機を乗り切った。このとき小泉内閣が不良債権を強制的に清算させて13年以上にわたった不良債権問題は終わった。
しかし金融以外の分野の改革はほとんどおこなわれなかった。日本の不良債権の規模は韓国の10倍以上だったが、はるかに豊かだったので、不良資産を抱えたゾンビ企業を政府の無利子融資や雇用調整助成金などの補助金で救済した。
2010年代になっても安倍政権は超緩和的な金融政策を続け、ゾンビ企業にゼロ金利(実質マイナス金利)の補助金を供給し続けた。企業は韓国のような予算制約に直面しなかったため倒産は減ったが、成長率も賃金上昇率もゼロ近くのままだった。
需要不足でデフレだった時代には積極財政も意味があったが、人手不足でインフレのいま減税や財政出動をおこなうことは有害無益である。それはゾンビ企業を救済し、社内失業で労働力を浪費し、新陳代謝とイノベーションを阻害してしまうのだ。







