パレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織「ハマス」に2年間余り人質となってきたイスラエル人20人が13日、無事、解放された。また、人質の遺体28体のうち、15日現在、イスラエル側には9遺体しか戻っていない。イスラエル側は和平合意の違反として、ハマス側に28人の遺体すべての返還を求めている。
同時期、イスラエルの刑務所で拘留されていたパレスチナ人囚人の約1950人が解放された。ガザ合意に基づいて、2023年10月7日のハマスによるイスラエルへのテロ攻撃容疑で逮捕された約250人のパレスチナ人囚人と約1700人のパレスチナ人が釈放された。イスラエル人殺害で有罪判決を受けた囚人の釈放は、何よりもハマスにとって大きな成果と受け取られた。一方、テロ犠牲者のイスラエル側の遺族は愛する人を殺害した犯人が再び自由になったことに非常に複雑な感情を抱いているという。
踊りだしたパレスチナの人々(2012年11月29日、ウィーン国連内にて撮影)
釈放された囚人たちは赤十字のバスでヨルダン川西岸地区のベイトゥニアとガザ地区のハン・ユニスに運ばれ、大勢のパレスチナの人々が彼らを出迎えた。多くの囚人は勝利のVサインをし、自由の身になったことを喜んだ。
イスラエルの20人の人質は解放されると即、軍事病院に搬送され、メディカル・チェックを受けるとともに、家族や友人たちと再会した。テルアビブの病院関係者は「解放された人質は失った2年間を取り戻し、トラウマを乗り越え、正常な日常生活に復帰するまでには多くの時間がかかるだろう」と述べていた。
一方、釈放されたパレスチナ人は迎えに来た家族との再会を喜ぶが、眼前に広がる廃墟となったガザの状況を見てショックを受けている。釈放されたが、住むところもなく、電気も水道もない荒廃した地に自分たちは戻されたのだ。囚人の中には、自分の家族が戦争で亡くなったことを初めて知って、新たな衝撃を受けるパレスチナ人もいたという。
解放されたイスラエルの人質も釈放されたパレスチナ人もつかの間の喜びが過ぎると、厳しい現実が目の前に差し迫ってくる。特に、衣食住も不十分な荒れ地に放置されるパレスチナ人は生存のための新たな戦いが始まるわけだ。オーストリア国営放送(ORF)のウェブサイトは15日、「歓喜から幻滅へ」という見出しで記事を報じていた。
問題は、イスラエルで有罪判決を受け釈放された250人余りの囚人の中には多数のテロ実行犯が含まれていることだ。メディア報道によれば、250人の囚人のうち154人はイスラエルによって強制的に再定住させられたという。彼らはエジプトに連行され、そこから受入国に分配される。彼らはパレスチナ自治区への再入国を許されないという。
ところで、イスラエル側は釈放された囚人の中から第2、第3のハマス指導者が生まれるのではないかと懸念している。過去に実例がある。ヤヒヤ・シンワルは1988年10月、イスラエル兵の殺害などで終身刑となったが、2011年に、パレスチナ側に拘束されていたイスラエル兵士ギラド・シャリート氏と引き換えに出所した。そのシンワルは2年前の奇襲テロで1200人のユダヤ人を殺害し、250人を拉致した指導者だった。シンワルは2024年10月16日、ガザでの戦闘中、イスラエル軍によって殺害された。
ヤヒヤ・シンワル氏 NHKより
また、10月7日のテロ攻撃およびその後の戦争に関連してイスラエル軍に逮捕された約1700人のパレスチナ人も今回、釈放された。その中には、女性や未成年者も含まれていた。
トランプ米大統領が提案した20項目の和平計画に基づき、第1段階の停戦と人質解放がほぼ終了したことを受け、これからはハマスの武装解除、ガザの非武装地化などの難題が控えているが、第1段階で釈放された約1950人のパレスチナ人のその後の動向次第では、停戦合意が崩壊する危険性は排除できない。
ちなみに、当方にもパレスチナ人の友人、知人がいる。パレスチナ民族が優秀であることを知っている。ただ、彼らにはイスラエルに国を奪われたという憎しみがある。そして、その憎悪を昇華しない限り、イスラエルと「2国家共存」は絵に描いた餅に過ぎないことも彼ら自身知っている。ガザ戦争で家族、知人、友人を失ったパレスチナ人の「イスラエル憎し」が暴発しないかと心配だ。ああ、パレスチナよ、パレスチナよ。
イスラエルを訪れトランプ大統領 2025年10月13日 ネタニヤフ首相インスタグラムより
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年10月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。