『日経』が17日、「台湾独立『不支持』か『反対』か、米中取引に潜む火種」という見出しの、末尾に「米州総局長 大越匡洋」と署名がある記事を掲載した。大越氏のいう火種とは「米国が台湾政策を巡る文言の修正を取引(ディール)の材料にするのではないかとの疑念」だそうだ。
その根拠の一つとして、中国外務省関係者の「最も重要で敏感な台湾問題が適切に管理されれば、中米関係は安定した基盤を築ける。『台湾独立』に公然と反対すべきだ」との話を挙げている。これにトランプ氏が反応して、「軽々しく言葉を弄べば後に禍根を残すアリの一穴となりかねない」という訳である。
米国の台湾問題に関する政策は、大越氏も触れている「国内法『台湾関係法』」「米中間の『3つの共同コミュニケ』」「台湾に伝えた『6つの保証』」を基礎とする「一つの中国」政策だ。3つとも70年代前半の米中接近以降のものだが、基本にある「曖昧戦略」は49年10月の中国成立後一貫している。
筆者はその「曖昧戦略」について本稿に何本も拙稿を寄せてきたが、最近の「トランプの台湾政策は『平和』がキーワード」では、以下のように書いた。
72年2月の「上海コミュニケ」で米国はこう述べたのである(日本外務省仮訳)。
「米国側は次のように表明した。米国は,台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している。米国政府は、この立場に異論をとなえない。米国政府は、中国人自らによる台湾問題の平和的解決についての米国政府の関心を再確認する。」
この「認識している」との英語は「acknowledge」であって、「承認する」を意味する「accept」ではない。このことは、「米国が中華人民共和国政府を中国唯一の合法政府であることを承認」した、79年1月1日発出の「外交関係樹立に関する共同コミュニケ」においても、再確認された(「8・17コミュニケ」の日本外務省仮訳)。
つまり、米国は「中国は一つ」を認めてはいない。中国が「中国は一つ」と主張しているのを「そうなんですね」と述べているに過ぎない。これは外交でよくある、双方が都合よく解釈できる玉虫色の妥協で、日韓の「もはや無効」の同じ類である(拙稿「『もはや』の知恵がもたらした日韓国交正常化」))。
また大越氏は、「台湾独立について『支持しない』から『反対する』に表現を変えるのではないか——。トランプ政権の対中戦略を見守る米国内の外交・安全保障専門家らの多くはこんな懸念を抱いている」とし、それをもう一つの根拠に挙げている。
が、「平和がキーワード」で書いた様に、米国務省は本年2月、ファクトシートから「台湾独立を支持しない」との一節を削除した。これが「独立に反対する」に転換する布石でないことは、第1次政権下の20年9月、米国在台協会台北事務所に、機密にしてきた「8.17コミュニケ」と「6つの保証」(以下)の内容を公開させたことでも知れる。
「6つの保証」
- 台湾への武器供与の終了期日を定めない。
- 台湾への武器売却に関し、中国と事前協議を行わない。
- 中国と台湾の仲介を行わない。
- 台湾関係法の改正に同意しない。
- 台湾の主権に関する立場を変えない。
- 中国との対話を行うよう台湾に圧力をかけない。
加えて「台湾関係法」には、カーター政権による79年1月の米中外交関係樹立に関する「共同コミュニケ」の歯止めとするべく、その4月に議会が超党派で成立させた経緯がある。つまり、米国議会は民主・共和の隔てなく台湾を支えているし、トランプ政権もむしろ「独立支持」色を強めている。
以上縷説したことは、大越氏が「トランプ政権の対中戦略を見守る米国内の外交・安全保障専門家らの多く」が懐いているとする「懸念」の払拭材料である。筆者の見るところ、大越氏が見聞きし、取材している「米国内の外交・安全保障専門家らの多く」はネバートランパーばかりなのではなかろうか。
他方、筆者の知るトランプ氏の外交術は「先手必勝、後手に回れば倍返し」である。台湾政策ならば、「独立を支持しない」を「独立に反対する」に転換するといった、訳の分からない迂遠な論ではなく、「米国案を飲まないなら台湾独立を支持し、国家承認する、むろん国連加盟も認める」というはずだ。
仮に大越氏が懸念するような、トランプ氏らしからぬ頭の悪い交渉姿勢を採るなら、筆者もトランプ氏を見限る。が、前哨戦で100%の追加関税や習氏との会談中止を示唆したトランプ氏に、中国が16日、貿易協議に応じる用意があると述べているらしいので、トランプ贔屓を続けられるかも知れぬ。