ウクライナ「第2のブタペスト覚書は御免」

トランプ米大統領は16日、ロシアのプーチン大統領と2時間に及ぶ電話会談で、ウクライナ戦争の停戦を巡る米露首脳会談を近い将来、ハンガリーの首都ブタペストで開催することで一致したという。正式の日程はまだ明らかになっていないが、「2週間以内に実現したい」という。同大統領がSNSへの投稿で明らかにした。

ウクライナのゼレンスキー大統領、トランプ大統領とウクライナにおける人命保護、防空能力、強靭性、長距離能力の強化について電話会談、2025年10月12日、ウクライナ大統領府公式サイトから

トランプ米大統領は8月15日、米アラスカ州のアンカレジのエルメンドルフ・リチャードソン米軍基地でロシアのプーチン大統領との米露首脳会談を開催した。同首脳会談の成果について、欧州のメディアは一様に「ウクライナの停戦問題では成果がなかった」、「国際社会から孤立していたプーチン氏は米国の地で赤絨毯を敷かれて迎えられ、世界に向かってロシアの存在をアピールすることが出来た。米ロ首脳会談はプーチン氏の外交勝利となった」と報じた。

トランプ氏にとってブタペスト会議は名誉回復のチャンスだ。ぜひともウクライナ戦争の停戦という外交成果を挙げたいところだろう。
トランプ氏は「2か月前のトランプ氏」ではない。ガザ戦争を停戦させ、人質を解放するなど、中東和平交渉で大きな成果を挙げたばかりだ。トランプ氏には勢い(momentum)がある。そのモメンタムでプーチン氏と会談し、ウクライナ戦争を停戦に導くことが出来るのではないか、といった期待がトランプ氏陣営だけではなく、欧米メディアにも感じられる。

ところで、米露首脳会談の開催地がブタペストと発表されたため、なぜ東欧のハンガリーで開催するのか、といった声がある。ハンガリーのオルバン首相はトランプ氏だけではなく、プーチン氏とも友好関係を持っている政治家だ。両大国の首脳と良好なチャンネルを有している政治家は欧州諸国ではオルバン氏だけだろう。ただし、欧州連合(EU)の対ロシア制裁に拒否権を行使するオルバン氏は、ブリュッセルからは「欧州の異端児」と酷評されている。

ブタペスト開催の理由はまだある。ハンガリーは今年4月3日、国際刑事裁判所(ICC)からの離脱を決定した。直接の契機は、イスラエルのネタニヤフ首相に対してガザでの戦争犯罪の疑いでICCが逮捕状を発布したことに抗議する狙いがあった。プーチン氏もウクライナ戦争に関連してICCから戦争犯罪人として逮捕状が出ている身だ。プーチン氏がICC加盟国(2025年1月現在125国)を訪問すれば、逮捕される危険性が排除できないが、ハンガリーはICCに脱退を通達済みだ(同国のICC脱退は来年4月に正式に発効)。プーチン氏にとってハンガリーは米露首脳会談開催地として最適の地というわけだ。

ちなみに、米露首脳会談開催のニュースが流れると、中東和平交渉のように、ロシアを説得して停戦させてほしいと願っているウクライナ国民にとって朗報だが、開催地が「ブタペスト開催」と聞いて、複雑な思いを抱いた国民も少なくない。ハンガリーがEUの対ロ制裁を拒否し、欧米のウクライナ支援をボイコットしている国という理由だけではないのだ。

1994年12月5日、ブタペストで開催された欧州安全保障協力機構の会議で、米国、ロシア、英国の3カ国は、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンが核不拡散条約に加盟したことを受け、3カ国の安全を保障する覚書に署名した。これは「ブタペスト覚書」と呼ばれている。

問題はその覚書の内容が後日、ロシア側に反故されてきたことだ。ロシアは2014年、クリミア半島に侵攻し、半島を併合した。2022年2月末にはウクライナに侵攻し、今日まで戦闘を続けている。「ブタペスト(覚書)」という地名はウクライナ国民には余り快く響かないのだ。「第2のブタペスト覚書は御免だ」というのが偽りのないところかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年10月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。