ガザ停戦を「指導者の英雄譚」扱いして良いのか

The White Houseより

ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の論説「Hamas Releases All Living Hostages as Nations Celebrate a Historic Peace Deal」および「Trump’s Triumphal March」は、トランプ大統領とネタニヤフ首相を「歴史的和平の立役者」として称賛している。

記事は、人質解放のニュースを「トランプにしか成し得なかった快挙」と位置づけ、彼がイスラエルを安心させ、アラブ諸国をまとめ、ハマスを屈服させたと描写している。同時に、ネタニヤフを古代の英雄ダビデやモーセになぞらえ、イスラエルを「苦難を超えて勝利に導いた指導者」とまで礼賛している点は驚きとしか言えない。

この論説は米国の保守派読者を主対象としており、全体を通して「トランプ=世界を導くリーダー」「ネタニヤフ=民族の守護者」という物語で貫かれている。複雑な中東の現実——民間人犠牲、ガザの被害、パレスチナ内部の分裂——はほとんど描かれていない。

つまり、論説は「外交成果」ではなく、「指導者の英雄譚」として語られているのが特徴だと言える。

しかし、現実には両者とも危機の当事者であり、その火種を育ててきた側でもある。ネタニヤフは長年、ハマスを「都合の良い敵」として生かし続け、パレスチナ自治政府を弱体化させてきた。彼にとってハマスの存在は「国内結束を維持するための必要悪」だった。

この点に関しては、トランプもまた平和の破壊者の一人である。

永年の紛争に終止符を打つと期待されたオスロ合意(1993〜95)について、ノーベル委員会はその貢献者に平和賞を授与した理由を次の三つの柱で説明している。

  • 相互承認の実現
    イスラエルとPLOが互いを正式に認め合い、敵対から対話への歴史的転換を果たした。
  • 将来の和平枠組みの創設
    ガザ・西岸におけるパレスチナ自治の実現を具体的プロセスとして定めた。
  • 勇気ある政治的決断
    長年の憎悪と報復の連鎖を断ち切るため、両指導者が国内の強硬派の反発を押し切った。

中でも特に「対話を可能にした勇気(the courage to talk)」が高く評価されており、武力や制裁ではなく交渉そのものを“平和の方法”として制度化した点が称えられている。

しかしトランプ政権は、この合意の精神を実質的に無視する政策を次々と打ち出し、オスロ体制下でパレスチナ側の交渉窓口として「二国家共存」を前提にイスラエルとの協議を続けてきた穏健派のファタハ主導のパレスチナ自治政府(PA)の立場を完全に無力化してしまった。

ただし、トランプが人質解放と爆撃停止を現実の行動としてまとめた点は評価すべきであろう。

つまり、トランプは「火をつけた放火犯」であると同時に「部分的に消火した現実主義者」でもある。問題は、この論説がその功罪の差を消し去り、二人を「英雄」として描いている点にある。

この記事の本質的な欠陥は、「火を消した者を称える前に、誰が火をつけたのかを問わない」という報道倫理の欠落にある。この“マッチポンプ型政治”こそ、現代のポピュリズムが依存する構図であり、こうした構図を見抜けるかどうかは、報道だけでなく、我々読者の成熟にもかかっている。

そして、WSJ紙がネタニヤフ・トランプ両首脳を絶賛した記事のインクが乾く前に、米国を拠点とする国家安全保障・監視・内部告発・政府の透明性と言ったテーマを重視する調査報道機関、The Intercept はこう報じている。

(月曜日)ドナルド・トランプは大々的な演出を伴って「ガザでの戦争は終わった」と宣言し、自らを「平和の大統領」と名乗った。

(火曜日)イスラエルの無人機がガザ市東部のシュジャイヤ地区で、破壊された自宅を確認していたパレスチナ人5人を殺害したと報道し、「イスラエルにとっての停戦とは、『あなたが撃ち止め、私が撃つ』という意味である、と皮肉っている。