黄泉に一番近い山・恐山の荒涼とした景色を歩く

本州最北端の地、青森県の下北半島をドライブしています。

津軽海峡を眺めながら大間崎から車を東に進ませ、むつ市へ。下北半島で特に有名な観光名所に向かいます。

それは市内中央部にある「霊場恐山」(おそれざん)。活火山恐山の山中にある寺であり、高野山、比叡山と並ぶ日本三大霊場とされています。9世紀に慈覚大師円仁によって創建されたとされており、一時衰退していましたが16世紀に復興しこの恐山菩提寺が建立されました。

霊場恐山は上の写真のように立派な山門が建つ寺なのですが、特徴的なのは銭湯があることです。入山料500円を支払えば誰でも利用することができます。こちらは男性用の浴場「薬師の湯」。場内に4つの温泉がありそのうちひとつ「花染の湯」は混浴です。

先述の通り恐山は活火山なので熱源が近くにあり温泉が出やすい土地です。強酸性の硫黄泉で浴室内は硫黄のにおいが漂います。強酸性なので長湯はしないように気をつけましょう。

霊場恐山の最大の見どころはこの菩提寺の先に広がる独特の世界。それがコチラです。

山の麓に広がる荒涼とした灰色の石と砂の世界。色のない寂し気なこの景色は地獄に例えられ、

無間地獄

賽の河原

無間地獄や賽の河原など地獄やあの世にまつわる名前をつけられたポイントが点在しています。

あの世の世界を思い起こさせる景色があるというだけでなく、恐山にはこの世とあの世をつないでくれる人も存在します。それが「イタコ」。亡くなった人の魂を呼び寄せてイタコに憑依させ、霊の代わりに意思を語る「口寄せ」を行います。東北地方北部の民俗文化のひとつで恐山のイタコが最も有名です。

恐山の荒涼とした世界には救いの手を差し伸べる地蔵や仏様が点在しているのですが、そこには風車が備えられています。多くの寺では見られない独特の風景で、風車ではなく線香が用いられるのが一般的だと思いますが、恐山では線香はほとんど見られません。

硫黄が流出したあと

ところどころ硫黄のにおいのする亜硫酸ガスが出ている

恐山は活火山であり、山中には亜硫酸ガスが噴出している場所があります。これが線香の炎に触れると引火し、爆発することがあることから線香は決められた場所でしか使用できないのです。この荒涼とした世界も亜硫酸ガスが生み出したもの。ガスの影響で草木が生えず岩石だけの世界が生まれました。地面はところどころ硫黄の色に染まり、近くを流れる川も黄色く濁ります。

地獄を抜けると一気に視界が開け、水面の青が美しい湖に辿り着きます。この湖は宇曽利(うそり)湖。「宇曽利」と「恐(おそれ)」、言葉の響きが似ているなと思う方もいると思います。

実は両者とも語源は同じで「火」を意味するアイヌの言葉「オソ」から来ています。恐山は寒々としていてイタコの存在もあって死後の世界をイメージして恐ろしい存在と思ってしまいますが、その語源は「恐ろしい」ではないのです。

宇曽利湖の湖面は美しく、これまで見てきた荒涼とした岩石の世界とは別世界。こちらは「極楽浜」と呼ばれ地獄と対比した名前が付けられています。

湖水が美しく感じるのは恐山の硫黄が溶け出て流れ込んでおり、湖水に硫黄の黄色が混ざっているから。またこのため湖水は酸性度が極めて高く耐性のあるウグイのほかは生物がほとんど存在しません。生物に汚されることがないことも水が澄んでいる理由のひとつです。

下北半島の真ん中に佇む霊山、恐山。荒涼とした地獄のような景色と極楽のような美しい湖が並んで存在し、死後の世界が現世に現れたかのような世界でした。

厳寒の地にある恐山は10月末までしか訪ねることができず、開山は来年5月1日になります。晩秋の恐山で黄泉の世界を感じに足を運んでみてはいかがでしょうか。


編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2025年10月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。