高市早苗政権の骨格が、次第に見えてきている。もっとも「強」という言葉が何度も使われたと話題になった所信表明演説などは、意気込みの強さがアピールされたとはいえ、具体的な政策に関して語られた部分は、必ずしも多くはなかった。
高市早苗首相 首相官邸HPより
高市首相の言動や、人事などを見ていると、「第二次安倍政権の再来」の考えにだいぶとらわれているような印象がある。もともと高市氏が自民党の総裁に選出されたのは、岸田政権・石破政権の間に、安倍政権時代の右派層・若年層の支持が離れたことを深刻視する自民党内の勢力があったからだ。「安倍政権時代の強い自民党」の再現が、イメージとして、高市首相が目指していることであるように見える。実際に、世論調査では、狙いが当たっている傾向は見てとれる。
ただし言うまでもなく、その傾向が続くかどうかは今後の政策実行次第だ。そもそも連立の組み換えなどの環境の変化があるので、選挙結果などに、狙いがどう反映されていくのかも、不透明なところがある。
この観点から、「力強い外交・安全保障政策」と、高市首相が所信表明演説で述べたことについて、見てみよう。
まず「我々が慣れ親しんだ自由で開かれた安定的な国際秩序は、パワーバランスの歴史的変化と地政学的競争の激化に伴い、大きく揺らいでいます。・・・中国、北朝鮮、ロシアの軍事的動向等が深刻な懸念となっています。」という現状認識を、高市首相は披露した。そのうえで、「こうした国際情勢の下、世界の真ん中で咲き誇る日本外交を取り戻します」といったレトリックが用いられた。
この状況に対応するために、柱となるのが、日米同盟である。「日米同盟は日本の外交・安全保障政策の基軸です。・・・私自身、トランプ大統領が訪日される機会にお会いし、首脳同士の信頼関係を構築しつつ、日米関係を更なる高みに引き上げてまいります。」と述べる高市首相は、さっそく今月末にトランプ大統領と会談する。
トランプ大統領に、高市首相を批判したい動機付けはない。対人関係は、良好に進むだろう。だが常識外れの関税政策なども導入して、巨額の財政赤字と貿易赤字の削減に取り組む覚悟を表明しているトランプ大統領が、同盟国の善意の機会を、みすみす見逃すはずはない。高市首相の政権基盤が、自らとの会談の成否によって大きく左右されていくことも、よく把握しているはずだ。トランプ大統領との会談の失敗を許されない高市首相に、防衛費の大幅増額による米国製兵器の購入などを通じた米国側の赤字解消に向けた日本の貢献を引き出す態度をとってくることは、必至だ。関税交渉を通じて合意された80兆円とされる巨額の対米投資の米国主導での早期執行も迫ってくるだろう。
高市首相は、トランプ大統領との会談を成功させて、政権基盤の安定につなげたい大きな動機付けを持っている。実際に、同盟国であるアメリカの意向を完全に無視する選択肢を、国力を疲弊させている日本は、持っていない。しかし日本自身が、巨額の財政赤字という時限爆弾を抱えている。心意気一つで、巨額の財政支援をアメリカに提供することを決断してよいような国ではない。高市首相に加えて、小泉防衛大臣、茂木外務大臣、片山財務大臣が、深く関わることになるだろう。だがこれらの人物たちの間で確立されるコンセンサスが、どのようなものになるのか、現時点では予想しづらいのが、実情だろう。
高市首相は、所信表明演説において、続けて、「日米同盟を基軸とし、日米韓、日米フィリピン、日米豪印等の多角的な安全保障協議も深めてまいります」と述べた。日本にとっての準同盟国の扱いの諸国だ。これらの国名を列挙された諸国は、茂木外務大臣の就任時の挨拶などでも、完全に一致していた。現在の外務省の確立された見解だと考えることができるだろう。
懸念点は、盟主であるアメリカに、これらの多角的な同盟関係の発展を望む姿勢が乏しいことだ。アメリカとインドの関係が悪化し。クアッド四カ国の首脳会談の開催が延期され続けていることなどは、その象徴例だ。外務省としては、だからこそ、あらためて日本のイニシアチブで、多国間主義の機運を高めていきたい、ということだろう。だが確立された明るい見通しがあるわけでもない。高市首相は、「ASEAN諸国との今後の更なる関係強化も進めていきます」という一文も読み上げたが、フィリピンを特筆する形でのASEAN外交に、バラ色の未来が約束されているとまでは言えない。他のASEAN有力国との距離感の設定には、苦心する恐れがある。インドネシアはBRICS正式メンバーになり、マレーシア、タイ、ベトナムが、BRICSパートナー国となっている。日本の国力だけでは、フィリピンを特筆する形でのASEANとの外交の発展を期待できる状況ではない。
高市首相は、「『自由で開かれたインド太平洋』を、外交の柱として引き続き力強く推進し、時代に合わせて進化させていくとともに、そのビジョンの下で、基本的価値を共有する同志国やグローバルサウス諸国との連携強化に取組ます。』とも述べた。
高市首相が首相に選出された10月21日、国家安全保障局長だった岡野正敬氏がわずか9カ月の在任で退任し、代わって市川恵一前官房副長官補(外交担当)が安保局長に急遽、就任するというニュースが流れた。市川氏は、石破内閣の10月10日の閣議でインドネシア大使の辞令がすでに閣議決定され、赴任直前の状況であった。異例中の異例の出来事であったと言える。高市内閣の強い意向が働いていると推察される。
市川氏は、安倍政権時代に、外務省総合外交政策局総務課長だった時、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の概念を、安倍首相に進言して採用された人物として、広く知られる。いわばミスターFOIPというべき存在である。市川氏の安保局長起用は、「アジア版NATO構想」などでかえって弱体化した石破政権時代の「FOIP」への意気込みを取り戻そうとする狙いの象徴と解釈することができる。高市首相にとっては、「第二次安倍政権の強い自民党」の再現を象徴する外交安全保障政策の象徴が、「FOIP」の強調だろう。
だが今のところ、高市首相の口から、その「FOIPの再推進」を、具体的にどのような政策姿勢で達成していくのかについての説明は、ない。せいぜい日米同盟の堅持と、韓国・フィリピン・オーストラリア・インドを準同盟国として重視していく、という対中国包囲網の含意のある決意の表明が、ヒントになるくらいだろう。
市川氏には、インドネシア大使としてではなく、東京でトランプ大統領を出迎える準備を通して、FOIPの推進に貢献してもらいたい、という首相の意向は、強調されることになった。
率直に言って、中国に対して強い姿勢を取りたい、という右派層を意識したイメージ戦略をこえて、高市首相がどのような外交安全保障観を持っているのかは、明らかではない。
「力強い外交・安全保障政策」の掛け声は、政権発足時の右派層の支持の足場固めとしての意味がある。しかしもちろん、中身が伴っていなければ、やがて様々な問題を抱え込む温床となるだろう。
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