エリック・ルーさんインスタグラムより
最も有名なクラシック音楽のコンクールはショパン・コンクールでしょうか。5年に一度の開催で、開催地のポーランドのワルシャワからYouTubeで同時中継もされ、連日徹夜でご覧になった音楽ファンも多いでしょう。(写真は優勝者のエリック・ルーさん)
驚いたのは中国人・中国系のピアニストが上位を独占し、このコンクールに限らず、本場が欧州のクラシック音楽界を中国の活躍ぶりが凄まじいことです。ショパンは何を思っていることでしょうか。ショパンと並んで世界3大コンクールのチャイコフスキー・コンクール(ロシア)、エリザベート王妃音楽コンクール(ベルギー)でも、同じような傾向でしょうか。
日本の音楽ジャーナリズムの欠点
日本の音楽ジャーナリズムの欠陥は、国際コンクールで「日本人が上位入賞した。やったぞ」、「日本人も世界に通用した」、「家族や師事した先生は大喜び」といった感情物語に終わることです。スポーツ、科学、ノーベル賞の報道でも、日本人に焦点が合わせすぎており、世界の流れがどうなっているか、なぜそうなっているのかという視点が欠けています。
今回のコンクール(第20回)では、優勝者はエリック・ルー(米)、2位ケビン・チェン(加)、3位王柴桐相(中)、4位は呂天瑶(中=16歳)と桑原詩織(日)のほか、5位はビンセント・オン(マレーシア、中国系)、6位にウイリアム・ヤン(米)です。中国人、中国系は1、2,3、4、5、6位で、入賞者7人(4位が2人)のうち、なんと6人が中国人・中国系です。国名が中国でない人は、両親か本人が移民なのでしょう。
音楽が趣味の私も、YouTubeで出演者の演奏ぶりを垣間見ていました。「なぜこんなに中国人がクラシック音楽の本場、しかも最も有名なショパンコンクールで上位を独占した背景を深堀してみせてくれた報道、解説はなかったように思います。
YouTubeには、多くの日本人評論家、ピアニストが登場し、その多くが表面的な審査経過の解説でした。「ショパンコンクールはショパンの音楽から、ずれている。もっとサロン、娯楽的な要素があったはずだ。ファイナルではショパンでは数少ない協奏曲、ソナタなのに、演奏が義務づけられていた。同時代の他の作曲家をいれてもよかった」というコメントは視点が鋭くはありました。
今回のコンクールで、2次予選に進んだ40人中14人が中国人・中国系、3次予選は20人中6人が同じくですから、驚異的な話です。
わたしの音楽的知識は趣味程度なので、チャットGTPさんに中国人の活躍ぶりをもっと大きな視点で考えると、どういうことが起きているのかを聞いてみました。
中国には音楽教育の国家戦略がある
答え。「中国には国家的な音楽教育の戦略があります。文化力=国力として、音楽教育に力を入れています。全国に音楽院(大学)が数十校あり、特にクラシック音楽に重点を置いています。優秀な子どもな幼児から特別教育を受ける。世界的権威のあるコンクールで入賞することは国家威信につながると考えています」
「欧米の音楽教育へのアクセスに力をいれています。才能のある人は、ウイーン、パリ、ロンドン、ニューヨークなどに留学し、欧州本流そのものの教育を受ける。早期教育、長時間練習、コンクール参加と、教育は体系化されています」
そこで質問です。「欧米の若者は、クラシックでなく、ニューヨーク、ロサンゼルスなどで活躍し、稼げる音楽を志向しているのでしょうか」
答え。「そうです。ジャズ、ポップス、映画音楽、ミュージカル、ゲーム音楽などを目指しています。クラブ、劇場、スタジオ、広告業界など、音楽で食べていけるルートがたくさんある。厳格なクラシック教育ではなく、即興性、個性を重視する。作曲家が書いた譜面を忠実に再現する演奏は古いスタイルとされ、自分で作る、演奏するというスタイルなのです。再現芸術より創造性重視の教育にシフトしている」
問い。「欧州のクラシックは日本人を含め、アジアが支えている。音楽大学やレッスンの先生も中国人などで潤うといえますか」
1時間10万円のレッスン料
答え。「そうです。クラシックのレッスンの先生はほとんどが欧米人、コンクールの審査員も大半が欧米人です。著名な教授、ピアニストのレッスン料は、一時間8-16万円もする。アジアからの留学生らが欧州の音楽院、先生らを支えているから、中国人の活躍は歓迎しています」
問い。「日本のメディア、専門家、評論家はこうした視点で考察することはあまりないですね」
答え。「芸術、音楽を社会的現象として分析する文化社会学者、音楽経済学者は日本では少ない。日本のメディアの文化部記者も日本人が出演するコンサート、日本の音楽評論家を取材の中心に置いています。欧州の音楽論壇では、『なぜ中国人が台頭し、欧州は沈滞しているのか』という視点で音楽の流れを考察しています」。なるほど勉強になりました。
編集部より:この記事は中村仁氏のnote(2025年10月26日の記事)を転載させていただきました。オリジナルをお読みになりたい方は中村仁氏のnoteをご覧ください。