高市政権を作ったのは保守ではなく "リベラル" である。

高市早苗内閣の発足が、好評だ。10/22の読売新聞によれば、歴代5位の支持率だという。

時代により調査方法が違ったりするので、厳密には単純に比較できないが、細川非自民連立や最初の安倍内閣と同じなら、かなりのブームだ。「初の女性首相」にしては低いとか、因縁はつけられるにせよ、無理がある。

歴史を画した諸内閣に(いまのところ)匹敵する人気は、どこから来たか。答えは明快である。

高市内閣で「若年層」の支持急増、18~39歳は石破内閣の15%から80%に…読売世論調査
【読売新聞】 読売新聞社が21~22日に行った緊急全国世論調査で、高市内閣の支持率を石破内閣と比較すると、若年層の支持が大幅に上昇していることが分かった。 高市内閣を「支持する」と回答した人の割合を年代別にみると、18~39歳が80

高市内閣を「支持する」と回答した人の割合を年代別にみると、18~39歳が80%で前回9月調査の15%から急増した。
(中 略)
石破内閣は高齢層からの支持が比較的高かったが、高市内閣では逆に、若年層が支持を先導している。若年層の支持が多い傾向は、最近では第2次安倍内閣の支持動向に近い。

読売新聞、2025.10.23
(強調を付与)

そうなのだ。高市氏というとどうしても、復古調で戦前志向の老人に愛される超保守のイメージが強いが、実際には若い人ほど期待している。同じ党が首相の顔を替えて、いきなり支持率5倍増は、小泉内閣以来だろう。

なにを言いたいかというと、2月に書いた、

「紅衛兵」の時代がふたたび来るのか?(ニッポン放送・私の正論に出ます)|與那覇潤の論説Bistro
ニッポン放送の名物コーナー「私の正論」の収録に行ってきました。前々回の記事で村松剛に触れたタイミングで、彼の旧著と同じタイトルの番組からお声がかかるとは、奇縁を感じます。 1976年刊。 個人的には史論や文芸評論に比べて、 村松の正論(政論)はイマイチですが… 昨年末刊の『正論』2月号に寄せた「斎藤知事再選と「推し選挙...

ついこの前まで(『正論』は違ったかもしれないけど)、多くのメディアの売れ線は「Z世代は意識が高いッ。うおおお、脱炭素化! うおおお、BLM! うおおお、トランスジェンダー! うおおお、うおおお、うおおおお!」って感じでしたけど、

強調箇所を変更

…といった、昨今のリベラルメディアが “社会変革の担い手” として持ち上げた層こそが、「初の女性首相の誕生」を最も喜んでいるのだ。やりました、リベラルの勝利!(笑)

笑い話じゃなくて、先の読売の調査によると、支持する理由(択一)でも41%が「政策に期待できる」を選び、ダントツの首位。表紙が女性だと華があるよね的なノリではなく、中身を踏まえた “意識が高い” 支持なのだ。

その41%が期待するのは、たぶん「うおおお、靖国参拝! うおおお、別姓反対!」ではなく、積極財政というやつだろう。が、これもまた近年のリベラルが、ず~っと “推して” きたものだ。

平成末の2018年の4月に、当時のリベラル論壇の人気者3人が『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』なる、いかにもな題名の共著を出している。で、どんな中身だったか、書評を引くと――

「現場」の問題意識を学問・実務に生かす難しさ
■『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(著・ブレイディみかこ 新潮社)■『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学』(著・ブレイディみかこ、松尾匡、北田暁大 亜紀書房)今年の「本屋大賞ノンフィクション本大賞」、「毎日出版文化賞特別賞」、「八重洲本大賞」「ブクログ大賞エッセイ・ノンフィクション...

労働党がはじめて単独で政権をとって、英国における「ゆりかごから墓場まで」といわれた福祉国家をつくりあげるきっかけとなったのが、1945年のアトリー政権であるが、著者たちは、コービン党首の、この原初(1945年)への立ち返りを高く評価していた。

しかし、そのような福祉国家のコンセンサスの崩壊を象徴する「不満の冬」(1978年から1979年にかけての英国の冬で、インフレーションを防ぐために労働党政権でとられようとした政策に反対した大規模ストライキで社会の大混乱が生じた。墓堀り人夫のストライキが社会に衝撃を与えたことでも有名)について本書では他の著者からもまったく言及がない

その後、1979年にサッチャー保守党政権の政権交代を許し、トニー・ブレアが、ブレイディ氏らから批判されている「第3の道」という斬新な政策をとるまで政権奪回ができなかったこの英国労働党の苦難の歴史をまったく捨象しているのが残念だ。

2019.12.26
2頁(リンクと改行を追加)

冷戦下の西側では左派政党ほど「大きな政府」を掲げ、それが行き詰まったから新自由主義(小さな政府)が出てきたのに、その歴史をしれっと切除して「うおおお、政府を大きく! 反緊縮がリベラルダー!」みたいな人が、あの頃増えた。

要は歴史修正主義だけど(苦笑)、政府を大きくすればいいなら、ずばり自民党の十八番である。なので、古い自民党に回帰したアベノミクスを、より古さマシマシで受け継ぎまっせなサナエノミクスが、いま意識高い若者には “新鮮に” 見える。

田中角栄は「トランプ革命」の先駆者だったのか|與那覇潤の論説Bistro
一見むちゃくちゃなトランプの高関税政策を支える思想として、「改革保守」という語を耳にすることが増えている。Reformoconの訳語なのだが、4月にご一緒したTV番組でも先崎彰容さんが、時間をとって詳説していたのが印象的だった。 ただ日本語の「改革」には平成期に(まさに保守派によって)多用された、グローバルな市場で...

ずっと書いてるように、戦後の日本で保守とリベラルを分かつのは、思想や政策以前に「あの戦争」をめぐる歴史感覚だった。悲惨すぎる敗戦への悔恨は、当初こそ左の側を強力に支えたが、時間とともに効き目は弱くなる。

そうして擦り切れてゆく歴史を補強するか、でなければ代わるなにかを見つけるしかなかったのだが、平成末期からリベラルがいちばんサボってきたのが、その作業だ。

<忘却の時代・平成> 令和のいま、私たちが取り戻すべき「歴史を振り返る」という営み
過去を振り返る営みを〝忘却した〟時代ともいえる平成。失われた「憂う」「惜しむ」「悔やむ」感情を回復するためにも、歴史を取り戻す試みが必要だ。

令和に起きたのは最後のダメ押しで、比喩としての「戦争」が飛び交っても歴史を思い出すどころか、むしろ

「うおおお、自由を制限してコロナを撃破!」
「うおおお、軍備を強化してロシアを撃破!」

のひとつ覚えのセンモンカに、政府を “ビシッと叱ってもらって” いい気になっていた。が、それを言うなら自民党右派のような国家主義者の方が、ずっとサマになるのは、あたり前である。

リベラルこそ「国家」を信頼していたのかも(古市憲寿)(全文) | デイリー新潮
「緊急事態宣言」が発出された4月7日の夕方、フジテレビにいた。…

歴史なきニセモノのリベラルの後押しで、”意識高い若者” に支持されて船出する高市政権に、もし不安を感じるなら、なにをすべきか。

歴史あるホンモノのリベラルだけが、その答えを持っている。というわけで、早速『平成史』の著者の目で書いた高市早苗論を、10/24にプレジデントオンラインが載せてくれた。

高市首相の自維連立はいつまで続くか…船出したばかりの新政権が抱える「重すぎる足枷」 憧れのサッチャーとは正反対の方向に走ってしまった
高市早苗氏が第104代首相に指名された。高市新総理率いる与党の行く末はどうなるのか。代表作に『平成史』(文藝春秋)のある評論家の與那覇潤氏は「高市氏についた『安倍晋三を継ぐ女』のイメージが重い足枷になる可能性がある」という――。

高市氏が「嫌い」ないし「好き」な人に、ターゲットを絞って書くなら、歴史はなくていい。罵倒や礼賛の語彙を浴びせた後、最近の彼女の言動から都合のよいものを切り取ってコラージュすれば、AIでも書ける。

逆に歴史の1ページとして描くことが、はじめから読者を「好き・嫌い」に振り分けない形で、同時代の宰相を語ることを可能にする。それこそが分断を越える条件であることを、わからない人はすでにリベラルではない。

参考記事:

書評: 日本で『新しいリベラル』に期待しても、なぜ政治は動かないのか|與那覇潤の論説Bistro
今年の6月に出て話題の書籍を読んでみたが、もやもやする気持ちが残ってしまった。思想史と統計分析という、正反対の研究者がコラボする共著はめずらしいし、よい点はいっぱいある。 出典表記が丁寧で、保守やリベラルにつき「誰がいつ何を言ったか」をたどれる学説史になっているのは、ありがたい。学術書相当の内容を、知恵を絞り新書で刊...
まともな連立の大義は「選挙制度改革」しかない|與那覇潤の論説Bistro
下野危機まで囁かれた高市早苗総裁の自民党が10/15、こともあろうに「N国」と統一会派を組み、波紋を呼んでいる。N国は政党要件を満たさない政治団体なので、表現は微妙だが、実質的には閣外協力となろう。 自民党、NHK党と参院会派 多数派形成へ取り込み - 日本経済新聞 自民党は15日、政治団体「NHKから国民...
自民党総裁選につき、ぼくも『正論』で組閣してみました。|與那覇潤の論説Bistro
10/4に迫る自民党総裁選ですが、今日発売の『正論』11月号の特集は「私が考える "救国" 内閣」。企画が立った際は、石破茂首相の進退は未定だったはずですが、ピッタリの刊行となりました。 月刊正論11月号  ❝救国❞内閣 識者39人が考える! - 月刊正論オンライン 自民党総裁選の投開票日が近づき、世の中で...

(ヘッダーは自民党の公式サイトより)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年10月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。