先日、タレントの上沼恵美子さんが「挨拶が酷いタレントに対して番組で一切話を振らなかった、目も合わせなかった」と語ったことがパワハラとして炎上した。そのタレントのマネージャーに対して面白いもん見せてあげるわ、とわざわざ事前に予告してからこのような対応を取ったという。
上沼さんはこの炎上にショックを受けて引退を考えたと自身のラジオで語っている。
こういった勘違い発言による炎上トラブルは、時代が変わった、今はそんな時代じゃない、と判で押したように語られるが、それは間違いだ。
時代が変わって常識も変わったのではなく、時代が変わって社会の「解像度」が上がり、非合理的な言動への批判が可視化されるようになっただけだ。
社会全体が非合理に対して鈍感、つまり解像度が低かった時代には、こうした話はスルーされた。それが今ではSNSによって解像度が極限まで上がっている。
SNSを使っている人ならば、見知らぬ人の書き込みを読んで、こんな考え方があったのか、こんな視点は思い付かなかった、と目から鱗が落ちるような体験を一度や二度はしたことがあるだろう。
炎上は理不尽な言動と、それに対する批判がSNSで可視化され、共感され、拡散された結果として起きる「正しい反応」だ。
上沼さんはこの炎上したエピソードの前に、デビューしたばかりの新人でも必ず立って挨拶をするとも語っている。これだけならばむしろベテランなのに天狗にならず謙虚で素晴らしいと称賛されるような話だ。元々のスタンスに何ら問題はなく、挨拶は大切という当たり前の話で炎上する要素はゼロだ。
それでも炎上した理由はちゃんと挨拶をしろというアドバイスをせずに、番組で無視という非合理かつ立場を利用した嫌がらせを「指導」と勘違いしていたからだ。炎上の原因は非合理的な言動であって、決して「時代が変わったから」ではない。
筆者はウェブメディア編集者として記事を「炎上させないこと」を日常業務として行っているが、SNSで日々発生する炎上は一部を除けばその多くは正しい。
「誰も問題だと思わなかったの?」
おかしな炎上トラブルが起きると、必ずと言っていいほどこのワードが語られる。筆者はまさにその「誰」かとして問題が起きないように編集の仕事をしている。
現在はSNSでの情報発信が当たり前となり、個人でもタレントでも企業でも炎上と無縁の人はいない。加えて、炎上させないことはあらゆるビジネスですでに最優先事項となっている。
そして上沼さんの炎上トラブルはバラエティ番組で語られた取るに足らない話ではなく、芸能界に限った特殊な話でもなく、炎上の本質が詰まっている。
ウェブメディア編集長としてビジネスの視点からその本質を考えてみたい。
炎上の原因は非合理性にある。
挨拶ができていなかったタレントを番組で完全に無視をした……。
上沼さんの「指導」を一般的な企業に置き換えると、新入社員の不手際に怒った上司が仕事で無視をした、という話になる。あり得ない対応であることは言うまでもない。
もちろんこのケースは、事務所がそのタレントにどんな教育をしたのか? どの程度の酷い挨拶だったのか? など色々と突っ込みどころはあるが、炎上して当然のエピソードだ。
10年前なら上沼さんの行為は大先輩による筋の通った厳しい指導として支持をされたかもしれない。しかし今は非合理でおかしな問題行動と見なされる。理由は社会全体の解像度がSNSで上がったからだ。
もし会社で上司がこのような対応をすれば即パワハラ認定をされて、厳しい注意を受けるのは上司だ。その理由は問題があればストレートに注意をすればいいだけ、そもそも事前に指導をすればいいだけだからだ。
それをやらず勝手に怒って無視をして、困惑をしている部下に「なんで俺が怒ってるのか分からないのか?胸に手を当てて良く考えろ」などと反省を迫るようなやり方は典型的なパワハラだ。
田崎信也がソムリエになった理由。
かつての飲食店では殴る蹴るは当たり前で、仕事は盗んで覚えるなど今では考えられないやり方が横行していた。ソムリエとして有名な田崎信也さんは、調理場のそのような陰湿なやり方に嫌気がさしてシェフの道を辞めてサービスマンへ、そしてソムリエへと転向したと著書で語っている。
「体調が悪ければ仕事を休んでいい」「インフルエンザなら絶対に休め」「レジ係は座ってもいい」といった話も、昔は甘えとされたが今は合理的で正しい。無駄な頑張りはただの無駄であることが可視化されたからだ。
インフルエンザに至っては、昔は「ちょっと重い風邪」くらいの扱いだったと考えれば無知は恐ろしいとしか言いようがない。
仕事は生活費を稼ぐために必要だからやっているだけで、無駄な無理も我慢も必要無いとすでに多くの人が気付いている。
仕事は特別なもので理不尽に耐えるべきという発想が消えた理由も、昔ならば言えなかった本音がSNSで可視化されて、それが多数派だと認識されたから、つまりは働き方に対する解像度が上がったからだ。
後輩に洗礼を浴びせるホストは今なら大炎上
ずいぶん昔の話だが、筆者がドキュメンタリー番組で目にしたあるホストは、ヘルプについた後輩ホストに無茶苦茶なお酒の飲み方を強要して、吐いて倒れるまで泥酔させていた。
それを目にした同僚から、ああいうイジメみたいなことは辞めろ、なんであんなことをするのか? と注意されると、そのホストは「洗礼でしょ(笑)、何が悪いの?」と悪ぶれずに答えて同僚は心底呆れていた。
本人は新人教育の一環、仕事の厳しさを教える良いやり方と考えているようだった。
これは当時でも明らかにおかしい話として扱われていたが、今ならばパワハラホストとして大炎上することは間違いない。
この番組を思い出した理由は上沼さんの言動がこのダメホストと全く同じだからだ。上沼さんが引退を考えるほどショックを受けた理由も、礼儀知らずの若いタレントのために善意で、何の義理もないのにあえて厳しく指導をしてあげたのに、まさか赤の他人の集合体であるSNSで批判されるとは夢にも思わなかった、というその落差が原因だろう。
実際は指導でなくただ無視をしただけの嫌がらせだが本人は全くそうは思っていない。
本人が正しいと思っていても非合理であればSNSで必ず指摘をされて炎上する。そしてその多くは正しい。ネットの炎上は「良くないこと」と認識されているが、指摘されにくい間違いが正されるという社会正義の側面は間違いなくある。
洗礼という勘違い
ダメホストの使った洗礼という言葉はあまりにインパクトが強く記憶に残っていたが、洗礼はもともと宗教で入信する際に受ける行為をさす。似たワードに「通過儀礼」があり、辞書では以下のように説明されている。
・通過儀礼
2(比喩的に)その集団に入る者が、必ず経験しなくてはならない事柄。「新入生の球拾いは、我が部の通過儀礼だ」
デジタル大辞泉 小学館
野球部の球拾いの例は非常に分かりやすいが、あえて嫌なことをやらせるのは無意味、必要なことは事前に教えればいいだけ、と洗礼や通過儀礼のようなやり方がよくない理由は、ロジカルに考えれば当たり前の話だ。
何かを教える際に嫌な気持ちにさせたり無駄な苦労をさせる必要はない。
飲食店の昔話のように、体で覚えるといった非合理な考え方のほうがむしろ間違いだ。昔はこれくらい当たり前だったという人は、教える側はそれがやりやすいのか? という話だ。わざわざ嫌がられる教え方をする側もストレスMAXだろう。
そこまで甘やかす必要はない、仕事では厳しい指導も必要、上沼さんの話も自ら問題に気付かせるための正しいやり方だ、という反論をしたくなる人もいると思うが、ストレートに正解と不正解を教えたら甘い対応なんですか? なんで無視すると問題に気付くんですか? それってあなたの感想ですよね? ということになる。
夏の甲子園では広陵高校の野球部内で起きた暴行事件が大きく報じられたが、厳しさをはき違えると犯罪のレベルまで突き進んでしまう典型例だ。田崎信也さんは洗い場でわざと一番上に熱々のフライパンを置かれて火傷をさせられた、という今なら警察沙汰になりかねないようなエピソードを著書で披露している。
上沼さんに語りかけるとしたら……
そんな嫌がらせのような指導は自分自身もストレスでは?
無視をすれば挨拶をしろという意図が伝わるのか?
普通に挨拶しろと言えば良いだけでは?
……ということになる。
今回の話はやけに既視感があると思ったら、上沼さんは嫌いな出演者を無視して話を振らなかった、という同じようなエピソードを過去に何度も披露している。芸風として今まではそれで上手くいったのかもしれないが、今回の炎上は時代が変わったのでなく今になってやっと反感を覚える人の声が可視化されただけだ。
司会者として番組をコントロール出来る立場でそれをやればパワハラと批判されるのは当然だろう。
炎上を防ぐのは合理的な言動だけ。
上沼さんの事例は芸能界で起きた特殊な話ではなく炎上を考えるよいケーススタディ、そして炎上は正しいと書いたが、炎上の多くは問題行動が根本にある。
違法行為のようなわかりやすいものは説明するまでもないが、炎上の原因は基本的にすべて「問題のある言動」だ。
これで炎上するなんておかしい、と筆者が感じる事例ももちろんあるが、炎上の多くはむしろ合理的だ。
あえて言語化するのであれば……
「非合理的で問題のある言動を圧倒的多数の人がSNSで批判すること」
……これが炎上だ。
それでは炎上を避けるにはどうしたらいいか? 炎上の定義を読めば一目瞭然だが、答えは非合理的な言動を辞めればいいだけだ。
上沼さんの事例ならば無視のような嫌がらせなんてせずにストレートに注意をすればいいだけ、最近大炎上したイラストレーターの江口寿史氏であれば描く前にモデルに許可を取ればいいだけ、と炎上対策は拍子抜けするほど簡単だ。
そして本来やるべきことが簡単であればあるほど、なんでその程度のことをやらなかったの? 問題になると思わなかったの? 誰も気がつかなかったの? と膨大な定番批判を突き付けられる。
もし筆者が編集者として、「挨拶のできない部下を無視した」という話を自慢げに披露する原稿を目にしたら、このエピソードは炎上するので削除しますと書き手に説明をして添削をする。
「常識的に考えて非合理的な話や問題のある言動」に関する記述を直すだけ、という意味では難しい仕事ではない。世間で必要とされる炎上対策もほぼこれと同じで、対象が原稿かリアルの言動かの違いだけだ。
炎上防止は簡単で難しい
このように説明をすると、なんで炎上なんて起きるんだろう? 炎上を防ぐなんて簡単なのでは? と不思議に感じてしまうかもしれないが、個人の頭の中や閉じた組織の中では、その「常識的に考えて非合理的な話や問題のある言動」を判別できない。
筆者が編集者として原稿を直せる理由も、編集者としての能力以前に、そもそも書き手本人ではないから、他人の原稿だから、つまり当事者ではなく第三者だから冷静に原稿を読める、という側面は極めて大きい(これは編集者ならば100%同意をしてくれるだろう)。
このように考えると、こんなベテランがなぜ? こんな大企業がなぜ? と多くの人が感じる謎の炎上も、むしろ誰も指摘をしてくれないほどベテランだから、外からも内からも誰も指摘をしてくれないほど大企業だから、と分かる。
そして初めての否定や批判が大炎上ならば、上沼さんのように「ナンデ?」となるのも当然だろう。
後輩に無意味な洗礼を浴びせたダメホストは同僚から厳しい注意を受けたが、上沼さんも「普通に注意されればソイツだって挨拶くらいちゃんとしますよ!なんで無視とか意味不明なことするんですか?!そういう変なことやめましょうよ!」と、当たり前の指摘をしてくれるタレントが身近にいればこんな炎上は起こさずに済んだはずだ。
非合理な言動をしないように客観的に自身、自社を見る。
それだけでは限界があるので当たり前の注意をしてくれる他者と付き合う。
根本的な炎上対策はこれだけだ。
何をすると炎上するのかわからない、と怖がっているビジネスパーソンは参考にしていただければと思う。
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中嶋 よしふみ FP シェアーズカフェ・オンライン編集長
保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・ITmediaビジネスオンライン・日経DUAL等多数のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演、取材協力多数。士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインの編集長、ビジネスライティング勉強会の講師を務める。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」
公式サイト https://sharescafe.com
Twitter https://twitter.com/valuefp
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2025年9月30日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。