日本では熊が人が住んでいる居住地に出現し、これまでに12人が熊の襲撃で犠牲となったという。当方が住むオーストリアではオオカミが家畜を襲撃するケースが報告されている。オオカミをめぐる議論は、しばしば激しい議論を巻き起こす。オオカミの生息地の保護を求める声がある一方、人や家畜の安全を懸念する声がある。例えば、欧州連合(EU)はオオカミを絶滅危惧種として守る法律を施行している、といった具合だ。
オオカミの出現、オーストリア国営放送(ORF)のニュース番組からスクリーンショット、2025年10月29日。
ウィーン天然資源応用生命科学大学(BOKU)は、農業省の委託を受け、オーストリアにおけるオオカミの紛争リスクに関する初の調査を実施した。その目的は、オーストリアにおけるオオカミの生息域ポテンシャルと軋轢ポテンシャルを示す、科学的に健全なモデルの開発だ。これらのモデルは、動植物生息地指令(92/43/EEC、附属書V)に基づくオオカミの保護状況と、影響を受ける地域社会の利益の両方を考慮し、効果的なオオカミ管理のためのデータに基づく基盤を提供することにある。
以下、BOKUの調査研究とその内容を報告したオーストリア国営放送(ORF)のウェブサイト10月29日の記事の概要を紹介する。
ヨーロッパには2万1000頭のオオカミが生息している。一時期絶滅の危機に瀕していたオオカミだが近年、個体数は大幅に増加し、それに伴い家畜への襲撃が繰り返され、人口密集地域へのオオカミの再出現が相次ぎ、紛争のリスクが高まっている。オーストリアでは特に西部と南部の地域でオオカミの被害件数が多い。オーストリア南部で10月初旬、オオカミが家畜を襲撃し、射殺されたという出来事が起きたばかりだ。
ノルベルト・トチュニック農業相は29日、ウィーンで行われた記者会見で「住民はオオカミの出現を安全保障上のリスクと認識している。我々にとって、自然と文化の景観のバランスを維持する一方、本来オオカミが人間に対して持つ警戒心を保持する必要があることが明らかになった」と述べた。
BOKUの調査研究「オーストリアにおけるオオカミ(Canislupus、タイリクオオカミ)の生息地と紛争潜在モデル」(123頁)は昨年4月に開始された。この研究は、「生態学的観点から、オーストリアのどの生息地がオオカミにとって潜在的に適しているか?」「社会経済的観点から、オーストリアにおいてオオカミとの潜在的な紛争はどこで発生するか?」「生息地と紛争潜在性によって特に影響を受ける地域はどこか?」といった疑問に答えることを目的としている。
具体的には、オオカミの潜在的な生息地と潜在的な衝突エリア、そして両エリアが重なる地域の正確な地図を作製することで、衝突の可能性が高い地域と低い地域を特定することだ。
同調査研究によれば、、オオカミはあらゆる方向からオーストリアに移動する可能性があり、たとえ今日すべてのオオカミが姿を消したとしても、明日にはさらに多くのオオカミがやってくる可能性があるという。その理由は、近隣諸国におけるオオカミの個体数増加と、この種の分散生態にあるという。「若いオオカミは、交尾相手を探すために長距離を移動するからだ」という。
19世紀半ばにオーストリアでオオカミが絶滅した後、2016年に再び現れ、2024年までにはすでに9つの群れにまで増えている。2025年時点で、オーストリアでは8つの群れが確認されているという。オオカミの生息地、捕食、衝突の可能性に関するデータから、オーストリア西部と南部のホットスポット(主に西アルプス地方、特にフォアアールベルク州、チロル州、ザルツブルク州、ケルンテン州)が判明できるわけだ。
「家畜捕食ポテンシャルモデルは、特定の地域がオオカミによる家畜捕食の影響を受けやすい程度を分析している。放牧地が広範囲に及ぶアルプス地方は、特に高い捕食ポテンシャルを示す。家畜(特にヒツジ、そして程度は低いがウシ)の存在は、高い捕食ポテンシャルを予測する最も強力な因子であり、次いでオオカミの避難所となり得る森林への近接性が続く」(調査報告書から)。
トチュニック農業相は「私たちは現在、科学的な基盤を築いているところだ」という。チロル州のヨーゼフ・ガイスラー副知事は記者会見で、「オオカミ問題は感情に大きく左右される。都市部に住む人々は、農村部や山岳地帯に住む人々よりも影響を受けにくい。大型捕食動物との衝突が50キロメートル以内で発生すると、住民の警戒心は著しく高まる。したがって、イデオロギーを減らし、実利主義を高め、科学にも発言権を与えることが重要だ」と主張している。
トチュニック氏は「家畜保護のためには、最終的には、オオカミの個体数を管理しなければ、実際には効果がないことを認識する必要がある」と述べ、ガイスラー副知事はまた、「過去とは異なり、家畜保護には非常に高度な組織的努力が不可欠だ」と強調した。
ちなみに、世界自然保護基金(WWF)は、プレスリリースでこの調査研究発表の機会に、包括的な家畜保護イニシアティブを呼びかけた。WWFは「オオカミの駆除は持続可能な解決策ではない。例えば、スイスではオオカミ1頭あたりの家畜の殺処分数が87%減少した。オーストリアでは駆除がオオカミの最も頻繁な死因となっている。2024年だけで、オーストリアでは13頭のオオカミが殺された。一方、ドイツにはオーストリアの約30倍の縄張りを持つオオカミ(209の群れ、46つがい)がいるにもかかわらず、2024年に射殺されたオオカミは2頭にとどまった」と指摘している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年11月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。