トランプ大統領が、中国の習近平国家主席と会談することを「G2」の会談とSNSで発信したことが話題になっているらしい。
「G7」が「グループ・オブ・セブン」を意味していることを援用すると、「G2」とは、「グループ・オブ・ツー」ということになる。要するに、圧倒的な国力を誇る二つの世界の超大国、という意味だろう。
この「米中が現代世界の二つの超大国」という理解に、特に驚きを覚える要素があるとは思えない。あまりに明白な事実だからだ。
どうやら違和感を覚える理由は、アメリカは中国と仲良くならないでほしい、という気持ちが、多くの日本人の心の中にあるからのようだ。せっかく高市首相が、共同声明などの文書作業は見送り、しかしトランプ大統領の横で飛び跳ねたりしつつ、巨額の投資や防衛装備品の購入等の予算措置を表明して、日本のアメリカへの忠誠度を示したばかりのところだ。ここでアメリカが、日本とともに、中国と対峙する姿勢を固めてくれなくては、肩透かしだ。万が一にも、日本の頭越しに、アメリカが中国と物事を決めていくようなことがあってはならない。
どうやら多くの日本人が、本気でそのように思いを持っているようだ。だが、冷静になるべきだ。
一番わかりやすいGDPの額で見てみよう。日本のGDPは、4.1兆ドルだが、アメリカのGDPは、30.5兆ドルで、約7.5倍の規模である。保有する軍事力や天然資源、そして人口数、さらには現時点の経済成長率などを考えると、彼我の差は圧倒的である。同格になるはずがない。
しかしそのアメリカにとっても、GDP19.2兆ドルの中国は、他国に類例のない超大国だ。軍事力や天然資源の掌握の度合い及び人口、そして経済成長率などを鑑みても、秀でている。物価水準にあわせた購買力平価GDPでは、アメリカの30.5兆ドルに対して、中国が40.7兆ドルで、立場が逆転してくる。冷戦時代のソ連であっても、ここまでアメリカを圧倒しうる実力を備えた時期はなかった。世界は、歴史に類例のない二大超大国時代に突入しているのである。
二大超大国を意味する「G2」が世界の現実で、「G2」の表現に幾分かでも疑問を持つのは、単なる感情論だ。トランプ大統領が現実主義で、日本の識者のお気持ちが単なる感情論である。
アメリカでは、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官や、ズビグニュー・ブレジンスキー元安全保障担当大統領補佐官らが、「G2」の概念を用いてきた。「現実主義」を標榜していたと描写される人々だ。だがオバマ大統領が、「G2」概念を信奉しているとされる時期もあった。
もっとも一般には、中国側が「G2」の概念の誘いに警戒的だと考えられている。中国は、「一帯一路」を追求しながら、「BRICS」や「SCO(上海協力機構)」などの「多極化」を目指す外交政策をとってきている。今さらアメリカとの「G2」路線に大きな魅力を感じるような立場ではない。アメリカの「G2」レトリックを、ロシアをはじめとする他の地域大国との協調を重視する中国の「多極化」路線を突き崩す、アメリカの「罠」とみなして、警戒するのだ。
「G2」も冷厳な現実だが、「多極化」ももう一つの現実だ。中国は、かつてのソ連のように、軍事同盟を媒介にした衛星国を多数抱え込んだり、他国に傀儡政権を樹立することに熱を上げたりするような傾向を、見せていない。「多極化する世界」を前提にしながら、その中で筆頭格の実力を持つ超大国の地位を目指している、と言える。
アメリカは、「多極化する世界」のイメージそのものを警戒し、「グローバル化」を推進する運動の旗振り役のような立場を追求してきた。ただしトランプ大統領は、ロシアの立場にも相当に配慮をしているという点で、歴代の大統領と比べれば相当に「多極化する世界」の現実を受け入れているところがある。そして、その世界において、もう一つの中国との「二大超大国」間の関係の管理に、相当な配慮をしている。
トランプ大統領は、同盟国・友好国にも、容赦なく高関税を仕掛けてくる。アメリカの「勢力圏」における従属国に、甘い政策をとってくるような姿勢がない。一つの巨大な「勢力圏」の盟主として、従属国群を管理している。そして、そのうえで他の「勢力圏」の盟主の諸国とのいわば「親分同士」の関係の管理にも、気を遣っている。
世界は、「多極化」に向かっている。それは、いくつかの有力な地域大国が、それぞれの「勢力圏(sphere of influence)」を持ち、従属国(vassal states)群を従えているような世界だ。そして、「勢力圏」の盟主同士が、緊張した大国間関係を持っている世界だ。
もっともそれら複数の地域大国の実力は、均一ではない。米中の二国が飛びぬけている。「多極化」世界の中に「G2」がある。
残念ながら、日本は、一つの「極」などではないことは当然として、明白なアメリカの従属国である。好むと好まざるとにかかわらず、それが現実だ。この現実を観察することを拒絶しているようでは、いかなる国際情勢の分析も、不可能であろう。
トランプ米大統領と中国・習国家主席が会談 トランプ大統領と習国家主席 2025年10月30日 ホワイトハウスXより
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