PCメモリ高騰!でも慌てて買うな

黒坂岳央です。

PCメモリ市場がパニックに陥っている。一部のDDR5メモリのスポット価格が、春頃と比較して2倍〜4倍近い価格に急騰しているケースが報告されているからだ。

背景には、AIサーバー向けのHBM(High Bandwidth Memory)需要の爆発がある。メモリメーカー(Samsung、SK Hynix、Micron)の生産ラインが利益率の高いHBMへシフトした結果、一般コンシューマー向けDDR5の供給が絞られ、需給バランスが崩壊しているのが主因だ。

SNSでは「これからさらに上がるから今のうちにPCを買え!」「自作PCだけでなく、既製品にも波及する!」といった悲鳴に近い意見が飛び交っている。

この異常事態を目の当たりにした人は「今のうちに既製品PCの購入を買い急いだ方がいいのでは?」と不安になるかもしれない。確かにメモリやWindowsの一部の機種は早めの確保がいいかもしれない。だが、少なくとも現時点では、Apple製品については買いに走る必要はないと考える。特にMacユーザーは、必要もないのに無理に確保する動きは合理的ではないだろう。

その理由を取り上げたい。

nazarethman/iStock

Appleは「市場価格」を無視できる

自作PCユーザーが直面しているのは「スポット価格(時価)」の世界だ。これはスーパーの野菜と同じで、その日の需給バランスで価格が激しく乱高下する。確かにBTOメーカーや、スポット市場での調達比率が高いPCメーカーでは、近いうちに大きな値上げが行われる可能性がある。

だが、Appleはその市場の論理とは別のレイヤーにいる。

世界最大規模の半導体バイヤーであるAppleは、メモリベンダーと年単位の長期契約で価格と供給量を握っているとされる。いわば、巨大外食チェーンが専用農場と年間契約を結んでいるようなものだ。市場のキャベツが1個1000円になろうが、契約価格での納入は揺るがない構造にある。

さらに、Appleにはティア1クライアントとしての強力な「優先権」が存在すると見られている。たとえ世界的な供給不足に陥っても、Appleへの納品は契約上最優先されるのが業界の通例だ。

もちろん、Appleとサプライヤー間の契約詳細は完全なブラックボックスであり、外部からその全貌を知ることは不可能だ。したがって「Appleなら絶対に大丈夫」と断言することは誰にもできない。

しかし、過去のサプライチェーンの動きや、Appleの購買力の強さを考慮すれば、市場のスポット価格高騰が即座に製品価格へ転嫁される可能性は極めて低いというシナリオが成り立つ。

市場の波に翻弄されやすい自作PC市場と、Appleを同列に語ることは、産業構造の理解として適切ではないだろう。

Appleの価格決定メカニズムと製品サイクル

「いやそう言われても心配だ。今回は未曾有のAI需要であり、天下のAppleも一気に値上げをするかもしれない」。そのような懸念もあるかもしれない。だが、筆者はその可能性は低いと考える。理由はAppleの過去の価格改定ロジックにある。

今回のようなパーツ価格の急騰はこれまで歴史的に何度も起きているが、Appleのハードウェアビジネスにおいて、「部品コストが上がったから」という理由だけで、発売中のモデルを「サイクル途中」で値上げした事例は極めて稀である。Appleが価格を変更するのは、原則として以下の2つのタイミングに集約される。

  1. 新モデル(次世代チップ)への切り替わり時
  2. 為替レートの急激な変動時

今回のメモリ高騰が影響を及ぼすとすれば、それは来年以降に設計・製造・発売される「M5チップ」搭載機のコストに対してだ。M4チップおよび付随するユニファイドメモリの調達価格は、この高騰が本格化する前、製品設計段階ですでにフィックスされている可能性が高い。

つまり、現在のM4 Macの価格形成に対し、今のメモリ市況は何の影響も及ぼさない公算が大きい。現在の相場を見てM4を買うか迷うのは、来年の天気予報を見て今日の傘を選ぶような、因果関係の逆転した行為になりかねない。

本当に恐れるべきは「メモリ」ではなく「円安」

我々、日本人が最も恐れるべきはメモリ価格の高騰ではない。円安だ。

そもそもPC製造の原価においてメモリが占める割合は限定的だ。仮にメモリ原価が20%上昇し、それが価格転嫁されたとしても、最終製品価格へのインパクトは数%に留まる。しかし、「為替(ドル円)」は違う。

為替の変動は製品価格全体にダイレクトに、かつ即座に反映される。過去にAppleが行った「サイレント値上げ」のほとんどは、部品不足ではなく急激な円安がトリガーだ。

1ドル150円が160円、170円へと振れた瞬間、Appleは日本国内価格を引き上げる可能性が高い。メモリチャートに一喜一憂している間に、為替レートが数円動けば、その損失はメモリ差額の比ではない。ロジカルに考えれば、監視すべきはDRAMのスポット価格ではなく、ドル円チャートである。

今すぐ駆け込み買いは要らない。だが一方で、「Appleなら未来永劫、価格は変わらない」と楽観視しすぎるのも危険だ。なぜなら、現在のメモリ高騰は一過性のものではなく、AI需要による構造的な供給不足だからだ。

TrendForce等の予測では、DRAMの供給不足は2026年にさらに深刻化すると見られている。つまり、次期モデル(M5以降)に関しては、いかにAppleといえども、高騰したメモリ価格を反映し、定価ベースでの値上げを余儀なくされる可能性がある。

「今は慌てる必要はないが、構造的なインフレは進行している」。この認識を持ち、PCが必要なら自身のタイミングと為替を見ながら、冷静な購入戦略を立てるのが賢明だろう。

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なめてくるバカを黙らせる技術」(著:黒坂岳央)

働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。