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ふとした瞬間にアイデアが降りてくる、というのは多くの人が体感していますが、そこにはどのようなメカニズムがあるのでしょうか。ひらめきは「準備→孵化→ひらめき→検証・フィードバック」という4つのSTEPをたどって起こりますが、なかでも重要なのが「孵化」の段階。ここでは、無意識が重要なカギを握っています。
今回は、ひらめきのために無意識がどのような働きを行っているか、それを引き出すにはどうすればいいかについて、『いつもひらめいている人の頭の中(島 青志・幻冬舎)』から再構成してお届けします。
無意識の力を強化する
「ひらめき」のプロセスで、ある意味最も大切なのが「孵化」のステップです。孵化とは、文字通り、準備したアイデアが心の中で育ち、形になるまでの時間を与えることです。
ひらめきの最初のステップである「準備」では、たくさんの情報や知識を集めますが、その後はそれらの情報が「無意識の中で組み合わさる」ことを待ちます。
このプロセスでは意識的に考え続けるのではなく、一旦情報を脳の奥に預けます。無意識に任せるのです。
「無意識に任せる」とは何をすればいいのか? と聞きたくなると思いますが、簡単に言えば「何もしない」ことです。卵がじっとして動かない状態。殻の中では活発な活動が行われていますが、外から見ただけでは全くわかりません。
この段階で問題について考え続けることは、孵化中の卵を揺すったり、叩いたりするようなもので、殻の中で行われている活動を妨げます。表層的な思考を一度休ませることが、孵化のプロセスでの成功のカギになります。
ひらめきのプロセスを発見した数学者のポアンカレは、最初の「準備」のステップで、問題に関係する知識を一通り揃えたら、一度その問題から離れ、全く別のことをするようにしていました。旅行に出かけたり、軍隊に入ったりして日常から離れることで、無意識に問題を委ねたのです。
そして実際ポアンカレはそういうときに何度も「ひらめき」の瞬間を経験しました。旅行先で乗合馬車の踏み段に足をかけた瞬間や、断崖を歩いているとき、あるいは軍隊に入って街の大通りを横切った瞬間に、新しい命題や解法が頭に浮かんだと『科学と方法』の中で述べています。
小説家の村上春樹さんもそのようなエピソードを語っています。仕事をしたり本を読んだりというルーティンワークから離れて、プロ野球観戦で贔屓の選手がヒットを打った瞬間、「小説を書こう」というひらめきが「空から何かがひらひらとゆっくり落ちてき」たというのです。
無意識の中で情報が組み合わさり、新しいアイデアが生まれる瞬間は、思ってもみないときにやってきます。
では私たちは孵化の時間をどのように過ごせば良いのでしょうか?
本当に何もしないのは無理でしょうから、全く別の活動を行うこと。散歩をしたり、趣味に没頭したり、スポーツや映画を観たり、普段とは違う場所を訪れたりするのが良いでしょう。
そうやって頭を空っぽにすることで、思いがけないタイミングで答えが見つかることはよくあります。何かに行き詰まったと感じたときは、一旦問題から離れて、リラックスすることを意識してみましょう。
無意識の段階で起こっていること
ひらめきの4つのSTEP(準備→孵化→ひらめき→検証・フィードバック)の中でも、ひらめきの前の「孵化の段階」が最も大事であるとポアンカレも述べています。
第1段階の「準備」のプロセスや最後の「検証・フィードバック」のプロセスは、どちらも意識的な活動ですから、必要な知識をインプットする、あるいは「ひらめき」の後、それが正しいか検証して確かめるのは、それほど難しいことではありません。
第3段階の「ひらめき」も無意識の中で行われますが、第2段階の「孵化」がきちんと行われれば、雛が孵かえるように「自動的」に生じます。
この第2段階は「何もしないこと」と述べたように、無意識下で行われていることなので、意識でどうのこうのはできません(意識することは前述のようにかえって妨げになります)。
これはまさに孵化中の卵の活動を見守る、あるいは植物の成長を見守るのとも近いかもしれません。
いくらもどかしく感じても、卵の中の雛も植物も、自分の手で「育てる」ことはできないので、私たちに可能なのは自ら育つ環境をつくってあげることだけです。
そのためには無意識下で行われている活動を理解する必要があります。
情報は感情に紐付けられている
ところで私たちは「意識」や「無意識」という言葉を(それこそ)無意識に使っていますよね。
「無意識」とはいわゆる理性が働いていない状態です。言語も意識活動の一つですので、無意識下では論理的思考など系統立った明示的思考も働いていません。
「好き嫌い」「快不快」、そして「美醜」のような「感情」が無意識の世界にあるものです。
目や耳などの感覚器官から入る情報も、それ自体は無意識下で処理されます。イメージやメロディは、それに名前や符号をつけたりしない限り、無意識に分類できます。
皆さんも街を歩いているとき、聞こえてきた音楽や、ふとした景色がきっかけとなって昔のことを思い出した経験があるでしょう。そうしたとき、良い感情であれそうでない感情であれ、なんとも言えない気持ちに襲われたりしますよね。
「情報は感情に紐付けられている」のです。これはインプットのときだけでなく、アウトプットのとき、ひらめきにおいても同様です。
コンピュータの場合、さまざまな情報は紐付けられている分類番号に基づいてデータベースに格納されていますが、私たちの脳にはもちろん分類番号などはありません。その代わりをするのが、この感情というラベリングです。
したがって、問題解決に必要な情報というのは、その情報を取り出したとき、最も「良い感情になる」「気分が良くなる」情報の組み合わせとなります。
脳は問題や課題の解決を命じられたとき、解決するための知識や情報を脳内から探し出そうとします。コンピュータの検索機能と同じですね。
たとえばジグソーパズルの場合、実際には意識の力で頭と手を使って、適切と思うピースを探して組み立てを行いますしたが、アイデアがひらめく際でも手順は全く同じです。
問題解決に役立ちそうなピースの候補は、困難な問題になるほど膨大な数になると思いますが、それをいちいち意識上で処理するのはもちろん無理です。
孵化の段階では、私たちの無意識下で情報の選別が行われ、数パターンに絞り込まれます。
この絞り込まれた数パターンの解答の候補に対して、ここで初めて私たちは意識でシミュレーション(検証)を行って、「決定」「決断」をします。
この無意識下での絞り込みをするのに私たちは「感情」、すなわち「美意識」を働かせているのです。
ジグソーパズルで、わざと間違ったピースを塡めてみてください。何か気持ち悪いというか、落ち着かない気分になると思います。
こういうのを私たちは「感性」とか「センス」、あるいは「美意識」と呼んでいます。
つまりこの「美意識」が、卵の孵化のステップで必要な栄養分であり、植物が育つための水や肥料にあたると考えることができます。
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島 青志 イノベーションデザイナー/ブルーロジック株式会社 代表取締役/経営コンサルタント
イノベーションデザイナー。アート、デザイン、システム論を基盤に、経営理論や最新の脳科学研究を統合した「イノベーションデザイン」を研究し、企業コンサルティングや社員研修を通じて実践的なアプローチを提供するブルーロジック株式会社代表取締役。リゾートホテル業や会計事務所で接客や経営に携わった後、インターネット業界へ転身。インターネットベンチャーやネット広告会社で新規事業を数多く立ち上げ、2010年に独立。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究所研究員。著書に『熱狂顧客のつくり方』『ソーシャルメディアの達人が教えるリンクトイン仕事革命』。
公式サイト https://blurlogic.jp
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2025年7月8日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。