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転職サイトを開くと、「志望動機 例文」「受かる志望動機の書き方」みたいな記事が山ほど出てくる。読んでみると、だいたい同じことが書いてある。
「企業研究をしっかり」「自分の経験と結びつけて」「将来のビジョンを語る」——はいはい。わかった。で、それをやって、みんな落ちてるわけだ。
なぜか。
「正解」を探しているからだ。
「逆転転職 未経験・異業種からでも選ばれる!共感ストーリー®戦略」(松下公子 著)WAVE出版
昨日も、転職相談に来た20代後半の女性と話していた。彼女が持ってきた志望動機は、よくできていた。
「御社の『人と人をつなぐ』という理念に深く共感しました。私も前職で培ったコミュニケーション能力を活かし——」。
止めた。「それ、本当に思ってる?」
沈黙。5秒くらい。
「……正直、よくわかんないです。でも、こう書かないとダメかなって」
そりゃそうだ。ネットの「成功例」を読めば、みんなこんな感じなのだから。でも、これが罠なんだよな。
もう少し聞いてみた。「なんで転職しようと思ったの? 本当のところ」
すると、ぽつぽつ話し始めた。前職で担当していた、ある中小企業の社長のこと。資金繰りに苦しんで、夜中に何度も電話してきた。助けたかったけど、自分の立場では何もできなかった。それが悔しくて、ずっと引っかかっていたのだと。
「それだよ」と思わず言った。「それが志望動機じゃん」
彼女は驚いていた。「でも、こんな個人的な話……」
個人的でいいのだ。というか、個人的じゃないとダメなのだ。
面接官は何百人もの「御社の理念に共感」を聞いている。もう飽きている。そこに「私は3年前のあの夜を忘れられない」みたいな話が来たら、耳を傾ける。当然だ。物語があるから。
(ここで思い出したが、自分も昔、就活で同じ失敗をした。「御社の挑戦的な社風に」とか言って、全然心にもないことを並べて、見事に落ちまくった。今思えば、そりゃそうだ。顔に書いてあっただろう、「この志望動機、自分でも信じてません」って)
話を戻すと。
志望動機には、もう一つ大事な役割がある。自分を支えること。
転職活動は長い。仕事しながら書類を作って、面接に行って、落ちて、また書類を作って——。心が折れる。絶対に折れる。31.7%の人が途中で転職活動をやめるというデータを見たことがある(数字は曖昧だが、傾向は確かだ)。
そのとき、借り物の志望動機は何の支えにもならない。「御社の成長性」とか言われても、自分の心は1ミリも動かない。
でも、「あの社長みたいな人を、次は助けたい」という想いがあれば——それは簡単には折れない。自分の体験から出た言葉だから。
だから、志望動機を作るとき、最初にやるべきことは企業研究じゃない。自分の過去を掘ることだ。
なぜこの仕事に興味を持ったのか。最初のきっかけは何だったのか。忘れられない瞬間はあるか。五感で覚えていることはあるか——目で見たもの、耳で聞いた言葉、そのとき感じた空気。
それを言葉にする。泥臭くていい。かっこ悪くていい。
「正解」なんか、ない。あるのは「あなたの答え」だけだ。
まあ、これを読んでも「でもやっぱり例文を参考に……」と思う人もいるだろう。止めはしない。でも、落ちたときに「なんで」って思うなよ。最初から言ってるんだから。
※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムの形で編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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22冊目の本を出版しました。
「読書を自分の武器にする技術」(WAVE出版)