読書を勧めるのに、能力のマウントはいらない:『みんなで本をもちよって』

前回は佐々木大樹さんの與那覇潤論(?)を引きつつ、宇野常寛さんとの対談を紹介したが、佐々木氏の論にはもうひとつ、嬉しい指摘があった。

ぼくたちの歴史は、敗戦後に注射された「ワクチン」である。|與那覇潤の論説Bistro
ぼくにとって、今年は「戦後批評の正嫡」になった1年だったけど、おかげでとても嬉しい與那覇潤論にもめぐり逢えた。まぁ、ふつうに考えてすごいニッチなテーマだよね(笑)。 もっともこれは一種の便乗で、正しくは佐々木大樹さんという方が福嶋亮大さんの新刊に寄せた書評に、オマケでぼくへの評価がけっこう長く出てくる。その冒頭は、こ...

この逆説は、『知性は死なない 平成の鬱をこえて』(文藝春秋、2018年)で提示された〈言語〉と〈身体〉という二項対立に当て嵌めて考え直すとき、いくらかすっきりするように思われる。……與那覇にとって、歴史はこの〈言語〉と〈身体〉の中間で生成されるもののように思われる。

佐々木大樹氏、2025.10.23
(強調とリンクを付与)

いやはや、旧著を正確に読み解いていただいて、お恥ずかしい。ぼくなりの言語と身体の捉え方について、「本まで読むのはダリぃ」と思う方は、以下のnoteでもまぁ、だいたいわかる。

ダブスタを嫌悪した果てに、「シングル・スタンダード」の戦争が始まる|與那覇潤の論説Bistro
選挙直後から囁かれたとおり、米国は大統領・上院・下院をすべて共和党が押さえるトリプルレッドが決まった。2016年と異なり、トランプがハリスを総得票数で上回るのもほぼ確実で、実質4冠。非の打ちどころのない一方的な全面勝利である。 過疎地に住む人種偏見の強い白人といった、従来イメージされた「トランプ支持者」だけで、こうし...

なんだけど、実はこの『知性は死なない』、意外なところで好評なのだ。

この秋には、これまでもご著書を送っていただいているゲーム作家の米光一成さんから、「予想外にボードゲームが出てくる本ベスト3」との評価をいただいた。やったね! である。

御礼: 米光一成『人生が変わるゲームのつくりかた』に拙著が掲載!|與那覇潤の論説Bistro
7月に順天堂大学のイベントでお目にかかった、ゲームデザイナーの米光一成さんに、新著『人生が変わるゲームのつくりかた』をご恵投いただきました。末尾の「次に読んでほしい本」のコーナーで、私と小野卓也さんの共著『ボードゲームで社会が変わる』を挙げてくださっています。 そもそも同書の刊行後まもなく、米光さんにはサブスク番組...

ちなみにベスト3の残り2冊は、心理学者の今井むつみさんの『学力喪失』と、内館牧子さんの小説『老害の人』だとか。こんな形で “大物” に混ぜてもらえるのは、なんだかんだで嬉しい。

なんでそんな会話を米光さんとしたかというと、彼と作家の五百田達成さんが共催している「ことばのゲームパーティ」に誘われたのだ。これまでの回の内容は、五百田氏のYouTubeにいくつか動画が上がっている。

五百田 達成
作家・心理カウンセラー五百田 達成(いおた たつなり)のyoutubeチャンネルです。トークイベントや、文章・エッセイ教室「おとなの寺子屋」の模様をアップしていきます。

ことばのゲームって何ぞや? と思われるかもだが、近年のボードゲームではコミュニケーション系と呼ばれる、参加者どうしの “喋り” を愉しむゲームが、ファンの間口を広げている。

詳しいことは2年前、最強のボードゲーム情報サイトTGiW小野卓也さんと出した共著を、見てほしい。ざっくりいえば「大喜利」のハードルを下げて、落語家やお笑いタレントでなくても出場できるようにしたものだ。

ボードゲームで社会が変わる :與那覇 潤,小野 卓也|河出書房新社
ボードゲームで社会が変わる 今流行するボードゲームこそが、属性や能力主義による社会の分断を乗り越える「共存の哲学」である? 気鋭の評論家が各分野の専門家を招き対戦しつつ、普及活動のパイオニアと共に考える。

そんなゲームのひとつに、『みんなで本をもちよって』がある。元は海外の作品で、スマホ世代にも紙の本になじんでもらうきっかけ作りを期して、作られたらしい。

参加者は各自、1冊の “お気に入り本” をもってくる。親がカードを引き、「〇〇に書いてありそうな文句」のようなお題を出したら(ヘッダー写真)、答えとしてウケそうな一節を本の中から探す

答える際は、文字どおり “そのまま” 書中の文章を読み上げるのが条件で、アレンジは禁止。この縛りがあることで、誰もがちょっとはムリして答える分、笑いのセンスの差が緩和される

みんなで本をもちよって ~Bring Your Own Book~

で、このゲームをふだん本を書いてるメンバーどうし、自分の著書で試す企画が秋にあった。

もちよった本は、米光さんが(以下のnoteで紹介した)『ゲーム作家の全思考』・五百田さんが『会話IQ』・ぼくが『平成史』に、歌人の加藤千恵さんが小説『今日もスープを用意して』。ぼく以外はみな、今年の本だ。

ボードゲームが、自己啓発に「騙されにくい」大人を作る(8/6福岡イベント)|與那覇潤の論説Bistro
前に『ボードゲームで社会が変わる』を著書でご紹介くださった、米光一成さんが新刊を送ってくださった。デジタルで『ぷよぷよ』、アナログで『はぁって言うゲーム』を大ヒットさせたゲーム作家が、創作に満ちた実人生を語っている。 ……と聞くと、今日では「これがヒットを生み出すコツです」的なハウツー本を、つい連想する。なにか劇的...

その際の動画を米光さんが、ラボのYouTubeにアップしてくれた。「1」とあるところを見ると自著で遊んだ後に、通常のルールどおり “他の人の本” でプレイした後編の「2」も、そのうち公開されるかもしれない。

以下からぜひ見てほしいけど、いや、これが実に楽しかった!

最初に答えを思いついた人が挙手すると、1分間の砂時計をひっくり返すので、ゲームはテンポよく進む。だけど挙手した人が有利とは限らず、慌てて選んだ人の答えの方がかえって爆笑を誘い、勝者になることも多い。

無限に長考をOKにすると、つい誰もがムキになって全力投球し、かえってプレイする楽しさを損ねてしまったりする。またそうした「ガチ勝負」は経験値や能力差が物を言う分、ビギナーが入っていけない世界を作りやすい。

そこで、話は冒頭の『知性は死なない』に戻る。

ボードゲームがどう、うつから回復する手がかりになったかを描く同作が、〈言語〉と〈身体〉の対に基づいているのは必然なのだ。同書でぼくはそこに、能力差という “最後の差別” を乗り越える糸口を、探している。

本の中から「適切な一節を引用せよ」という、まさに〈言語〉の操作能力を問うゲームであっても、目の前にいる人たちと “楽しみたいな” という〈身体〉的なケア感覚と噛み合うことで、能力主義のリセットが起きる。

稀代の知性が傷つき、倒れ、起き上がるまで『知性は死なない 平成の鬱をこえて 増補版』與那覇潤 | 文春文庫
稀代の知性が傷つき、倒れ、起き上がるまで 気鋭の歴史学者を三十代半ばに重度のうつ病が襲う。回復の中、能力主義を超える社会のあり方を模索する。魂の闘病記にして同時代史。『知性は死なない 平成の鬱をこえて 増補版』與那覇潤

先日、「本が売れるようにインフルエンサーしてやってる俺たちを、新しい人文主義として認めろ!」みたいな態度が炎上を招く事件があったけど、彼らがどこでまちがえたのかも、このゲームとの対比でわかる。

そうした人は、自分は〈能力〉が高いから、お前らにもわかるよう言語で圧縮できるんだという態度で、本を書いたり配信したりしがちだ。そこには、身体的な近接が生み出す共感がない。

「令和人文主義」はなぜ炎上したのか: 日本でも反転した "キャンセル" の潮流|與那覇潤の論説Bistro
アツい! いま、令和人文主義がアツい。 …といっても、まともに働く会社員の人はわからないと思うが、先月末から令和人文主義なる概念が、「そんなの要らねぇ!」という悪い意味で大バズりしてるのだ。いわゆる炎上で、その熱気が地獄の業火のようにアツい。 たとえばYahoo!の機能でXを解析してもらうと、「令和人文主義」の印象...

そして、単にコンパクトに縮めるだけの要約なら、いまやAIの方がずっと得意だ。AIに教えてもらえば、そんなセット販売のマウンティングはついてこない。だから、みんなそっちを選ぶ。

「AIがそう言ってたんで…」と無難な提案を持ってくる部下にベテラン上司が語りたい"仕事で一番重要なこと" 若者のAI頼みは上司のことを仲間と思っていない証拠
なぜ部下は上司に相談せず、生成AIの言うことを鵜呑みにするのか。評論家の與那覇潤氏は「この現象は今に始まったことではない。“日本人らしさ”の象徴ともいえる」という――。(取材、構成=ライター・島袋龍太)

『みんなで本をもちよって』も、電子書籍から抜粋させる形なら、AIにもプレイできそうである。文面を検索する力では、その技術は比類ない。

しかしその〈能力〉が、そのまま笑いをとり、参加者を互いに親しませる力とイコールになると思う人は、いないだろう(……いや、ひょっとするともう、いるのかな?)

ボードゲームを通じてこの力を知っていたことこそ、ホンモノの人文知の持ち主が、コロナ禍でも対面の価値を譲らずにいられた理由だ。オンラインでの褒めあいコラボで〈能力〉を誇り、フォロワー集めに邁進する人たちがニセモノなのは、その体験がないからだろう。

自分への「タグ付け」をやめてみよう――ポスト・メリトクラシーの社会へ:與那覇潤 | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
2021年の流行語「親ガチャ」は、「どんな親の下に生まれるかで人生は決まってしまう」という若者の諦観を浮き彫りにした。人の能力の高さは必然か、偶然か? そんな能力主義の問いに追い詰められた時、自分の属性を一回リセットしてみる「逆カミングアウト」が役に立つ。

ぜひホンモノのルートで、本を読み知を得ることの喜びを、広めたい。多くの人が見る動画になってほしいので、再生よろしくお願いします!

参考記事:

日本人はなぜ、ここまで他人に共感できなくなったのか|與那覇潤の論説Bistro
先週発売の『表現者クライテリオン』9月号でも、連載「在野の「知」を歩く」を掲載していただいています。綿野恵太さんに次ぐ2人目のゲストは、コンサルタントの勅使川原真衣さん。 勅使川原さんとの対談は、Foresight に掲載のものに続いて2回目になります! 従来もこのnote にて、記事を出してきました(こちらとこちら...
大学への進学率は、ぶっちゃけ何%が社会にとって「適正な水準」なのか?|與那覇潤の論説Bistro
先週刊行の『表現者クライテリオン』11月号にも、連載「在野の「知」を歩く」が掲載です! 以前もご案内した、コンサルタントの勅使川原真衣さんとの対談の後半部。 自分で言うのもなんですが、前半よりもなお一層、幅広い話題をがっつり詰め込んでお届けしています。ぜひ書店で、手に取ってみてください。 さてその紹介ですが、なか...
なぜ人文学者は、遠からずChatGPTに置き換わるのか|與那覇潤の論説Bistro
これまでもお世話になってきた『表現者クライテリオン』誌(隔月刊)で、連載「在野の「知」を歩く」を始めることになりました。今月刊の5月号での第1回ゲストは、批評家の綿野恵太さん。以前ご案内した2月の対談イベントを基にしつつ、大幅に増補した内容になっています。 「在官」すなわち大学のアカデミズムと、一般の読者の印象・感想...

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年12月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。