黒坂岳央です。
「大企業に入って、そこそこの給料をもらいながら、言われたことだけを最低限こなして定時で帰る」
一見すると極めて合理的であり、コストパフォーマンスに優れているように見える。少なくともこれまでの時代はこのワークスタイルが正しかった。
日本の大企業の給与テーブルは、依然として年功序列の色が濃い。死に物狂いで成果を出した同期と、適度に力を抜いて毎日飲み歩いている自分とで、手取り額に大差はない。時給換算すれば、明らかに後者の方がROIは高い。「窓際族は勝ち組」がネット上で取り上げられるのも、この短期的な合理性に基づいているからだ。
しかし、時代は変わった。これからはこの「大企業のコスパ戦略」は、破綻リスクが高い「時限爆弾」である。もちろん、中小企業には倒産や低賃金といった別のリスクがある。だが、大企業特有の構造的リスクが存在するのだ。
筆者は東証プライム上場企業や外資系企業を複数渡り歩き、現場のリアルを見てきた。その経験から私見を述べたい。
kuppa_rock/iStock
大企業で稼げるのは「社内通貨」
大企業は中小零細企業より給与が高く、億の資金が動くダイナミックな仕事も出来る。「仕事と給与の魅力」という点で規模は大きければ大きいほどメリットがあるように思えるだろう。
ところが、この大企業勤務が「誰にとっても仕事量、内容より給与コスパがいい」と感じるのは若い頃に限定される。若いうちは「言われたことだけ」をこなすだけでも誰にも咎められることは少ない。だが、そのツケは中年以降利息付きで支払いが待っている。
大企業で市場価値のあるスキルと経験を意識してつけなければ、新人が20年間経って稼げるのは、社内調整力や社内ツールの操作スキルといった「社内通貨」だけになる。当然、その会社の通貨は一歩会社の外に出れば、紙切れ同然だ。
もちろん、大企業は単純作業だけではなく、「高値で売れるスキルと経験」の宝庫でもある。筆者は会計の専門家だったが、大企業だけでよく使う会計スキルやITシステムなどの経験があり、同僚は「次のプロジェクトでこのポジションを経験できるのはおいしい!」などと常に自分自身の市場価値について日常的に話が出ていた。
要は自分が仕事に「給与以外の何を求めるか?」こそが大事なのだ。
大企業の「金の足枷リスク」
大企業の給与システムはある意味、残酷だ。
市場価値が低いままでも、社歴を重ねればある程度、年収が上がってしまう。例えば、市場価値は400万円の実力しかないのに、社内では800万円、1,000万円をもらえてしまう。
これこそが「金の足枷」となる。 この状態になると、転職市場に出れば年収が半減するため、今の会社にしがみつく以外に選択肢がなくなる。住宅ローンや教育費を「割高な給与」前提で組んでいるため、もはや逃げ場はない。
もちろん、別に悪いことをしているわけではなく、大企業は実力以上の高給を与えてくれているので、見方を変えれば天国ともいえる。だがこの話は「今後もそれが続けば」という前提だ。令和で起きている黒字リストラの敢行を見る限り、状況は厳しくなっていくのではないだろうか。
マイホームリスク
また、大企業ならではのリスクは他にもある。筆者がかつて在籍した外資系企業での実話だ。海外本社から大規模な改革が通達され、複数のオフィスが統合されたのである。
悲惨だったのは、その拠点の近くに「庭付き一戸建て」を購入していた子育て世代だ。「この会社で定年まで働く」という前提で、長期住宅ローンを組んでいた彼らは、突然の遠方への引っ越しか、退職かの二択を突きつけられた。
結局、子供の転校や配偶者の仕事の都合で引っ越しを選べず、転職を余儀なくされた同僚を何人も見てきた。その時、「年齢相応の社外で通用する市場価値」を持っていなければ、安く買い叩かれるか、未経験の職種でキャリアをリセットするしかない。実際、非正規雇用を選ばざるを得ない人もいた。
突然の外資化リスク
リスクはまだある。大手企業は突然外資系になることがあるのだ。
近年の円安により日本企業は外資にとって「割安な買い物」になった。ある日突然、M&Aで親会社が変わり、上司が外国人になることは十分にあり得る。
そこで問われるのは「今までどれだけ会社に尽くしたか」ではなく、「あなたは何ができるのか(What can you do?)」という一点のみだ。勤続年数は関係ない。若ければ可能性にベットしてもらえることはあるが、そうでないなら「この仕事がやりたければ、相応のスキルと経験値を稼いでこい」となる。だが、若い頃の積み上げがなければその経験値を稼ぐために必要な経験がない、となりがちだ。
また、筆者は転職面接で、突然外資になったという元日本企業にいったことがある。面接してくれた現場担当者は「先月から上司が外国人になり、彼は日本語がまったくわからないのですべて英語でコミュニケーションとなります。私も慌てて英語を勉強中です。入社後、英語でのコミュニケーションは大丈夫でしょうか?」と質問されたのが印象的だった。彼にとっては青天の霹靂だっただろう。
会社ではなく自分のために頑張る
筆者はひたすら危機煽りをしたいわけでも、大企業でぬくぬくとせず、会社のために死ぬ気で働けと言いたいわけでもない。むしろ逆だ。勤務先などどうなるかわからない。代わりの勤務先はいくらでもある。だから何より、「価値あるスキルと経験値を求めて、もっと自分のために必死に働くべきだ」と言いたい。
「頑張る」とは、長時間労働ではない。その会社でしか通用しない社内通貨を20年稼いでも無価値だ。そうではなく、とにかく市場価値を意識したスキルと経験値こそ意識するべきだ。
そうやって培ったスキルや実績があれば、仮に明日会社が倒産しても、あるいは理不尽な転勤を命じられて辞めることになっても、翌日には他社からオファーが来る。20代というポテンシャルにベットしてもらえるボーナスタイムの間に「強い人材」になることを強く勧めたい。
◇
皮肉なことに、「いつでも辞められる力」を持った人間こそが、会社からも「最も手放したくない人材」として評価され、結果的に社内での自由と居場所を確保することにつながるのだ。トータルだとこれが一番コスパがいいだろう。
■
2025年10月、全国の書店やAmazonで最新刊絶賛発売中!
「なめてくるバカを黙らせる技術」(著:黒坂岳央)