プーチン氏の「欧州工作と国内弾圧」

ロシアが2022年2月にウクライナへの軍事侵攻を開始して以降、戦火は前線だけにとどまっていない。欧州各地では、ロシアが関与したとされる破壊工作や偽情報工作が相次いでいる。

AP通信の報道によれば、2022年以降、欧州全土で確認された破壊・混乱・偽情報工作は145件に上る。放火やインフラ破壊、サイバー攻撃、スパイ活動、選挙を狙った偽情報拡散など手口は多様で、西側諸国の当局はその多くをロシア、あるいはロシア系主体によるものと特定している。中には小包爆弾の爆発事件といった、一般市民の安全を直接脅かす事案も含まれる。

プーチン大統領の慣例の記者会見、2025年12月19日、クレムリン公式サイトから

こうした「ハイブリッド戦争」の主要な標的の一つが、EUの中核国家ドイツだ。ドイツ政府は、妨害行為やサイバー攻撃、偽情報キャンペーンを通じてロシアが同国を繰り返し攻撃してきたと非難している。2024年8月には、ドイツ航空管制局がサイバー攻撃を受け、ロシア軍情報機関GRUと関係が深いとされるハッカー集団「APT28」(通称「ファンシー・ベア」)による犯行と特定された。

ドイツ外務省は選挙干渉の証拠もあるとして、ロシア大使を召喚する異例の対応を取った。狙いは、ドイツ社会の分断を煽り、民主的な制度や公共機関への信頼を揺るがすことにあるとみられている。

一方、ロシア国内に目を向けると、対外的な攻撃性と歩調を合わせるように、締め付けはいっそう強まっている。ジュネーブに本部を置く国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のロシア人権問題特別報告者マリアナ・カツァロワ氏は11日、市民社会を解体する弾圧政策が加速していると警鐘を鳴らしている。

ロシア当局は近年、弁護士やジャーナリスト、人権団体を「望ましくない団体」や「外国の代理人」に指定し、活動を事実上不可能にしてきた。こうした指定は国家安全保障や公共安全を名目にしているが、実際には独立した発言や反戦の声を封じるために法制度が利用されている。現在までに280以上の団体が「望ましくない」とされ、1,100以上の団体と個人が「外国の代理人」に指定されている。関与した個人には最長6年の懲役刑が科される可能性がある。

さらに深刻なのは、対テロ法の乱用だ。人権団体メモリアルの関係者が「テロ正当化」の罪で有罪とされ、故アレクセイ・ナワリヌイ氏の反汚職財団も「テロ組織」に指定された。平和的な表現や反戦姿勢までもが犯罪とされる現状に、西側の人権専門家は強い懸念を示している。

欧州への破壊工作と国内の人権弾圧。一見別々に見えるこれらの動きは、プーチン政権の統治戦略という一点でつながっている。外に敵を作り不安を拡散する一方で、内では恐怖によって沈黙を強いる――その構図だ。

プーチン大統領は自身のナラティブに基づき隣国に戦争を仕掛け、他の欧州諸国にはハイブリッド戦略を展開して恐怖を拡散し、国内では人権の弾圧で国民の口を防ごうとしている、というわけだ。

カツァロワ特別報告者は「弾圧によって人権擁護活動を消し去ることはできない。弾圧は、説明責任を恐れる政府の不安を露呈させるだけだ」と語る。強権的な手法を重ねるほど、政権が抱える不安や行き詰まりは、むしろ浮き彫りになってくるのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年12月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。