「教皇制の存続」問題が問われ出した

世界に約14億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会は2025年、南米アルゼンチン出身のフランシスコ教皇の死去を受け、米国出身初のローマ教皇レオ14世を選出した。2025年はカトリック教会では「聖年」(Holy Year)で、特別な霊的恩恵を受ける年として、多くの信者たちがローマに巡礼した。

イタリアのベルガモの喫茶店で見たクリスマス用クランツ、2025年12月20日、撮影

2025年はまた、20世紀の最大の出来事と呼ばれた第2バチカン公会議(1962-1965年)が幕を閉じて60周年目の筋目に当たった。「教会の現代化(アジョルナメント)」を目指し、現代世界との対話、典礼の刷新(各国語導入)、信教の自由、聖書中心主義、教会一致(エキュメニズム)などカトリック教会の近代化を決めた公会議は、教会内外に多大な影響を与えた。ヨハネ23世が公会議を提唱した背景には、教会の閉鎖性、社会からの孤立、教会の影響力の喪失、といった教会の現状に対する危機感があった。

2026年はカトリック教会にとってどのような年となるだろうか。第2バチカン公会議から60年が経過した今日、公会議の熱狂的な覚醒を経験せず、公会議にほとんど無関心な新しい世代が育ってきた。教会では聖職者の未成年者への性的虐待事件が多発し、教会の信頼は地に落ち、教会から脱会する信者が急増してきた。混乱したポストモダニティの精神的な空虚の中で、教会の現状は第2バチカン公会議の前夜のような状況だ。

前教皇フランシスコは教会の現状を憂い、2021年から24年にかけ教会刷新(シノドス)を始めた。シノドスは教会の諸問題を協議する世界代表司教会議であり、共同体の強化を目指す。牧会神学者ポール・マイケル・ズーレナー氏はオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「フランシスコにとって、教会の『シノドス化』は、第2バチカン公会議の教会のイメージの実現に他ならない」と語っている。

レオ14世が選出された直後、バチカンニュースは5月9日、「レオ14世はカトリック教会史上最も国際的な教皇だ。彼は教皇庁を知っており、その使命、司牧的配慮、一般の人々の心を知り、司教職を知っており、シノドスの意味も知っている」と期待を表明している。

レオ14世インスタグラムより

そして教皇名に「レオ」を選んだ背景について少し説明している。曰く「教皇レオ13世(1810年~1903年)は、歴史的な回勅『レールム・ノヴァルム』の中で、第1次産業革命の文脈における社会問題について初めて言及した教皇だ。そして教会は今日、人間の尊厳、正義、労働の保護に新たな課題を突きつける新たな産業革命と人工知能(AI)への対応が求められている」と述べ、現代の世界がレオ13世時代と同じ社会課題に直面しているという認識から、ロバート・フランシス・プレボスト枢機卿は「レオ13世」の後継者として「レオ14世」という教皇名を選んだというのだ。

バチカンのシノドス事務局によると、レオ14世は6月26日、カトリック世界会議の実施に関して前教皇が設定したシノドスの日程を順守することを明らかにした。それによると、2026年末まで各地方教会で協議と取り組みを進め、2027年前半には教区レベルの会合が予定されている。その後、2027年後半には、国内および国際の各司教協議会レベルで会合が行われ、大陸会議は2028年春に開催され、最終的に同年10月にバチカンで「教会会議」が開催されることになっている。

ところで、「シノドスの道」は決して平坦で一直線の道ではない。シノドスを提唱した前教皇フランシスコは、教皇在位中、LGBTQグループと定期的に面会し、同性愛の信者に対して寛容な姿勢を示してきた。バチカン教理省は2023年12月18日、「Fiducia Supplicans(司牧的な祝福の意義について)」宣言を発し、一定の条件の下で再婚または同性カップルの祝福を認めた。それに対して、特にアフリカのカトリック司教たちの間で激しい批判が巻き起こった。一方、同性愛カップルへの祝福に関するドイツ教会のマニュエルがバチカンの「Fiducia Supplicans」の許容範囲を超えていたため、バチカンはドイツ教会の改革にブレーキをかける、といった具合だ。

例えば、前教皇フランシスコは2022年6月14日、インタビューの中で、「ドイツには立派な福音教会(プロテスタント派教会=新教)が存在する。第2の福音教会はドイツでは要らないだろう」と述べ、ドイツ教会司教会議の教会刷新運動に異議を唱えたことがある。要するに、教会改革も行き過ぎはダメというわけだ。すなわち、シノドス推進派の中でも、どこまで教会を刷新できるかでまだ明確なレッドラインがないわけだ。

ドイツ司教協議会(DBK)議長ゲオルク・ベッツィング司教は23日、ZDFの朝のニュース番組で「教会は政治的でなければならない。福音のメッセージは政治的であるからだ」と発言している。福音が「単なる個人の救い」を超え、社会正義を求める「政治的」な意味を持つという歴史的・神学的議論を再燃させたわけだ。一種の「信仰の公共性」だ。これは「福音は社会を変革する力を持つ」という、ルターの「プロテスタントの三原理」(信仰のみ、聖書のみ、万人祭司)が持つ「社会への働きかけ」の側面を再評価する動きとも解釈できる。

ドイツ教会は司教と信徒(信徒中央委員会:ZdK)が対等に教会の決定に関与する常設機関「シノドスの会議」の設立を目指している。決定プロセスを民主化・非中央集権化し、時代の要請(女性の役割や性的マイノリティへの対応など)に迅速に応えるためだ。

それに対し、バチカン側は「政治的・社会的な正義を追及することは重要だが、それが信仰や福音の本質(祈りや秘跡)を脇に置いて、多数決や社会的なトレンド(時の精神)に流されるプロテスタント的な手法に陥る危険がある」と警告している。レオ14世は「教会の教義を逸脱する一方的な決定を控えるように」と釘を刺し、改革のペースを落とすよう促している。

神学者ズーレナー氏は8月8日、ORFの情報番組で、「現在カトリック教会で規定されているコンクラーベは中世の遺物だ。教会のより大きなシノドス性(協議性)は、教皇選挙の改革を意味する」と主張している。それは第1バチカン公会議(1869~1870年)で描かれた絶対主義的で君主制的な教皇像からの決別を意味する。シノドスが進められていくと、ローマ教皇主導の中央集権体制を維持するか、そこから離脱し、現地の司教会議を中心として教会運営を行うかの体制選択を強いられることになるというわけだ。

レオ14世はレオ13世の社会派の精神を継ぎつつも、ペテロの後継者として「バチカンを頂点とする一致」を崩さない範囲での改革を模索している。2026年に入れば、「シノドスの道」はより具体性を帯びてくることになるが、ドイツ教会を代表とする世界各地の司教会議がバチカンの教皇制の存続問題まで踏み込むようなことになれば、レオ14世はその対応に苦慮するだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年12月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。