政治や経済を論じるときに、論理的な議論ができないと思ったら、英語やフランス語でどう言うか調べてみると、犯人は和製漢語であることが多い。誤訳だったり、突拍子もない超訳だったりする。
「固有の領土」という言葉もそのひとつである。これも、国際法の世界で使われる法律用語ではないのみならず、英語やフランス語(国際法はフランス語で成り立ってきた世界だからこそ重要だ)に訳せないのである。
明治時代から使われ始め、戦後の日本政府がポツダム宣言受諾で放棄したわけではない土地について使っていたのを、1970年代から中国も盛んに使うようになった。
したがって、欧米では意味のない言葉だが、日中間では共通概念になっている。そのあたり頭の整理をしたので紹介したい。
明治時代からマスコミでよく使われていたが、正式に使われたのは1947年の国会答弁で、1951年の国会決議で使用されたことで一気に広まった。社会科教科書では1960年代から記述がみられる。また、中国も1970年代からこの表現を日本以上に好むようになった。
この言葉を文字通り言えば、ある国家が古くから領有し、ほかの国家に支配されたことはない領土ということになるのだろうが、そういう意味で使われているのでもない。
ただ、東アジアにおける理解としては、近代国際法が万国公法として承認されてから日が浅いので、そのときからずっとある国の領土として認められてきたという意味で理解すると、外交的にも意味のある捉え方だ。
西洋近代国際法は、1648年のウェストファリア条約で確立されたものということになっている。それまでは、封建的な相続財産の論理が主流だったのである。
一方、東洋では中国による冊封を基準とした秩序があったと、戦後日本の西島という東京大学教授が言い出して、冊封体制という言葉が教科書にまで載っているのだが、そんな外交実態もなかったし、中国では冊封体制などという言葉は存在もせず、そもそも統一的な国際法秩序は存在しなかったのである。
それがアヘン戦争以降、中国も日本も西洋各国と条約を結ばざるを得なかったので、万国公法(国際法)の原則に基づいて、アジア諸国同士の関係も律することになった。
このときに、日本はいちはやく万国公法を忠実に守った論理で新規の領土獲得を図り、また、中国が一方的に勢力圏だと主張するのを押さえ込んでいった。
琉球はもともと島津領であって、清国に朝貢していたとしても、そんなものは国際法上意味がないと言い、同様に朝鮮は完全な独立国だと主張したのである。
清国は理論武装が遅れたことも響いて、朝鮮、琉球、そしてフランスによってベトナムへの宗主権を否定されることになったが、領土の外縁部を近代国際法の論理で自国領であると主張する条件の整備に着手した。
台湾については、宮古島の島民が漂着したところ先住民に殺された賠償を要求されたのに対して、「化外の地」と国際法上ありえない説明をして日本に派兵されたのに懲りて、日本に賠償を払ったうえで実効支配の確立に努め、台湾省を設置した(清国は自国領としての責任を最終的には認めて日本はそれに基づいて賠償金を取ったのだから、清国が化外の地として扱っていたから固有の領土といえないというのはおかしい)。
さらに、アロー号戦争や日清戦争を経たのちに残った領土をもって、国際的にも国際法秩序における清国の領土が確定したのであって、そこには、満州、蒙古、新疆、チベットなどが含まれていた。
一方、孫文らは満州族の支配から脱するべく運動し、この論理では、清国から漢地(万里の長城の内側。ほかに漢帝国の領土をもって漢地とすべきといった意見もあった。それだと朝鮮やベトナムも入る)は離脱するつもりのようにみえたし、満州、蒙古、新疆、チベットは清国に残るか独立するかするのが順当だった。
ところが、辛亥革命の過程で、漢人で清国総理大臣だった袁世凱が孫文と取引をして、中華民国をもって清国の承継国家とし、皇帝や満族・蒙古族の貴族には特権を与えることにしてしまった。
孫文(右)と蔣介石
この論理は流れとしては不自然だったが、法的には問題がなかったので、国際社会は承認するほかなかった。
したがって、清国が近代国際法秩序に参加したときから、満州、蒙古、新疆、チベットは一貫して中国の領土だったわけで、これをもって中国が固有の領土という東洋的表現で主張するのは正しい。
台湾については、上記のような台湾征討をめぐる経緯ののち、清国の近代的支配が確立したのちに、日本に割譲されたものである。満州については、満州国が独立したが、世界各国のうち三分の一程度の承認を得たところで終戦になり、満州国は消滅し、中国の実効支配が回復した。
モンゴル(外蒙古)は満州国と同じ立場だったが、毛沢東が政権を取ったことにより中華人民共和国が独立を認め、台湾の中華民国政府ものちに独立を認めた。
このほか、新疆に東トルキスタン政府がソ連の後押しでできたり、チベットなどが独立を模索したことはあるが、いずれも国際的な支持を得られないまま鎮圧された。しかし、もともと中国の領土として国際的に認められていた土地での反乱を鎮圧したのだから、侵略ではない。
このような経緯であるから、日中間では、沖縄は日本の固有の領土である。台湾は中国の固有の領土だが、中華人民共和国政府の実効支配は確立されていない地域で、日本は独立を承認することは将来ともしないが、武力による解決は好ましくないと考えている土地、尖閣諸島は日本が実効支配をしているが、中国はそれが不当だと考えていることは日本側も知っている土地といった整理で、対立を煽るようなつまらない言辞は互いにやめたほうがいい。
ただ、今回の騒動は、高市総理の失言が発端なのだから、潔く撤回しないと代償は大きいと思う。それなりに外交を分かっている人で、高市発言が適切だったと言っている人はほとんどいない。ただ、外交官経験者では、言ってしまったのだから撤回せずに取り繕うべきだと言う人が多いが、こんな馬鹿なことで対立を長引かせていいことはない。
以前とは、国力(政治・軍事・経済)の差が大きくなっているのだから、長引けば日本のほうのダメージが大きいのが現実だ。貿易でも日本にとっては20%、向こうにとっては数パーセントにすぎない。口惜しいが、もはや日中は対等の大国ではないという自覚がないと戦えない。
日中首脳会談 10月31日 高市首相Xより
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