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鏡の前で、ため息をついた経験がある人、手を挙げてほしい。
——はい、私です。
「新しい自分が動き出すふだん着物の魔法」(シムラアキコ 著)きずな出版
若いころは何を着てもそれなりに見えた。少なくとも、そう思っていた。それがいつからか、二の腕が気になり始め、ウエストが主張し始め、「前はもっと楽に着られたのに」が口癖になった。
クローゼットの中の「着られる服」が減っていく。それに比例して、気持ちも縮んでいく。これ、結構キツい。体型の変化より、その精神的ダメージのほうがキツいかもしれない。
で、何が言いたいかというと。
着物は違う、という話だ。
着物にはサイズがない。いや、正確にはあるんだけど、洋服みたいな細かい区分がない。S・M・Lとか、7号・9号・11号とか、そういうのがない。平らな布を体に巻きつけて、紐で留める。それだけ。
だから、1サイズくらいの変化なら着付けで調整できる。2サイズ以上変わっても、仕立て直せば同じ一着を着続けられる。「サイズが合わなくなったから捨てる」が発生しないのだ。これ、地味にすごくないか。
ここからが本題なんだけど。
世の中には「体型をカバーする服」がたくさんある。ゆったりしたシルエット、体型補正下着、黒で統一、縦ラインを強調——テクニックは山ほど紹介されている。
でも、それって全部「隠す」発想なのだ。
着物は違う。「隠す」んじゃなくて「包む」。この違い、伝わるだろうか。
着物を着ると、外に出ているのは首・手首・足首だけになる。三つの「首」。人間の視線は自然と細い部分に集まる。だから、全体の印象がすっきりする。太くなった二の腕は袖の内側に収まり、脚のラインは裾の奥。見えない。
帯の位置を調整すれば、ウエストもヒップも誤魔化せる——いや、誤魔化すんじゃない。美しく見せられる。衿を広めに合わせれば、肩幅も顔の大きさもバランスが取れる。小顔効果も抜群だ。布の面積が広いから。
そして、これは男性にも言えることなんだけど。
体に幅が出るほど、着物姿には風格が出る。洋服だと「太った」になるところが、着物だと「貫禄が出た」になる。不思議なものだ。いや、不思議じゃないか。もともと日本人の体型に合わせて作られた服なのだから、当然といえば当然だ。
年齢を重ねた体を「隠す」服は、確かにたくさんある。でも着物は「美しく包む」服だ。今の自分を否定しない。矯正しない。そのまま受け止めてくれる。
鏡の前に立って、「今の私も、悪くないかも」と思える。
これ、すごいことだと思う。服にできることの中で、一番大事なことかもしれない。
まあ、着付けが面倒という声はあるだろう。わかる。最初は時間がかかる。でも、慣れれば10分。洋服のコーディネートに悩む時間を考えたら、大差ない気もする。知らんけど。
とにかく。
体型の変化に凹んでいる人、一度試してみてほしい。
隠すんじゃなくて、包まれる感覚。これは、着てみないとわからない。
※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムの形で編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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22冊目の本を出版しました。
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