ミネアポリスで起きた移民関税執行局(ICE)係官による女性射殺事件。
世界の紛争地を取材し続ける日本人戦場ジャーナリストが、こう書いていた。
あれだけ証拠映像があるにも関わらず、トランプが好きだからという理由(?)で、ICEの蛮行を擁護する日本人がそれなりにいることに絶望を覚える。
その嘆きは理解できる。しかし、問題の本質はそこではない。これは特定の政治家の話ではなく、アメリカという国家の構造そのものを理解していないことに起因する。
私は半世紀近くアメリカに居住し、ロサンゼルス暴動、服部事件、十数回の反政府デモなど、数多くの「現場」を自分の足で歩き、自分の目で見てきた。事件ごとに細部は異なるが、アメリカの治安現場には絶対に変わらない“鉄則”がある。
今回の映像を見る限り、女性に捜査官を轢き殺そうとする明確な殺意はなかったはずだ。ただ逃げようとしただけだろう。細部の是非は議論の余地があるが、アメリカでは珍しくない「過剰防衛」の典型例といえる。
だが、ここからが最も重要な点だ。アメリカの治安現場では、警官に何か言われたら、意味が分からなくても即座に車を止め、両手のひらを見せる——これが命を守る唯一の行動である。
私は現場で何度も銃口を向けられた経験がある。そのたびに両手を大きく見せ、車外であれば両手を上げて地面に伏せた。それが“生き残る方法”だと、身をもって理解しているからだ。
さらに、今回現場にいたICE職員は、半年前に運動家の車に轢かれ、テーザー銃を発砲しながら重傷を負った経験があるという。被害者の女性は運も悪かった。だが、制止命令に逆らって車を動かした女性側にも、一割程度の過失はあると言わざるを得ない。
ミネアポリスには、別件だが私も何度も訪問取材した。ミシシッピ川が走り、夏と冬の寒暖差が異常に激しい場所だ。
今回の現場から歩いて10分ほどの距離で、あのフロイド殺害事件が起きた。5年ほど前、黒人男性ジョージ・フロイドが白人警官に首を膝で押さえつけられ死亡した事件だ。これが全米・世界に「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)」運動を爆発的に広げる決定的なきっかけとなった。
あの事件では、全く抵抗しなくなった被害者の首を押さえ続けて殺害した。当然、故意の殺人罪になる。だが今回の事件は、被害者の女性が停止命令に背き、車を動かした。フロイド事件とは本質的に違う側面がある。このため、抗議運動は起きているが、フロイド事件のように全米に広がることは考えにくい。
そして、ここからが冷徹な現実だ。この事件は連邦政府が調査を主導する。訴訟にはなるだろうが、被害者側が敗訴する可能性は非常に高い。仮に民事で勝ったとしても、遺族に渡る賠償金は“スズメの涙”に終わるだろう。残念ながら、現在の米国の状況は、今後さらに悪化していくはずだ。