僕のこの本の編集者でもあり、元右翼雑誌出身ながら今は「中道のフェアネスとはなにか」について真剣に模索し続ける魂のフリーライターでもある梶原麻衣子さんが今月出した本がなかなか興味深かったです。
「安倍晋三 ドナルド・トランプ交友録 How to DEAL with Trump」
梶原さん自身、安倍氏本人や昭恵夫人にも何度も直接取材したことがある人なんですが、その時の印象を加えつつ、多種多様な記事や書籍などの公開情報を積み上げていきながら「トランプと安倍」の関係性についてできるだけ立体的に描き出そうとした本という感じですね。
梶原さんについては以前以下の記事で詳しく紹介したんですけど、
元々右翼雑誌出身者だけれども、「安倍政権時代にあまりにも右派業界が安倍政権にベッタリでバランスを欠いていた状況に心身を病んで退職し、今の道に入った」人なので、僕の個人的な印象としては
梶原さんは普段は「かなり安倍氏に対して批判的」な人
なんですよね。
でも一方で、今回の本を読んでみると、梶原さんが書いたにしては、かなり安倍氏にポジティブな描かれ方をしているというか、多種多様な公開情報をつなぎ合わせた結果、
「色々問題はないわけではないが、あの状況では最大限頑張っていたし、実際国際政治の場でうまく自分の意志を通していく手管はちゃんとあった人だった」
…という像が浮かび上がってきていたのが印象的でした。
ご本人も言ってたんですが、当時は冷静に見れなかったことが、突然の死後3年半もたってくると冷静になれる面もあるということなのかもしれません。
そもそも、「安倍についてもっとちゃんと冷静に見れるようにならないとダメだ」というのがこの本の強い執筆動機の一つであるような感じなんですよね。
ありとあらゆることが「親アベ」vs「反アベ」の軸でしか判断できなくなっている魔境みたいな状況がいまだに日本で亡霊のように続いている面がある。
今回はこの本の話をしつつ、本当の意味で「安倍時代」を終わらせるのに必要なことは何なのかについて考えます。
1. 「実はリベラル的」政権としての安倍
この本を通じて見えてくる安倍氏の感じは、
結局安倍氏は、支持層を固めるために「極右のフリ」をしていた面があり、リップサービスを色々やって時々溜飲を下げさせるような政策も通しつつ、全体としては外交も内政も「リベラル」寄りの政策を数多く通してきたのだ・・・
みたいな感じでした。で、最後の部分に結構重要な話が書いてあってそのまま引用すると、
いわゆる「モリカケ」や「集団的自衛権」をめぐる議論では「ガチ」だったが、実際には安倍は朝日新聞の記者とも懇意に付き合い、朝日新聞側も一部を除いては安倍が「復古主義の軍国主義者」などとは思っていなかったのである。
それならば早く朝日新聞の紙面で安倍の正当な評価を展開すべきであった。外国人労働問題にしろ女性政策にしろ、「現実的判断に基づくリベラル政策を実施しており、評価に値する」と朝日新聞が大々的に報じていたら、もう少し早く右も左も「イメージではない、真の姿」にせまった上での政権・安倍評価ができたのではないか。(中略)
結果、安倍政権に対する評価は捻じれたままであり、その後の、特に岸田・石破政権に対する評価も、「捻じれた安倍政権評価軸」を元にしているがために、捻じれ続けている。
なんか、石破政権が始まった頃ぐらいの時期に、もう「安倍時代的な対立は終わった」かなあ・・・と思った感じが一瞬はあったんですが、最近になってさらに「その線のどっち側か」でしか見てないのか?みたいな言説が増えてきてますよね。
細かい話ですけど、コメの農政の話も、「石破が決めた増産方針を撤回した」って言われてるんですけど、実際ちょっと調べてみたら別に増産しないって言ってるわけじゃないんですよね。
ただ、長い間の減反政策の中であまりに「コメの収量」にはこだわらない方向で来たので、田んぼの構造や品種育成の方向性とかそういう意味で価格競争力が全くない状態なので、このまま野放図に需要とかけ離れた増産をすると崩壊するという事情があるだけなんですよ。
だからといって増産しないと言ってるわけではなくて、まず一歩ずつ田んぼの改良やら品種育成方針の転換やら、コメの収量を測る仕組みの再構築やらが動き出していて、長期的な方針としてはちゃんと増産していく方向で・・・と言ってるだけなんですよね。
そういうのは、ちゃんと調べて書いてるジャーナリズムもたくさんあるんだけど、「石破は味方・高市は敵」みたいな話になると全部否定みたいな感じで騒ぐ人が多すぎてわけがわからなくなっている。
もっと「大きな話」で言えばそもそも安倍氏自身の政策の評価にしても、中国がここまで今の国際秩序に挑戦する野心を全く隠さなくなった時代には、安倍氏が着々と対米で関係を深めて中国包囲網を作ろうとしていたことの価値を評価せざるを得なくなってきてますよね。
で、こないだある有名なガチ左派xアカウントみたいな人が、「高市のやってることなんてただ挑発に乗ってるだけだ。石破ならちゃんとオーストラリアやインドとかと連携してちゃんと同盟を構築する方向に動いていた」みたいなことを言ってたのを見かけたんですけど、
それがッ!まさにッ!安倍氏が必死にやってたことなんですよ!
みたいな感じでちょっと笑っちゃいました。
それだけのことが彼らに全く理解されずに強烈に日本社会の相互憎悪の原因になってたのはなんだったんだ的な。
そういう意味で、当時「安倍が必要だった理由」をちゃんとフェアに評価できないと、「今の政権がやっていること」も適切に批判したりできなくなるんですよね。
高市政権のやってることに賛否両論があって当然だし、批判はすればいいけど、それをやるにあたって、「対中国」でどういうスタンスを取っていくのかについての一貫した戦略をどう考えるのか?という視点がないとどうしようもない。
そのあたりは先月も書いたので繰り返しませんが、
そもそも「安倍時代」の評価自体があまりに一面的なまま放ったらかされているので、眼の前の現状に対しても「対・高市政権」でちゃんと意味のある一貫した代替ビジョンを示すことができていない現状が明らかにあると思います。
2. とはいえ、対米従属が嫌だという人の気持ちも徐々にわかってきた
ただ、この梶原さんの本を読んでいると、当時「反・アベ」だった人たちの気持ちも結構わかるな・・・というように感じちゃう部分もあったんですよね。
そういう意味では、僕自身も冷静になれるようになってきた面があるのかもと思います。
そもそも、最近の僕の本の読者には安倍政権当時はガチの「反アベ」だった人も多くて、なんか当時とは言論状況が全然変わってきてるなとその点だけでも痛感する感じがあるんですけど。
僕はむしろ当時安倍政権が必死になって対中国の国際同盟を作り上げようとしていたことについては「今ちゃんとしないと戦争になるやろがい!」て強く思ってたので、左派側の批判とかが「おまえなー大事の前の小事って言葉がわからんのか」と逆にこっち側から「そんなに戦争がしたいのか」とマジギレ寸前みたいな感じだったんですよね。
でも梶原さんの本を読んでいると、「対米」の関係性が屈辱的だと感じる人達の気持ちが、妙にリアルに感じられてしまう部分があった。
こないだ、TBS-BSのウクライナ問題に関するトランプ政権のありようについて特集した番組を見ていたら、
「トランプの扱い」を世界で最初に完璧にうまくやって、他の国から「どうやったんだ?」って驚かれていたのが安倍元総理で、結果として今となってはもう世界中の国のトップが「安倍スタイル」で対処するようになってしまった(トランプの閣僚もそう)
・・・という話をしていてなかなか考えさせられたんですよね。
全力でおべんちゃらを言ってトランプが激怒してめちゃくちゃなことを言い出さないように細心の注意を払って・・・みたいな。
当時は安倍さんだけがやってたけど、今は欧州のリーダーもゼレンスキーとかも必死にそういう感じになってしまっている。
当時の日本にとってはそれが必要な面はあったにせよ、なんかこうなんで同盟国に対してこんな気の使い方しなきゃいけないわけ?みたいな根本的な大問題はあるよね。
梶原さんは、安倍氏とトランプ大統領がゴルフしててバンカーで安倍氏がひっくり返ったニュースが面白おかしく報じられたことに対して涙を流して激怒してたぐらい、こういう問題に敏感なタイプの人なので、できるだけ冷静に書かれている本であるにせよ、そういう部分の「気持ち」が伝わってきてつい感化されちゃう面はありました。
だから、
当時反アベだった人は、安倍氏が必死になって構築した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」的な枠組みがあってこそ、今の東アジアはウクライナのようにはなってないのだ、ということを理解するべきタイミング
だし、
当時親アベだった人は、とはいえトランプに対してあまりにおべっかを使うような関係性をベースにこれからも日本という国はやっていくのでいいのかどうか?について真剣に考えるべきタイミング
…なんだということだと思います。
そろそろノーサイドで「次」を考えるべき時なんですよというか。
3. トランプ時代もヤバいけど、ポストトランプはもっとヤバいが・・・
しかしなんというのか、さっきリンクしたTBSの番組見てても、最近の米国におけるトランプ政権の末期っぷりはちょっとヤバいです。
対中国でも、「レアアースの武器化」にまんまとハマって腰砕け状態になってるし、ベネズエラと戦争するしないって拳を振り上げたもののワケワカラン感じになってるのもヤバいし、エプスタイン事件関連の情報公開の話もヤバいし、頼みのMAGA派にも離反されかかっていて支持率の低迷が止まらないし「関税かけたら物価上がるに決まってたやん今更何言ってんすか」的なレベルでも反感が高まってる。
なにか調子よく回転してたコマが止まりかけている時のような、「今まさにぶっ壊れる直前」みたいなグラグラした動きになってきてるような感じがして、「いやいやまだ任期3年もあるんですけど」的な恐ろしさがある。
そういう状況を見ていて思うのは、
・確かにトランプは予測不能にヤバいことを言い出す人だったけれども、少なくとも「米国が責任持って何かをリードする時代」の延長ではあった。
・それがさらに終わってしまうこれからの時代はもっと予見が難しくなる。
・・・というような大問題にぶち当たりつつあるなと。
それは短期的には中国がめちゃ荒ぶって調子良いかのように見える時代が来ることを意味するんだと思います。
一方で、中国の最近の荒ぶり方は明らかにやりすぎで、先月の記事で書いたように
最後まで爪を隠し続けることが決してできない国(韜光養晦をやりきれない国)
…であることが、日本側が明らかに「つけこむスキ」を与えてくれている感じではある。
そういう意味では、例の高市発言が良かったか悪かったかとかはいろんな価値観があるでしょうけど、
一切中国が暴発しないまま徹底的に力を蓄え続けて、いずれ自由主義陣営が手を付けられないレベルになっちゃう世界線
↑こうなってたよりは百倍マシな世界になってるとは断言できる。
トランプも中国もフカシ発言をしまくるでしょうけど、決して「一線を超えさせない」ようなギリギリの拮抗状態を維持し続けられるかが大事。
今のところは、まだトランプ本人がどういう感じであろうと、政治がどういう感じであろうと、実務レベルでの「同盟関係」は崩壊してない感じではあるので、そこを粛々と確認しながら、日本としては「動かざること山の如し」を続けられるかが大事ですね。
もちろんしばらくは、
「これからは中国の時代。日本なんてもう終わった国。黙って言う事聞いてりゃいいんだ」
みたいなことを中国系アカウントがSNSで言いまくる時代が続きそうですが、まあそれはそれ、「いやーほんまにそうっすねえ」ぐらいの感じで受け流して生きていくことが大事だと思います。
着々と同盟的軍事関係の最後の堤が壊れないようにしながら、ただシレッと受け流していれば、中国は勝手に過剰にエスカレートして威圧しまくったあげく結局国際的な信頼を徐々に毀損していくだけに終わるので・・・
そういうのは明らかに「国際貿易」的な意味で対中警戒感を高めていくので、日本はそこでちゃんと実利を拾いまくっていけるかどうかが大事。
中国が周りを威圧しまくり、これからは俺達の時代だ!と言いまくる状況に対して、当然のように警戒心を高めて静かに距離を置くようになる国際的な市場の変換を、とにかく黙々と拾っていけるか。
そういう「水が低きに流れるような自然な対処」をやりきれるかどうかにこれからの日本の勝算はかかっているのだと言えます。
4. 高市政権は危なっかしいかもしれないが、今の国際状況を左派が受け止められてないんだから仕方ない
高市政権が・・・というよりも「高市応援団」みたいな人たちの感じが危なっかしいというのは、まあ確かに間違ってないかなと思うんですけど・・・
ただ、一個前に書いた「積極財政についてどう考えるか」の話↓と一緒で、
「高市批判派」のグループ自体が今の国際状況や日本の状況をどう理解しどうあるべきか、みたいなトータルなビジョンが全然ないので、結局高市政権に支持が集まっちゃうわけなんですよね。
さっきも書いたように、「対中国包囲網」を完全にきっちりとまとめあげることができれば、あとは黙ってる方がいいに決まってるんですよ。
変に刺激するようなことは言わないほうがいい。でも中国は勝手にエスカレートしていく・・・ぐらいの感じであればいい。
その「理論的最適ポジション」に比べると、高市政権は確かに「ちょっとやりすぎる」可能性がある感じはするというか、高市政権そのものよりも「高市応援団」みたいな人たちが過剰に対中国で攻撃的になり、特に民間人を蔑視するような発言が増えていくこと自体は良くないんですが・・・
でも一方で、まとまった政治勢力として見た時に高市批判派の中では「FOIP(自由で開かれたインド太平洋)」的な対中抑止に対して「真剣に我が事としてなんとしてでもやらないとという気合い!」を持ってる存在がほとんどいないのが大問題なんですよね。
そこに「領域展開バトル(©呪術廻戦)で押し合う」ような事に関する”真剣さ”を持っている存在が反高市陣営に欠けているうちは、高市政権は続くだろうと思います。
そもそも、中国はガチの言論統制国家で、しかもあらゆる方法で民主主義国家の言論環境に干渉して自分たちに都合の良いように操ろうとしている状況の中では、
リベラル的な自由と民主主義の国際秩序に対する強い原則的な尊重心
↑こういうのが揺るぎなく成立している状況でなければ、高市政権的な「右バネ」で補正してないといいように操られちゃう状況になるのは当然ですよね。
そこが「自民党が言ってることの逆を脊髄反射でいつも叫ぶだけの簡単なお仕事です」みたいな、原則もへったくれもない勢力ばかりだと、中国のナラティブにいいようにコントロールされるのが嫌ながら「かなり右」で押し返すことが必然的に必要になってしまう。
それが嫌なら、結局は「安倍政権」というものに対して真剣に「左派側から評価するべきところを評価する」、「右派側からあの時代の限界を理解する」みたいな作業がどちらからも進むことが必要になるんだと思います。
・・・そういう意味で、冒頭に紹介した梶原麻衣子さんの本は「今読まれるべき」本という感じがしたのでピンと来たかたはぜひどうぞ。
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(以下、お知らせ3点の後もう少しだけ続きます)
【お知らせ1】
この議論にピンと来た方は、ぜひ以下の著書などをどうぞ。
『論破という病』
【お知らせ2】
以下記事などで紹介している、
「敵とも話せるSNS」も、まだまだ参加者募集中です!以下リンク先からどうぞ。
大真面目な話もしょうもないことも、「x(Twitter)で出会ってたら絶対敵同士だった」人も含めてワイワイ話しながら生きていくことで、
「人間って本来もっとわかりあえるはずだったんだな」を再発見できる場
…となりつつあります。
週2−3回は僕自身が「ダイジェスト」を発行してSNS内部の議論を「メタ正義」に統合するような考察を配信しているので、「ROM専(読むだけ)」のご参加でも価値を感じていただけると思います。(というつもりで入ってめちゃ発言する人もたくさんいますw)
【お知らせ3】
また、上記SNSとは別に、多種多様な個人と「文通」しながら人生を考えるという奇特なサービスもやってます。「話に行ける思想家」とアレコレ話してみませんか?→こちらからどうぞ。
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長い記事をここまで読んでいただいてありがとうございました。
ここからは、「対中国の鍔迫り合い」的な話に関連してくる感じなんですけど、最新の中国アニメがすごい!って話題の「羅小黒戦記2 僕らが望む未来」の話を聞いてほしいんですね。
結論からいうと「めっっっっっっっちゃ良かった」んだけど、でも同時に「日本人が考えるアニメの一番良い部分」とはかなり違う世界だなと思う感じでもあって・・・その違いについてかなり考えさせられる体験だったんですよね。
日本で大ヒットしてる「国宝」という映画(歌舞伎の曽根崎心中がテーマ)と、中国映画の「覇王別姫」(京劇の覇王別姫がテーマ)」の違い・・・という話を以前書きましたけど、それにも関わってくる話だなと思っています。
それと同時に、今人気のディズニーの「ズートピア2」を見てきた時も、ちょっと似たような感じを持った部分があってそれについても考えたいと思っています。
そういう感じで、「米中」の大国に挟まれた日本の「独自性」っていうのがどういうところにあるのか?みたいな話まで掘り下げます。
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つづきはnoteにて(倉本圭造のひとりごとマガジン)。
編集部より:この記事は経営コンサルタント・経済思想家の倉本圭造氏のnote 2025年12月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は倉本圭造氏のnoteをご覧ください。