黒坂岳央です。
2026年現在、リモートワークは単なる「コロナ禍の緊急対応」というフェーズを脱して、一時期は完全に社会に定着するように思えた。だが近年、米国の大手IT企業を皮切りに、フルリモートを解除・縮小する動きが相次ぎ、日本企業においても「フルリモートではなく、ハイブリッド出勤を基本とする」という流れが主流になりつつある。
リモートワークは、一部の自律性が高いセルフスターター人材を除けば、組織全体として見たときの労働生産性が低下しやすいことが、国内外の調査や実務現場からも指摘されている。
個人単位では集中力や作業効率が上がるケースがある一方、意思決定の速度、暗黙知の共有、若手育成といった「集合知の生産性」は下がりやすい。
「労働者側」のリモートワークのメリットについては、散々議論されておりデータも出揃っている。一方で「企業側」にはメリットがあるのか?考察したい。
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メリット1. 高度人材の獲得と維持
企業がリモートワークを採用する最大のメリットは、「高度人材の獲得と維持」にあるだろう。つまり、全社的な労働生産性はある程度、犠牲にしてでも、リモートワークという魅力的な労働スタイルを福利厚生として採用力強化につなげるのだ。
採用市場における「武器」としての機能 「フルリモート可」という条件は、人によっては年収を引き上げる以上の求心力がある。東京の一極集中から脱却し、地方や海外の優秀な専門人材をピンポイントで獲得できるメリットは、特にITやクリエイティブ部門において特に大きい。
「出社がない分、通勤時間を削減でき、安い住居を享受できるから少し給与が低くても目を瞑る」という人は少なくない。特に育児や介護といった時間的制約を抱える人たちにとって、この柔軟性は極めて大きな意味を持つ。
加えて、人手不足倒産が話題になる今、貴重な人材の離職防止にもつながる。育児、介護、配偶者の転勤といったライフイベントに対し、リモートワークは強力な防波堤となる。数千万のコストをかけて育成した中堅・ベテラン層が「働き続けられる」環境を提供することは、採用・教育コストの再投下を防ぐ、極めて合理的な投資回収である。
メリット2. 成果主義への強制移行
リモートワークの導入は、曖昧だった評価制度の「うみ」を出す装置として機能する。
リモートワークは「頑張っているふり」を暴き出す。オフィスでは仕事をやっているようでやっていない仕事は可視化されなかったが、リモートワークはアウトプットやKPIで社員を評価せざるを得なくなる。これは管理職にとって、目標設定や評価スキルの向上を強いる「厳しい」変化であるが、長期的には「データ主義」に基づく透明性の高い組織へと成長させる効果が期待できるだろう。
筆者は2020年のコロナ禍でリモートワークが一般化する前から、独立してずっとリモートワーク(時には法人のオフィスにも出社するが)を続けてきているので「リモートワーカー」としての働き方が完全に定着している。
今もテレビ出演時のインタビュー原稿や、出版社とのやり取りはすべてGoogleドキュメントを活用しており、プロジェクト管理も同社のスプレッドシートで「リアルタイム進捗管理」を採用している。「今どこまで進んでいますか?」とビジネスチャットで相手に聞かずとも、ファイルを開けばリアルタイムで現況がわかる。加えて、相手が見て自分の状況が把握できるような記述を心がけている。これはオフィス出社ではなかった「仕事と成果の可視化」である。
これが板につくと「仕事をするふり」からは完全に脱却する。とにかく先方が求める成果物を出すことだけを考えて仕事をすることになる。一般企業でもリモートワークを導入することで、自然とこのような成果主義的なワークスタイルになるだろう。
メリット3. オフィス賃料の削減
企業にとって最大のコスト因子の1つは「オフィス賃料」であろう。リモートワークを採用することで、賃料、光熱費、通勤交通費といった固定費を削減し、その分をITインフラや人的資本への投資に回すことが可能になる。
特に従来のオフィス通勤のみの時代は、いかに東京都心にオフィスを持つことができるか?が、高度人材の獲得に直結していた。しかし、今やハイスキルワーカーほど、リモートワークを好み、かつ労働生産性も高められる本質を考えるともう一等地にオフィスを無理に持たずとも、人材を集めることができるのだ。
一方のリモートワークの課題
これまで企業側のリモートワーク採用のメリットを取り上げてきたが、すべての物事には表があれば裏もある。ここからは筆者が考えるデメリットを考察したい。
1つ目は若手・未熟層の「成長機会」の喪失だ。
新卒や20代の若手にとって、リモートワークは成長を阻害する要因になり得る。「先輩の背中を見て技を盗む」「非言語的なニュアンスを察する」といった、OJTによる暗黙知の継承が機能しにくい。
特に社会人になりたての人材は、「何が重要で、何が重要でないのか」という仕事の前提そのものがまだ見えていない。この段階では、成果物以前に「仕事の定義」や「優先順位の感覚」を身につける必要があるが、これらは言語化されにくく、対面環境の方が伝達されやすい。
オフィス出社なら先輩社員に「ちょっとここ見てください」と言えば解決することも、ビジネスチャットで画面をスクショしたり、言葉を尽くしてやり取りしたりと極めて非効率になる。
2つ目は依存型社員による「サボり」と不公平感だ。
「フェイク直行直帰」や、仕事をしているフリをしながら家事に勤しむなど、自律心のない社員によるモラルハザードは現実に発生する。というか、一般的にセルフスターターで自律性を持って働く人の方が比較的少ない。
オフィスという強制力があって、エンジンがかかることを前提とした会社組織の本質を考えると、この分布を前提にすると、リモートワークは下位層の生産性低下が全体平均を押し下げやすい構造を持つ。日報や成果主義だけで、この問題を完全に解消するのは現実的ではない。
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世界トップレベルの人材とデータを抱える米国ITテック企業ですら、フルリモートを全社一律で維持することに難しさを感じている。
重要なのは「リモートか出社か」という二元論ではなく、どの人材に、どのフェーズで、どこまでの自由度を与えるのかを設計できるかという、経営そのものの力量である。
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