最近、More is Different(多は異なる、量は質を変える)という言葉を聞いた。ノーベル物理学者フィリップ・アンダーソン教授の言葉だ。
アンダーソン教授 Wikipediaより
アンダーソン教授(1923-2020)は、1977年にノーベル物理学賞を受賞したアメリカの理論物理学者で、プリンストン大学教授などを務めた。磁性体や不規則系の電子構造の理論研究、特に「アンダーソン局在」の予言や「More is Different(多は異なり)」の概念で知られ、現代の物性物理学に多大な貢献をした。
「More is Different(多は異なり)」はアンダーソン教授の1972年の有名な論文のタイトルであり、構成要素(原子など)が大量に集まると、個々の要素の性質からは予測できない新しい性質(創発現象)が現れるという概念だ。この思考は還元主義とは全く逆だ。還元主義はミクロな単位(例えば分子や遺伝子)を理解すれば、マクロな現象(例えば生命や天気)もわかるという立場だ。
そこで人工知能(AI)に物理学の世界以外で一般社会に見られる「More is Different」の具体的な例を聞いた。「More is Different」は、個別の要素が安全であっても、それらが大量に集まり複雑に絡み合うことで、予測困難で破壊的な「創発現象」を引き起こすケースも出てくる。
①経済・市場の動きとパニック
一人の人間が「この株を売ろう」と判断するのは、個人的な資産管理の一環だが、数百万人の投資家が相互に情報を参照し合うことで、バブルの発生や金融パニック(暴落)という、個人の意図を超えた巨大な経済現象が発生する。これは、一人の売買行動をいくら調べても予測できない、市場全体が持つ特有の性質だ。
②社会:都市の形成と文化
一人の人間がどこに住むかを選ぶのは、個人の好みの問題だが、膨大な数の人々が集まり相互作用することで、「都市」という巨大なシステムが形成される。都市には、一人ひとりの人間には存在しない「流行」「治安」「文化」といった、集団としてのみ定義可能な新しい特性が現れる。
③情報社会:SNSの炎上や社会運動
一人がSNSでつぶやくことは、単なる日常の感想だが、数千、数万のユーザーが反応(シェアやリプライ)し合うことで、「炎上」や「社会運動(フラッシュモブなど)」といった爆発的な現象が起きる。これは個々のつぶやきを分析するだけでは説明がつかない、情報のネットワークが生み出す新しいダイナミクスだ。
④生物・心理:意識の誕生
一つの神経細胞(ニューロン)は、電気信号を隣に送るだけの単純な働きをするが、約860億個のニューロンがネットワークを組むことで、そこから「意識」や「知能」という全く異なる次元の現象が生まれる。個々の細胞に「心」はないが、それらが大量に集まることで「心」という新しい性質が創発される。
⑤AIの進化
個別のデータ:一つひとつの学習データやプログラムコードは単純な情報だが、パラメータ数が膨大になり、複雑なネットワークを構成すると、開発者ですら予測できない「創発的な能力」や「予期せぬバイアス」が現れる。ChatGPTのような大規模言語モデルLLMは、膨大なテキストデータを何十倍、何百倍と“組み合わせて”訓練することで、ある日突然、まるで人間のように文章を理解し、創造的な出力ができるようになる。単なる情報の集合が、ある臨界点を超えたとき、“知性”という新しいレベルに到達するというわけだ。
「多は異なり(More is Different)」の背後にある質的な変化を生み出すメカニズム(「対称性の破れ」と「相互作用のネットワーク化など)、個々の要素が集合体のルールに従わず、自身の「アイデンティティ(元の性質や自由度)」を維持しようと抵抗する場合など、物理学の世界でも社会でも非常に興味深い現象が山積している(ここではアンダーソン教授の「More is Different」という言葉の概要だけに絞った)。
「More is Differentという言葉は、単なる物理法則を超えて、私たちの社会や生命の本質を突く深い洞察だ。個が集まって全体となる中で、何が生まれ、何が失われるのか。あるいは、個が個であることを貫こうとしたときにどのような摩擦や新しい形が生じるのか。そうした視点で世界を眺めてみると、日常のニュースや身近な出来事もまた違った景色に見えてくるかもしれない」ーこれは当方の質問に答えたAIが最後に記した総括だ。
参考までに、イランで先月末からイスラム根本主義政権(ムッラー政権)に対する国民の抗議デモが続いている。同抗議デモは最初はバザール商人の経済的理由から始まったが、多くの国民がデモに参加した今日、抗議デモのテーマが体制チェンジと変わっていった。これもMore is Differentを裏付ける最新の社会現象といえるのではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年1月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。