たしか『記憶の場』のピエール・ノラに、「歴史が加速している」という表現があったのを妙に覚えている。元の用法と同一ではないかもだが、こんな話をするとき、その語がいつも脳裏に浮かぶ。
戦争の記憶と結びついた「戦後」という歴史の感覚が、2010年代を通じて無効になっていった。2019年の改元から数年で「平成レトロ」なる表現が生まれるように、いまや直前の時代までもが一瞬で、現在と無縁の遠い過去になってしまいます。
『朝日新聞』インタビュー、2026.1.3
(表記を改定し、強調を付与)
この朝日新聞の取材で続けて述べたように、現在を “過去” というゴミ箱に投げ入れるスピードがギュンギュン加速すると、「これは史上初めてのことなんだから、何をやったっていいんだ!」とする感覚が蔓延してゆく。
そこに出てくるのが “専門家” と称する人たちで、何をやってもいいんだから「私の意見一択!」と叫び、注目を独占して荒稼ぎしては、誤りがわかっても「もう今はホットイシューではないので」と言い逃げをカマし始める。
ところが近日、あまりの歴史の加速は、こうしたアテンションのハイエナをも追い抜いたようだ。
ご存じのとおり、今月の前半は世界が「ベネズエラ」に釘付けだった。で、案の定 “専門家” を称する人がにわかにメディアに出てきたわけだが、信用を失うスピードはもっと速かったらしい。
次のXは、ふと目に留まっただけだが――
文脈を解説しよう。マドゥロ大統領を拉致する「斬首作戦」の形で、米国がベネズエラに侵攻したのは、今年の1/2~3。
ベネズエラは日本にとってはマイナーな地域だから、研究する人はそう多くいない。そこで “専門家” の肩書でメディアに露出し始めた坂口安紀氏が、TVでこう発言したのは1/6。
「ベネズエラではマドゥロ政権及び国軍の中、政府高官の多くが麻薬取引に関与していると言われていて、それが『太陽カルテル』と呼ばれています。政権の中にたくさんいる、くものような状態を指して、そう言われています」と解説した。米国側ではそれらの多くの情報を蓄積して持っているという。
(中 略)
「さまざまなデータをチェックすることで『太陽カルテル』が存在することは確かだと思います」と、周辺で逮捕者が続出していることを強調した。
日刊スポーツ、2026.1.6
ところが現地時間で1/5のNYTが、米国司法省がマドゥロに対する起訴状を修正し、「太陽のカルテル」なる表現をほとんど削除した事実を報じた。1日で信用を地に墜とすさまは、もはや “専門家の斬首作戦” である(苦笑)。
同紙の報道に基づき論じた、韓国紙の『中央日報』から引くと、実際のところはこうらしい。
同組織が実存する組織かどうかという論争は制裁直後から提起されてきた。NYTはこの用語〔=太陽のカルテル〕について「ベネズエラで1990年代から使われてきた『慣用句』で、麻薬資金で腐敗した軍高官をいう表現」とし「ベネズエラは軍階級を太陽の形のバッジで表現するが、これを借用した隠喩的表現」と伝えた。
(中 略)
実際、カルテル・デ・ロス・ソレスは米麻薬取締局(DEA)の年次「国家麻薬脅威報告」でも言及されたことがなく、国連麻薬犯罪事務所の「世界麻薬報告書」でも扱われていない。国際危機グループのフィル・ガンソン研究員はNYTに「カルテル・デ・ロス・ソレスはベネズエラのジャーナリストが作り出した名称にすぎない」とし「そのような組織はない」と伝えた。
中央日報、2026.1.9
要は、①あくまで現地のスラングだったバズワードを、②米国が「介入の口実」に利用したが、③公判を維持するのはキツいと見て方針を修正したのに、④日本人の “専門家” は自信満々にドヤっちゃったようだ。
日本で喩えると、幸いに「軍階級」はいないが、かわりに官僚階級が信仰する “ザイム真理教” なるカルトがあるとする「慣用句」がある。メディアでめっちゃバズってるし、その “首謀者” だと見なされて叩かれる人もいる。
で、”首謀者” をクーデターで拘禁するか、在日米軍が拉致したときに、「そうそう。ザイム真理教が存在することは確かで、ヤバかったんです!」と解説するのと同じことを、研究対象の地域にやっちゃう学者もいるわけだ。
数年前まで “同業者” だった、ぼくにもわからないので教えてほしいのですが、いまの日本では、そういう人でも学者の規準を満たすんでしょうか。単著もあり、賞も受けておられるそうですが。
多くの人と同じく、ぼくはこの人を今月まで知らなかったので、別に本人に恨みがあってやってるわけじゃない。選挙に埋もれて日本ではもう「ホットイシュー」じゃなくなり、早々と無名に戻った人に、誰も興味とかない。
が、①わりかし長く「ホットイシュー」であり続けるトピックについて、②事実かどうかでなく視聴者が “聞きたい” 話を喋りたがる人が、③メディアに便利使いされる構造を放置すると、有事に大変なことになるのですよ。
悪名高いラテンアメリカの処刑部隊みたいで、ぼくだっていつまでもこんな記事を書きたくないが、学会やメディアが自らコントロールしないなら、「偏った主張」に世論を傾かせない秩序は “民間の暴力装置” が担うのだ。
いわば、論壇の “Death Squads” みたいなものか。個人的には、早いところ「正規軍」に取り込んで、しかるべき待遇をもたらす形での和平をお勧めしたいが、嫌だと言うならしかたない。
一般に親米独裁下の組織を指すが、
ゲームでは共産側も使用する。
西半球の情勢を左右することも
幸いなことに、状況は好転しているとも思う。
2022年9月のノルドストリーム爆破事件に関して、専門家の見立ての誤りを隠しようがなくなったのは、24年の8月。つまりウクライナ戦争に比べたとき、センモンカが失墜するペースは「2年から1日へ」と爆縮した(笑)。
ベネズエラと同じく日本の言論環境でも、物騒な武装民兵(Colectivo)は本来、不要にならねばならない。そのために必要なのは、信頼できる公共の確立であり、誰がそれにふさわしいかは、もっぱら実績で選ぶべきだ。
専門家が “即日” 凋落するようになった今年、たしかに歴史は加速している。だがその暴風の先に、あるべき世界は垣間見えるのか。それともニヒリズムの嵐に沈むのかは、なお予断を許さない。
参考記事:
(ヘッダーは、1/5の日テレYouTubeより)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年1月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。