まさかの「一日天下」に終わったベネズエラの専門家:坂口安紀氏の場合

たしか『記憶の場』のピエール・ノラに、「歴史が加速している」という表現があったのを妙に覚えている。元の用法と同一ではないかもだが、こんな話をするとき、その語がいつも脳裏に浮かぶ。

日本列島を、弱く貧しくしてきた「専門家の王国」を取り除こう(朝日新聞とBSフジ出演!)|與那覇潤の論説Bistro
1/3の『朝日新聞』朝刊が、長めのインタビューを載せてくれた。翌日にさらなるロング・バージョンもWebに出たので、(有料だが)以下に掲げるリンクから読んでいただける。 ぼくがここ数年考えてきた "歴史" の社会的な意義を、多角的にお話ししたが、なんといっても―― 歴史が消滅した社会で 與那覇潤さんが探す「共感...

戦争の記憶と結びついた「戦後」という歴史の感覚が、2010年代を通じて無効になっていった。2019年の改元から数年で「平成レトロ」なる表現が生まれるように、いまや直前の時代までもが一瞬で、現在と無縁の遠い過去になってしまいます。

『朝日新聞』インタビュー、2026.1.3
(表記を改定し、強調を付与)

この朝日新聞の取材で続けて述べたように、現在を “過去” というゴミ箱に投げ入れるスピードがギュンギュン加速すると、「これは史上初めてのことなんだから、何をやったっていいんだ!」とする感覚が蔓延してゆく。

そこに出てくるのが “専門家” と称する人たちで、何をやってもいいんだから「私の意見一択!」と叫び、注目を独占して荒稼ぎしては、誤りがわかっても「もう今はホットイシューではないので」と言い逃げをカマし始める。

ある編集者への手紙|與那覇潤の論説Bistro
以下は2024年12月23日に、ある編集者に送ったメールの全文である。とくに返信のないまま1週間が経ったため、目次と強調を附して公開する。 1. 今年を閉じるにあたって 爾来ご無沙汰しています。世界が大きく動いた2024年も終わりつつありますが、どうお過ごしでしょうか。 ご存じかどうか、米国では今年、議会が20...

ところが近日、あまりの歴史の加速は、こうしたアテンションのハイエナをも追い抜いたようだ。

ご存じのとおり、今月の前半は世界が「ベネズエラ」に釘付けだった。で、案の定 “専門家” を称する人がにわかにメディアに出てきたわけだが、信用を失うスピードはもっと速かったらしい。

次のXは、ふと目に留まっただけだが――

文脈を解説しよう。マドゥロ大統領を拉致する「斬首作戦」の形で、米国がベネズエラに侵攻したのは、今年の1/2~3

ベネズエラがアメリカ化するのか、アメリカが「ベネズエラ化した」のか|與那覇潤の論説Bistro
2026年のnote初めは、違う記事を準備していたのに、とんでもない事態が起きたので手短かに。 トランプ政権がベネズエラのマドゥロ大統領を拘束したと聞いて、冷戦世代が思い出すのは、米軍がパナマで起こしたノリエガ将軍逮捕だろう。当時は歴代屈指の外交通だったブッシュ(父)が大統領で、日付も1990年の1月3日だった。 ...

ベネズエラは日本にとってはマイナーな地域だから、研究する人はそう多くいない。そこで “専門家” の肩書でメディアに露出し始めた坂口安紀氏が、TVでこう発言したのは1/6

「政府高官の多くが麻薬取引に関与しているとされる『太陽カルテル』」ベネズエラ専門家解説 - 政治 : 日刊スポーツ
ベネズエラの地域研究が専門のアジア経済研究所主任研究員、坂口安紀氏が6日、フジテレビ系の情報番組「サン!シャイン」(月~金曜午前8時14分)にリモート出演。米… - 日刊スポーツ新聞社のニュースサイト、ニッカンスポーツ・コム(nikkansports.com)

「ベネズエラではマドゥロ政権及び国軍の中、政府高官の多くが麻薬取引に関与していると言われていて、それが『太陽カルテル』と呼ばれています。政権の中にたくさんいる、くものような状態を指して、そう言われています」と解説した。米国側ではそれらの多くの情報を蓄積して持っているという。
(中 略)
「さまざまなデータをチェックすることで『太陽カルテルが存在することは確かだと思います」と、周辺で逮捕者が続出していることを強調した。

日刊スポーツ、2026.1.6

ところが現地時間で1/5のNYTが、米国司法省がマドゥロに対する起訴状を修正し、「太陽のカルテル」なる表現をほとんど削除した事実を報じた。1日で信用を地に墜とすさまは、もはや “専門家の斬首作戦” である(苦笑)。

同紙の報道に基づき論じた、韓国紙の『中央日報』から引くと、実際のところはこうらしい。

マドゥロ大統領拘束の理由だったが…麻薬組織「カルテル・デ・ロス・ソレス」は実存しないのか(1)
中央日報 - 韓国の最新ニュースを日本語でサービスします

同組織が実存する組織かどうかという論争は制裁直後から提起されてきた。NYTはこの用語〔=太陽のカルテル〕について「ベネズエラで1990年代から使われてきた『慣用句』で、麻薬資金で腐敗した軍高官をいう表現」とし「ベネズエラは軍階級を太陽の形のバッジで表現するが、これを借用した隠喩的表現」と伝えた。
(中 略)
実際、カルテル・デ・ロス・ソレスは米麻薬取締局(DEA)の年次「国家麻薬脅威報告」でも言及されたことがなく、国連麻薬犯罪事務所の「世界麻薬報告書」でも扱われていない。国際危機グループのフィル・ガンソン研究員はNYTに「カルテル・デ・ロス・ソレスはベネズエラのジャーナリストが作り出した名称にすぎない」とし「そのような組織はない」と伝えた。

中央日報、2026.1.9

要は、①あくまで現地のスラングだったバズワードを、②米国が「介入の口実」に利用したが、③公判を維持するのはキツいと見て方針を修正したのに、④日本人の “専門家” は自信満々にドヤっちゃったようだ。

日本で喩えると、幸いに「軍階級」はいないが、かわりに官僚階級が信仰する “ザイム真理教” なるカルトがあるとする「慣用句」がある。メディアでめっちゃバズってるし、その “首謀者” だと見なされて叩かれる人もいる。

で、”首謀者” をクーデターで拘禁するか、在日米軍が拉致したときに、「そうそう。ザイム真理教が存在することは確かで、ヤバかったんです!」と解説するのと同じことを、研究対象の地域にやっちゃう学者もいるわけだ。

数年前まで “同業者” だった、ぼくにもわからないので教えてほしいのですが、いまの日本では、そういう人でも学者の規準を満たすんでしょうか。単著もあり、賞も受けておられるそうですが。

坂口安紀研究員が2023年度(第38回)大同生命地域研究奨励賞を受賞しました。 - アジア経済研究所
アジア経済研究所は、日本における開発途上国研究の拠点として、世界への知的貢献をなすことを目指しています。

多くの人と同じく、ぼくはこの人を今月まで知らなかったので、別に本人に恨みがあってやってるわけじゃない。選挙に埋もれて日本ではもう「ホットイシュー」じゃなくなり、早々と無名に戻った人に、誰も興味とかない。

が、①わりかし長く「ホットイシュー」であり続けるトピックについて、②事実かどうかでなく視聴者が “聞きたい” を喋りたがる人が、③メディアに便利使いされる構造を放置すると、有事に大変なことになるのですよ。

学問の信用を崩壊させるのは「言い逃げおじさん」である: 西浦博氏の場合|與那覇潤の論説Bistro
ちょうど4年ほど前に、初めて「言い逃げ」をタイトルに冠した記事を出した。ある歴史学者が炎上した際、叩けば叩くほどウケるときには散々罵りながら、形勢が変わるやダンマリを決め込む姿勢を批判してのことである。 この事件は、日本の学界におけるキャンセルカルチャーの走りだったが、私はそんな人文学者の矮小な争いだけを視野に入れて...
ウクライナ論壇でも始まった「歴史修正主義」: 東野篤子氏の場合|與那覇潤の論説Bistro
2020年の7月に出た雑誌への寄稿を、「コロナでも始まった歴史修正主義」という節タイトルで始めたことがある。同年4~5月の(最初の)緊急事態宣言が明け、その当否の検証が盛んだった頃だ。 池田信夫氏のJBpress(2020.5.15)より 統計が示すように、①新型コロナウィルスへの感染は緊急事態宣言の前からピークアウト...

悪名高いラテンアメリカの処刑部隊みたいで、ぼくだっていつまでもこんな記事を書きたくないが、学会やメディアが自らコントロールしないなら、「偏った主張」に世論を傾かせない秩序は “民間の暴力装置” が担うのだ。

いわば、論壇の “Death Squads”  みたいなものか。個人的には、早いところ「正規軍」に取り込んで、しかるべき待遇をもたらす形での和平をお勧めしたいが、嫌だと言うならしかたない。

一般に親米独裁下の組織を指すが、
ゲームでは共産側も使用する。
西半球の情勢を左右することも

幸いなことに、状況は好転しているとも思う。

2022年9月のノルドストリーム爆破事件に関して、専門家の見立ての誤りを隠しようがなくなったのは、24年の8月。つまりウクライナ戦争に比べたとき、センモンカが失墜するペースは「2年から1日へ」と爆縮した(笑)。

戦時に誤りを発信した専門家に「軍法会議」はないのか|與那覇潤の論説Bistro
8月15日の終戦記念日にあわせて、前回の記事を書いた。実際には兵站が破綻しているのに「あるふり」で自国の戦争を続けさせたかつての軍人たちと、本当は(信頼に足る)情報なんて入ってないのに「あるふり」で他国の戦争を煽り続ける専門家たちは、同類だというのが論旨である。 とはいえまさか、ここまで即座に「そのもの」の事例が飛...

ベネズエラと同じく日本の言論環境でも、物騒な武装民兵(Colectivo)は本来、不要にならねばならない。そのために必要なのは、信頼できる公共の確立であり、誰がそれにふさわしいかは、もっぱら実績で選ぶべきだ。

専門家が “即日” 凋落するようになった今年、たしかに歴史は加速している。だがその暴風の先に、あるべき世界は垣間見えるのか。それともニヒリズムの嵐に沈むのかは、なお予断を許さない。

次に何が起こるのか、不安とともに息をひそめる国民 ベネズエラ
南米ベネズエラは、過去12年にわたって権力を握っていたマドゥロ大統領が突然、拘束・追放されたことで、新たな、そして非常に不確実な時代に入りつつある。

参考記事:

なぜ日本の学者は「まちがえても撤回できない」のか|與那覇潤の論説Bistro
学者とは人柄を知らない時には、まったく素晴らしく偉い人に思われるのだが、近づけば近づくだけ嫌になるような人柄の人が多い。 学問が国民とまったく遊離しているという時の学者の典型は専門家である。 まったくの利己主義、独善主義、そして傲慢、しかも出世に対する極端な希求。早く、こんな型の学者の消え去る日が来ますように。 上...
「専門家」が大凋落した2025年を偲び、祝い、送る。|與那覇潤の論説Bistro
いまや思い返すのも難しいが、今年が始まったとき、アメリカの大統領はバイデンだった。後に副大統領にすら老衰ぶりを貶される彼の下で、「ウクライナを勝たせる」という不可能な試みへの投資が、だらだらと続いていた。 政権がトランプ(第2次)に替わるのは、1/20である。直前まで、日本のセンモンカは彼をコントロールして「バイデン...

(ヘッダーは、1/5の日テレYouTubeより)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年1月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。