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1. 解散・総選挙予想が当たった! 自民党はどの程度勝つのか?
新年早々(とは言ってももう1か月が経過するが)、自慢話からで恐縮だが、「当たった!当てた!良かった!」というのが、年明け早々の衆院解散・総選挙である。高市政権誕生ではなく、小泉政権誕生を予言して見事に外した後なだけに、喜びもひとしおである。
子どもじみているが、証拠もある。例えば、前回のメルマガにも掲載した茨城放送(YouTube動画あり)の12月23日放送分の開始12分のところから明確に述べているとおりである。
※ 解散の理由はその前から述べてるので、気になる方は是非10分45秒あたりからの中国との対立問題あたりから聞いて頂くとより明確に分かります。
ただ、もはや世の中は解散・総選挙の真っただ中であり、今やほとんどの識者が解散総選挙を予測できなかったことなどは忘却の彼方で、外した方々も、したり顔で選挙結果の予測などをしている。私が一人、欣喜雀躍していても仕方がない。既に世の中の関心は、高市政権・自民党がどれくらい勝利するのか、というところに移っている。
では、その点についても私見を書いておくこととしよう。結論から書くと、自民党の「中勝ち」もしくは「小勝ち」ではないかとみている。
自民党の大勝が、単独過半数を超えての、安定多数・絶対安定多数(常任委員会での委員長ポストを独占・各委員会での過半数確保)だとすると、そこまでは及ばないが、今よりは大幅に議席を伸ばし(20〜30議席)、単独過半数を伺う、というところまで勝利するのではないかと考えている。
と、まあ、自信満々のように書いてはいるが、公示日から投開票までの選挙期間中も、各種報道や調査内容を受けてのバンドワゴン効果(もしくはアンダードッグ効果)などにより、評価は大きく揺れ動く。
手元にあるいくつかの調査を見ても、高市政権発足時の頃の調査から大きく評価を落としている自民候補もいれば、逆に伸ばしている人もいる(前者の方が多いが)。結果は神のみぞ知る、だ。
2. どこに投票すべきなのか? 実はあまり変わらない?
しかし、各党の公約などを並べて眺めてみると、まあ、よくもまあ、これだけ多数の政党が乱立したものだ、と嘆息せざるを得ない。冗談めかして書けば、評論する側の身にもなってもらいたい。ズラーっと並んだ公約集を見ながら、二大政党制をもくろんだはずの小選挙区制の導入とは何だったのかと、不思議な気持ちになる。
しかも、より不思議なのは、取り上げるメディアの影響もあるが、ほぼすべての党の主な主張が、消費税の廃止や社会保険料の引き下げなど、手取りに関するもので違いが少ないと言ってよいことだ。
責任政党である自民党が2年限定とはいえ、食料品にかかる消費税ゼロを打ち出したことには驚いたが(2年後には参院選があり、選挙を前に再度消費税を上げられるわけがない)、これはまあ、論点つぶしというか、野党との違いを相対的に無くしてなりふり構わず選挙を勝ちに行く、ということであるので、納得は出来ないまでも理解は出来るが、他の政党はあまりに工夫がない気がする。
ここで思い出されるのが、今回の選挙を前に引退を表明した菅義偉元総理だ。菅政権は、高市政権に引けを取らないくらいの高支持率でのロケットスタート政権であったが、コロナの影響もあってか、残念ながら支持率はつるべ落としとなった。
しかし、携帯電話の料金値下げ、不妊治療の保険適用など、消費税や社会保険料の低減ではない別の手段で国民の「手取りアップ」に貢献する政策を打ち出した。ふるさと納税も菅氏のアイディアと腕力の賜物であり、実質的な所得向上策と言ってよい。
実際の社会は、学説や理論とは別に、心理で大きく揺れ動く。如何に数字や理論を振りかざしても、消費減税を契機にマーケットで日本国債が売り込まれ、金利が急上昇してしまっては、政権運営は立ち行かない。
最近は、利上げ局面で円安に振れてしまうことすらあるご時世である。円がこれ以上暴落して、輸入物価が今以上に高騰すればインフレが増々進行し、多くのエネルギー・食料を海外からの輸入に頼るわが国では、消費減税の恩恵など吹き飛んでしまう。
ドイツの日経とも言うべきハンデルスブラット紙が、大幅減税策を機にいわゆるトラス・ショックで退陣を余儀なくされたイギリスの女性宰相のトラス氏と高市氏の比較記事を載せて話題になっているが、正直、どの政党が政権を取っても、消費税や社会保険料の引き下げの度合いは、巨大な海外マーケットの圧力を前にすると大して変わらないと言って良いのではないか。
所得を上げる上で大切なのは、「減税・国債発行に頼ることで市場に容易に攻撃される」という事態を招かないための工夫である。
紙幅の関係で詳述しないが、収入増加策として資産課税を考えるとか(個人金融資産だけで2,200兆円あるので、単純に0.1%かけるだけで、2.2兆円だ。消費税約1%分である。少し工夫して、富裕層や2つ目以上の不動産(固定資産)への課税を考えるなどが可能)、電波帯という本来の国民共有資産をオークションにかけて通信会社からの国庫収入を増やすとか(NTTドコモ、ソフトバンク、KDDI3社の営業利益だけで3兆円ほどある)、環境保護を意識した上での国立公園の活用をもっと考えるとか、収入増加策は色々と工夫の余地がある。
詳細は不明だが、中道(立憲民主党+公明党)が急に唱え出した運用目的の官製ファンドなどは、GPIFの成功に触発されての一つのアイディアではあると思うが、これだけの多くの党が乱立しているのであれば、政策コンテストになるような多くの工夫を本来は期待したい。収入増の政策についてだけ言及したが、もちろん、歳出削減の方でも、もう少し出来ることはあるはずである。
3. もっと海外に目を向け、海外を意識すべき
最初に軽く示唆したとおり、高市総理の衆院解散の決断の大きな背景となっているのが、私見では、中国との対立問題なのだが、今や日本国は、世界という大海原に揺蕩(たゆた)う小舟のようなものである。
30年前の日本のGDPは、世界のGDPの2割近くを占めていたが、今や3〜4%程度である。その割合は低減し続けており、ドイツに抜かれて世界4位になったのもつかの間、インドにも抜かれつつある(2025年の結果によっては抜かれてるかもしれない)。一人当たりGDPもG7でイタリアに抜かれて最下位、アジアでも韓国や台湾に抜かれて世界で40位だ。先進国とはいえず、中進国と言った方が良いかもしれない。
つまり、国内事情だけで政治や経済を考えると大変なことになるのだが、心配なのは、与野党を見渡してみると、特に野党に顕著だが、大国意識が抜けきれず、国内事情だけで国民を先導(煽動?)しようとする古いタイプの政治家が目立つことである。
極端に言えば、世界を知らず、世界を見ようともせず、世界を意識した感覚無しに政治に携わることは罪ですらあると言える。国民や生活者の声をしっかり聴くことが大事であることは論を待たないが、それだけ出来れば良いというものではない。
そうした中、ここ1〜2週間だけで考えても、為替相場を巡る日米同時介入の可能性(レートチェック)と急激な円高、ダボス会議におけるトランプ大統領と各国首脳の直接・間接の諸対決など、世界は大きく揺れ動いている。
ある意味で、今の世界はヤクザの抗争状態で、今月3日の正月気分が吹き飛ぶようなトランプ政権によるベネズエラ急襲も、ダボスで焦点となっていたグリーンランドを寄越せという要求も、キューバを伺う動きも、カナダやメキシコやブラジルへの圧力も、今は少し静かになっているパナマ運河への野心も、「南北アメリカは俺のシマだ」というヤクザの争いみたいなものだ。
中国やロシアが、新疆ウイグルや台湾、或いはウクライナなどに対して、「俺のシマだ」と警察官のアメリカを恐れつつも、ちょっかいを出していたら、実は警察だと思っていたアメリカが、一番の力を持ったヤクザでした、みたいな話であり、調子に乗ってアメリカの「シマ(パナマ運河やベネズエラ)」に手を出していた中国などは、後悔している感じも受ける。特に欧州などは、目を丸くしてうろたえ始めている。
ちょっと前の中国とカナダの手打ち(カーニー首相の訪中)、或いは、今回の英国首相の中国訪問(ロンドンにおけるメガ大使館建設容認のお土産)などをみると、欧州は、一周回って、アメリカへの牽制として、一度は決別しようとしていた「中国ギャング」とむしろ組んだ方が良いのではないか、と思い始めてるフシすらある。
外交の格言に、“If you are not at the table, you are on the menu.”というものがあるが(会議の席についていなければ、料理される側になってしまう)、今回のダボス会議などをみていると、高市総理や日本政府関係者は隔靴掻痒の想いであったであろう。
ダボスには、片山大臣や小泉大臣が参加して、多少の存在感は示したものの、トランプ大統領も参加し、ゼレンスキー大統領なども急遽参加する中、高市総理は国内事情で参加どころではなかった。
国内をしっかりと固めて動かすことのできない国のトップは、交渉相手として認められない。ましてや、ヤクザやギャングの血みどろの抗争が始りつつある世界にあって、高市総理(日本の総理)が、親分として交渉できるかどうかは、国内をまとめきれるタマかどうかと、世界からどのように見られるかにかかっている。安倍政権には、その存在感があったことは確かだ。
4. 結論:我々はどうすべきか?
最後に結論を書こう。小さな結論としては、我々は今回の衆院選において、世界に伍して交渉出来るだけの国内体制を作るべきである。そうしないと、我々日本国民が、世界の中で割を食うことになる。特に冷戦後の世界、ここ35年くらいで考えると、今までとは次元の違う世界になっていることに想いを馳せるべきである。
しかも、各党の公約や置かれている状況をみると、どこの党が政権を取ろうが大差はない。
- アメリカなどの圧力により、ある程度、防衛費は増やさざるを得ない
- 国民からの圧力により、いわゆる高圧経済に向けて、ある程度、財政支出を増やして消費減税などをして行かざるを得ない
- マーケットからの圧力により、ある程度、健全財政であることなどを示さねばならない
というところが共通しているからである。そこに政策の違いは生まれにくい。あとは、党内によほどの知恵者がいるかどうかだが、正直、主要政党においては大差は無いように思う。
そうであるならば、希望としては、高市氏を中心に安定多数を与えるべきではないか。予想としては、安定多数とはならず、自民単独で過半数には及ばないラインになるのではないかと思うが。
高市氏とは、自民党の政調会長時代に、政策作りの仕事でご縁を頂いたことがあり、青山社中にも2回ほどお越しいただいたことがあり、また、弊社の前COOが高市総務大臣秘書官でもあったことから、多少の縁はある。
若干の関与をした前の奈良県知事選挙などの関係もあって、正直、私の高市氏個人に対する印象は、必ずしも良いものではない。ただ、国益を考えると、上記のような結論にならざるを得ないのである。好き嫌いを超えて、国益のため、安定政権を生み出すべきではないかと感じる。
そして、大きな結論を最後に書こう。それは、結局、政治は「政治祭り」でしかなく、本質ではないということだ。つまりは、政治に過度に頼らない国民こそが大事ということだ。
一人一人が、始動し(リーダーシップを発揮し)、単なる安定・維持を超えたチャレンジをして行ってこそ、国も社会も強く生き残れる、ということが全ての基本だ。政治に頼ってどうにかなるものではない。民の力こそが、最終的には、国家・社会の力だ。
選挙は、メディアも大きく取り上げるし、政治にまつわる諸現象は、それによって、何となく、気分が高揚したり、面白おかしくなったりはするが、所詮「政治祭り」は真の国力増強にはつながらない、ということである。私が議員を目指さない理由もそこにある。
仮に高市自民が何らか勝利して(大勝利、中勝利、小勝利)、その「祭りのあと」に、成長戦略を進めるとしても、政治には自ずと限界があるであろう。議員には、多くの立派な方がなってもらう必要はあるが、多くの議員は実は単なる駒に過ぎない。特にこういう混乱の時代は、官邸中心に、少数のスタッフたちが必死になって戦略を立てて実行するしかない。オープンな議論というのは理想形ではあるが、人間社会、船頭が多くなると推進力は弱まる。
経産省時代から、何度となく、「成長戦略」に携わってきた身からすると、今回の高市政権がテコ入れしている17分野をベースとした成長戦略・危機管理投資促進というのは、実はあまり注目されていない横割りの8つの会議と並んで、官邸中心に良く練られたものだと感じるが、確かに迫力はあるが、悪く書けば、断末魔のような悲壮な騒ぎにも見える。
これまで、いくつかの分野を取り上げて重点的に投資するという戦略は何度となく組まれてきた。テーマとして、例えばインフラとかクールジャパンとか、色々な分野を取り上げるということは、特に珍しいことではない。
ただ、今回、高市内閣の今井参与をはじめ、前次官の飯田氏や同期のエースとも言うべき香山氏、更には安倍総理秘書官だった佐伯氏を内閣広報官で入れ込み、万博の東京側責任者だった茂木氏を木原官房長官秘書官として送り込んでいる経産省は、仮に高市安定政権が誕生すれば、これでもか、というくらいの迫力でさらに17分野の政策推進をするであろう。だが、それは今までの振り返りも含めた総決算的な響きを奏でることになろう。
17という幅(分野の広さ)、社会実装まで含めてやろうという深さ、そのための積極財政(責任ある、という接頭辞はつくが)には、これまでの「失われた10年(20年〜30年、、、)」と、何度となく成長戦略を打ち出しながら、成長させてこられなかった反省(くやしさ?)を踏まえた悲壮な覚悟を感じる。
ただ、国や社会は、トップが旗を振ることだけは強くなれない。戦略は現場の戦闘力をともなってこそ機能する。戦後の日本が成長したのも、一時は日本に抜かれて終わった国とも見なされたアメリカでいわゆるGAFAMなどのIT産業が勃興して経済が強くなったのも、中国で多くの先端企業が生まれているのも、実は国による旗振りだけの成果ではない。
むしろ、民間のリーダー(始動者)たちが、官や政の協力や指導も受けつつ切磋琢磨して生まれた結果である。民主導や、維新の時のように各地からの湧き上がるような迫力がなければ、如何に協力な戦略も絵にかいた餅となるであろう。
心待ちにしていた『葬送のフリーレン』の第2期の放映がスタートした。まだ2話だけだが、既にウルっとくる場面が続出している。
戦略を作る側の官僚だった私も青山社中の諸面々も、現場からの日本社会の活性化を志している。望むらくは「勇者パーティ」として、各地や各所を回って旅をしつつ、魔物を退治したり、様々な出会いを経たりして我々自身が強くなりつつ、この社会を良くする方向で現場から頑張りたい。
2026年のスタートにあたって、そんなことを考えている。