リベラル層からは裏切り者扱いされ、保守派からはめっちゃ敵視される谷間に落ち込んでいる感じで、選挙結果の予想もあまり芳しくない中道改革連合ですが、個人的にはかなり期待している面があります。
うまく行けば長期的に日本政治において重要な役割を果たしてくれるんじゃないかという期待がある。
しかも、「リベラル側から見ても保守派側から見ても」意味がある存在になりうると個人的には考えているんですが、今回はその話を聞いて下さい。
1. なぜ日本でリベラルが人気ないのか?と慨嘆する前にやることがある
YouTubeのリハックの座談会みたいなので、有名なマルクス主義者の斎藤幸平さんが
「世界的には左派ポピュリズムが優勢な国もあり、ニューヨークのマムダニ市長のような例もあるのに、なぜ日本ではリベラルは心底人気がないのか」
という趣旨で嘆いている切り抜き動画をこないだたまたま見たんですが(すいません全部は見てません)、これはなかなか考えがいのある課題だと思うんですね。
で、その座談会の中では石丸伸二さんが、「日本は欧米ほど格差が深刻じゃなく抑えられてきたからそうなっていない。これからは変わってくるのかも」みたいなことを言ってたみたいなんですが、まずそれが一点はあると思います。
それは、以下記事で書いたように、「アベノミクス型の政策」っていうのがそもそも欧米では「めっちゃ左派的な」政策であり、それを必死にやることで欧米ほどの格差には飲み込まれなかったという事情はあると思います。
「アベノミクス型の政策」の限界も徐々に明らかになりつつある今において、なんらかの政策転換が必要と考える人は増えていると思いますが、
そもそもアベノミクスは国民が望んで行われた政策であり、多少は幻想含みであろうとある種の”みんな一緒”型の日本的調和を10年守るぐらいの効果はあった
というぐらいの認識はした上で、「じゃあ別のやり方を」と考えていかないといけないんですよ。
単に否定するだけだと、じゃあ欧米の今のような大分断社会にまっしぐらになってしまう可能性に対してどう対処するのか?という課題にちゃんと応えることができないからですね。
そしてもう一点、日本で左派が伸び悩む理由としては、「欧米の左派」と「日本の左派」は果たして同じものなのか?という大問題があるんですね。
例えば、韓国の左派はバリバリに問題なく政権担ってますけど、例えば原発政策は色々と迷いもありつつ推進を決めているし、軍事費の増額にも前向きで、日本だと「保守派側しか考えていないようなテーマ」もちゃんと自分たちで考える立ち位置が確立している。
この「韓国左派の例」はマジで真剣に考えるべき好事例だと思います。
一方で日本では、安全保障どうするんですか?みたいな話をすること自体が左派としてありえない、みたいなレベルの雰囲気が残っていて、いまだに左派の選挙運動スローガンといえば
「自民党に入れたら戦争になりますよ!」
…みたいなかなり無理がある誹謗中傷みたいなキャッチフレーズを内輪で弄んでいるような感じから抜け出せないところがある(客観的に見ると立憲民主党が政権取ったら中国の属国になりますよ、ぐらいに無理があると思います)。
要するに、
「日本の左派」は歴史的経緯から「ものすごく理想のバーを高くしてしまいがち」
であり、
「できるところから一步ずつこう変えていきます」
という話ではなく、
「自民党がいかに邪悪か、そしてそんな汚らわしい世界とは違う高潔な自分たちの理想というのが本当はあるはずなのにそれを選ぼうとしない日本人がいかに邪悪か」
…みたいな話を延々やっている集団みたいにどうしてもなりがちだった。
もちろん、20世紀後半とかならそれで良かったし、むしろその良い面もあったんですよね。
韓国とかは左派でも核武装に前のめりだったりするし、軍事にもアレルギーがない一方で、日本の左派は最高高度の理想主義を掲げて、核廃絶を目指そうとか言い出す事がノーベル平和賞に繋がるような評価を受ける面もある。
あるいは「欧米支配脱却」のためにアラブ諸国と連帯するとか、そういう方向の理想主義に意味があった時代もあった。
問題はその「純粋な理想を掲げるグループ」と、「選挙に勝ったら明日から政権担うグループ」が不可分一体となってしまうと、危なっかしくて政権交代などできなくなってしまうという問題があることなんですよね。
2. 「選挙運動はポエムで、実務は散文で」byマムダニができるか?
以下記事でも書いたように、今の世界的な左派のスターであるニューヨーク市長マムダニさんは、選挙当選スピーチで「選挙運動はポエムで、実務は散文で(ただしできるだけ散文にポエムを込められるように)」という名言を吐いていたんですが・・・
「ポエム」部分と「散文」の部分とうまく使い分けられる信頼感をいかに持ってもらえるかが大事なんですよね。
なんだかんだ自民党は選挙の時にはフカシ発言するけど、「ポエム」の部分と「散文」は結構違う感じにできる信頼感を国民には持たれている面があると思います。
一方で、日本の「リベラル」勢力は、そこが本当に「ポエム」と「散文」を使い分ける事ができそうか?という面での信頼感がない。
公明党が立憲民主党と合併する時に、「安保法制と原発再稼働」を条件としたのはめっちゃ良いなと個人的に思ったのはそこです。
なにも日本で、非同盟中立路線の外交政策とか、脱原発を訴える存在がいてはいけないってことではないんですよ。
でもね、例えば脱原発するとして、どういうプランで日本の電力を賄おうという話なのか、真剣に考えたことありますか?ってことなんですよね。
僕は自然エネルギー財団とか、アメリカのバークレー研究所のプランとか時々読んだりしますけど、「夢がある・・・けどほんとかなあ」みたいな感じに現状ではなっちゃう感じは否めないんですよね。
原発を辞めて、かつ脱炭素もするってなるとほぼ必ず東北と北海道にめちゃくちゃ大量に洋上風力を建てまくるプランになってるんですけど、欧州の一部の非常に風況に恵まれた事例と一緒のように考えていいのか、全く読めない。再エネの変動を吸収するシミュレーションもコスト見積もりもすごい甘い感じがどうしてもしてしまう。
三菱商事が大見得切った洋上風力プロジェクトから撤退した大問題があったばかりですし、
まだ本当に成立するかもわからない段階のものに、「一本足打法」レベルに依存するようなプランをそのまま単体でゴリ押しされてもそれはちょっと飲めないよねという感じ
…になる。
でもね、「現状そうなってる事情」「ここは未確定だけどチャレンジする意味がある領域」とかを丁寧に腑分けしながら、一步ずつ協力関係を築きながら変えていくなら意味があるビジョンだとは思うんですよ。
一部の保守派があらゆる再エネを敵視するような論調になりがちなのはやっぱり良くないわけで、いかに状況に応じて適宜計画を見直しながらベストミックスにしていけるか・・・を粘り強くやっていくことが必要なんですけど・・・
ただそういう時に、”日本の左派”というのは、「現実の難しさ」がちょっとでもあると、すぐに自民党とか東電の「邪悪さ」のせいにしがちですよね。
ほんとうはこんなの簡単にできるはずなのに、自民党が自分の利権のために止めてるのだ・・・みたいな話をしはじめると話が止まっちゃう。そういうのマジで陰謀論ですからね。
安保の方も言わずもがなで、そりゃ長期的に対米自立ができたらいいよねというのは広い範囲の国民は思ってると思いますが、じゃあ一方で急激に大きくなった力を扱いかねて周辺国を威圧しまくってる中国に対抗するにはどうするのか?北朝鮮とかロシアだっているこの環境の中で今日明日の軍事的均衡を保つにはどうするのか?みたいな話は真剣に考えてもらわないと困るわけですよね。
ウクライナの事例でいえば「キエフなど3日で落とせる」とプーチンがふと思っちゃった・・・みたいなことがやはり一番危険なわけで。
もちろん、長期的には全方位平和外交を目指していけばいいですけど、今日明日の軍事的均衡をどう保って偶発的危険を避けるか?みたいな話がやはり重要ですよね。
だからこそ、公明党が「踏み絵」にした2つのポイントというのは、「政権交代するには最低限必要な条件」として非常に良い分水嶺で、そういう「まとまり」が日本の政治の中にできることは大変大きな意味があるんですよ。
3. 参政党と自民党が分離したように、純粋左派と中道左派が分離する意味はある
繰り返しになりますが、なにも日本で、非同盟中立路線の外交政策とか、脱原発を訴える存在がいてはいけないってことではないんですよ。
ただ、「そういう勢力」と、「政権交代スタンバイ」勢力はある程度分離してもらわないと危なっかしくて政権交代できないですよねっていうことなんですよね。
韓国の左翼は、そこの点(エネルギー政策の現実性と軍事に対する当事者意識)が明確にあるんで、普通に「左派でも政権交代スタンバイ」状態になれるんですよ。
そしてこれは、「参政党と自民党」が分離してることと同じなんですね。
参政党がかなり強引でいかにも差別主義的な外国人排斥を主張するけど、自民党はある程度現実性のある落とし所を探る・・・みたいな感じの役割分担になってますよね。
それと同じように、非武装中立だとか即時原発ゼロとかいう非妥協的な純粋左派グループがいてもいいけど、「政権交代スタンバイ」状態の政党はそことはワンクッションおいて分離しておいてくれたほうがいい。
そこの部分でちゃんと「信頼」を得て、普通に政権運営ができるようになれば、あとはいわゆる「文化左翼的課題」(同性婚とか夫婦別姓とか)や、あるいは貧困者への手当の拡充みたいな話題を実現できる情勢にもなる。
今は、「文化左翼的問題意識」があっても、「即時原発ゼロと安保法制違憲」とのセット売りでしか買えません・・・みたいな状況になっているんで、そりゃ自民党にしとくしかないよね、という感じになってしまっている。
でもね、今回の選挙戦の最初期のうちは、高市政権の「積極財政」路線が日本円の信任的に問題だと考えるような「ビジネス保守層」みたいな人たちからも、かなり「中道改革」に期待する声あがってましたよね。
そういう層は別に自民党の「復古主義的」なテイストも別に好きで付き合ってるわけじゃない人も多いはずですよ。
つまり、
「エネルギーと安保における公明党的な与党感がブレないという信頼」+「文化的課題における左翼方向」
…というまとまりがあれば、そこに期待する声は確実にあるはずなんですよ。
4. 「多党化」時代に向けた中道改革連合のあるべき戦略
今の情勢調査だと、あまり選挙で「すごい勝つ」イメージは全然ないんですが、ただ勝敗判断については、「現有議席」からの比較じゃなくて「立憲がそのまま単体で選挙してた時の予想」と比べるべきなんだと思います。
単純計算での今の「公明+立憲」議席よりは多少は減るかもしれないけど、公明党の組織力による底上げがされてダメージを食い止め、「ある程度のまとまり」を残す意味はある。
「エネルギー政策と安保」で確実に条件をクリアした上で、文化左翼的問題意識がある
↑こういう、「韓国左派的な」ゾーンにある程度のまとまりが在り続けることが大事です。
そういう党がある程度の議席を持っていることは、今後、欧州と同じように「多党化時代」になっていくとすれば、「単純な議席数」以上の意味を持つんですよ。
これ↓は1月8日の日経新聞の記事で、つまりは「中道改革連合」という党名が発表されるより”前の”記事ですが、多党化時代には「改革中道」のポジションが重要なのだ、という千葉大教授の水島治郎氏の論説になっています。
要するに、多党化して単独で過半数が取れなくなると色んなタイプの連立が必要になるわけですけど、たとえば「れいわ新選組と自民党」が組むとか、「参政党と立憲民主党」が組むとかはありえないわけなので、その「連立のコア」になる「中道政党」が部品として必要になるわけですね。
上記記事より引用↓
ただ、各国政治の変化を単に左右への分極化とみるだけでは不十分だ。25年10月のオランダ総選挙で第2党の右派ポピュリスト政党に競り勝ち、初めて第1党の座を射止めた政党は、開明的な無党派市民層に支持される「改革中道」政党だった。既存の中道右派・中道左派のいずれも支持できず、急進派にも共鳴できない有権者は潜在的にはかなり多いのではないか。
この改革中道支持の動きは、近年の日本における国民民主党の人気の背景を考えるうえでも、重要な手がかりとなるだろう。
立憲民主党というのは、「単体で過半数を取って政権交代しよう」という戦略でできていたわけですよね。
その結果として無理に大きくしすぎて、党内の中道議員を支持したいと思っている有権者が、党内の最左翼層の言ってることを聞いて幻滅しちゃうとか、逆に党内左派層を支持している有権者が、例えば安保容認とかの論調に対して「裏切りだ!」とブチギレてしまったり・・・みたいなことが頻繁にあったわけですよね。
でも発想を変えて、「単体で過半数」を取るのではなく、来たるべき「多党化」時代に中道結集の軸となるための党・・・という意味では、多少人数が減っても全然良くて、むしろ「中道の政権交代スタンバイ状態の政治勢力」がある程度のまとまりで存在するっていうこと自体がめちゃくちゃ大事になってくる。
今回は高市自民がまあまあ勝ちそうな予想ですけど、永遠に長期政権を続けることはできないので、どこから「次」が見えてくる時代が来る。
その時に「どこも過半数が取れない時代」が来たら、
中道改革+石破茂的な自民党+国民民主党的なもの+チームみらい的なもの・・・
・・・みたいななんかそういう繋がりが浮上する可能性は十分にある。
今回すぐに「大勝」できなくても、長期的にそういう方向性を目指して頑張ってくれたらと思っています。
(そういう意味では、今回変に”減税ポピュリズム”的な方向に突っ込んでいかずに、むしろ”古き良き良識派”的な存在であることをアピールしておいたほうが可能性があったんじゃないかと思っているんですが・・・まあそこは今更言っても仕方ないですね)
5. 「現場は左翼」「マクロは保守」の使い分けを
最後に、もうちょっとそもそも論的な話をしたいんですが、「右と左」はもっと”活かしあえる”はずだと思うんですよ。
というのも、私はここ半年ほど、「敵とも話せるSNS(めたべた)」というのを自分で主催していて、XなどのSNSで出会ったら明らかに「敵」になっていたはずの人とも話せる場所を提供しているんですが・・・
そのSNSの中には当然支持政党でいえば、自民党支持者も維新の支持者も、共産党支持者も立憲民主党支持者も、その他完全なノンポリっぽい人も色々いるわけですね。
そういう「Xなら絶対罵りあいになってる」ような関係性でも、「同じ場所で話す」ことを続けているうちに、「分断」を超える対話可能性の価値を感じてるところがあるんですよ。
たとえば、日本の政治は「日常」レベルではもっと左派的要素があったほうがいいはずなんですね。
これは、「敵とも話せるSNS(めたべた)」にも参加してくれている一般社団法人「科学・政策と社会研究室」理事の榎木英介氏による各党の科学政策をまとめた表なんですが・・・(榎木氏のXで公開されています)
こういうのを見ると、僕は大問題だなと毎回思うのは、現場の人の声という意味では常に渦巻いている「研究者の地位の安定と研究時間の確保」っていう視点についてちゃんと問題意識化して述べているのが左派政党(特に共産党)ぐらいしかないことです。
同じく「敵とも話せるSNS」に参加してくれてるある京大の教授さんの人が「会議とかが忙しすぎて研究時間とかマジで取れないです」って言っててw、京大教授がそんなこと言ってる状況だったら日本の研究マジでダメじゃんって話ですよね。
「現場の声」をちゃんと反映していくプロセスをしっかりやってこそ、その先の「グローバル競争力のための競争戦略」みたいなのにも意味があるはずですよね。
その他、例えば生活保護を受けなきゃいけない人が過剰に罵倒されるとか、(国としての外国人政策の厳格さとは別にして)無意味に外国人に対するヘイト的なデマが放置されるとか、そういうのは明らかに良くないですよね。
そういう意味では、やはりちゃんと「左派要素」が日本にはもっと必要だと思うんですね。
問題は、そういう「日常レベルの左派要素が必要」となった時に、日本では、「即時原発ゼロ」とか「安保法制は違憲」みたいなレベルの話と
必ずセット売りで、決してバラ売りしてもらえない
状態になっていることで、この状態はやっぱり不健全なんですよ。
だから、
・「エネルギー政策とか安全保障とかで保守派側の懸念にちゃんと対処する」
・「日常レベル」の政策においてちゃんと左派的良識がシェアされる
これは「両輪」で補い合うべき話なんですね。
それがなんか、「他国で普通なレベルの安全保障議論」をやろうとするだけで「ファシズム軍国主義の復活だ!」「自民党を勝たせたら戦争になります!」みたいな話になるとか、逆に左派勢力がちょっと伸びるだけで「日本が崩壊する!」みたいな話になるとか、どっちもあまりにバカバカしい話なんだと思います。
大事なのは「使い分け」であって、だからこそ「相手側の意見を悪魔化しないでちゃんと聞く」っていうことがとにかく大事なんですよ。
・・・というわけで、この記事を読んでピンと来た方は、ぜひ「敵とも話せるSNS=メタ正義をベタにやるコミュニティ(めたべた)」に参加してみませんか?
詳しい説明は以下からどうぞ。
また、「党派的な罵りあい」ではない形で選挙を考えよう!という趣旨として・・・
2月8日の選挙当日の夜9時から、いつもやっている「X(Twitter)スペース」で、参加者がどこにどういう理由で投票したのかを延々聞いていくイベントをやります。僕のXをフォローしてくれたら通知がいきます。
そして2月11日には、僕の本を編集してくれた編集者の梶原麻衣子さんと、東京の高円寺でトークイベントがありますので、ぜひご参加ください!(オンライン視聴も可能&アーカイブもあります)
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つづきはnoteにて(倉本圭造のひとりごとマガジン)。
編集部より:この記事は経営コンサルタント・経済思想家の倉本圭造氏のnote 2026年1月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は倉本圭造氏のnoteをご覧ください。