オーストリアのカトリック通信(KAP)を読んでいると、「プラハ、懐疑的な社会に新しい大司教が誕生」という見出しの記事が目に入った。それによると、スタニスラフ・プリビル大司教が「欧州で最も世俗的な国の一つ、チェコのカトリック教会の舵取りを担う」というのだ。興味深い点は、KAPの記者が「チェコを欧州で最も世俗的な国」と断言し、「新大司教には社会における教会の発言権を回復することが期待されている」というのだ。ローマ教皇レオ14世は2日、ヤン・グラウブナー大司教の後継者にプリビル司教を選んだ。

冷戦時代のチェコのカトリック教会の最高指導者トマーシェック枢機卿との会見(1988年8月 プラハの枢機卿公邸で)
3日付のKAPは「プリビル大司教は、社会問題に強い関心を持つ実践的な聖職者であり、カリタスとの緊密な関係と社会的弱者への献身的な姿勢は、伝統的な教会組織以外からも高い評価を得ている」とそのプロフィールを紹介している。そして「プリビル大司教はチェコ共和国におけるカトリック教会の進路における潜在的な転換を象徴している。それは、組織的な自己主張から、市民社会におけるより奉仕的な役割を重視する転換だ。新大司教は、権力者というよりは、社会における教会の意義に向き合う教会の代表として認識されている」というのだ。新大司教に対するカトリック教会側の期待度が分かる。
中欧のチェコではローマ・カトリック教会の信者数は少なく、教会への社会的受容が低いことは周知の事実だ。チェコ国民の約60~70%が「無宗教」または「特定の宗教を信仰していない」と回答しており、正式な宗教団体に属している人は非常に少ない。カトリック教徒は約10~15%にとどまり、プロテスタントやその他のキリスト教宗派の信者もさらに少ない。そのことから、「チェコは世界的に最も世俗化した国」と言われるゆえんだ。
先ず、チェコが世界で最も世俗国家と言われる歴史的背景を復習する。
1.フス戦争(1419~1434年)
チェコの宗教改革者ヤン・フスがカトリック教会の腐敗を批判して火刑に処された。これに抗議するチェコ人が起こしたフス戦争により、カトリック教会に対する根強い不信感が生まれた。
2.ハプスブルク家による「強制改宗」への反感(17世紀以降)
カトリックを奉ずるハプスブルク家がチェコを支配し、プロテスタント信者を武力で弾圧してカトリックへの改宗を強制した。この結果、チェコ人にとってカトリックは「信仰」ではなく「他国から押し付けられた支配の道具」とみなされるようになった。
3.共産主義時代による徹底した宗教排除(1948~1989年)
チェコスロバキアは1948年、ソ連の影響下で共産主義政権となった。共産党政府は宗教を「反動的な思想」とみなし、教会を国家の管理下に置き、宗教活動を厳しく制限した。カトリック教会の財産は没収され、聖職者たちは投獄された。共産党政権の無神論教育の結果もあって、多くの国民は教会から去った。
ここでは2についてもう少し詳細に説明したい。ハプスブルク家による強制改宗政策は、チェコが「世界で最も世俗的な国」になる決定的な引き金となったといわれているからだ。
1620年のビーラー・ホラ(白山の戦い)でチェコのプロテスタント貴族連合がハプスブルク家に大敗した。これによりチェコの独立性は失われ、ハプスブルク家による徹底的な弾圧が始まった。皇帝フェルディナント2世は、カトリック以外の信仰を一切禁止した。言語はチェコ語ではなく、ドイツ語となった。改宗を拒んだ約3万人もの知識層が国外追放され、逃げ場のない農民たちは、無理やりカトリックに改宗させられた。
ちなみに、チェコの少数民族ユダヤ人たちは当時、ハプスブルク家の支配を歓迎していた。18世紀後半、皇帝ヨーゼフ2世が発布した寛容令(1781年-1782年)は、ユダヤ人にとって画期的だった。ユダヤ人に対する居住制限(ゲットー)や特定の職業からの排除が緩和された。大学教育への道が開かれ、キリスト教徒の学校への入学も許可された。少数民族のユダヤ人にとって、地方の熱狂的なナショナリズムや偏見から守ってくれる唯一の存在が、超国家的な権威である「ハプスブルク家の皇帝」だったからだ。しかし、帝国の崩壊後、チェコの民族主義が勢いを得て、ナチス・ドイツの台頭で激しい反ユダヤ主義が広がっていった経緯がある。
ところで、チェコ国民が生来、無宗教者、無神論者だというわけではない。人間の理性を超えた精神的世界への関心は他民族と同様、強い。例えば、チェコの民主化後の初代大統領ヴァ―ツラフ・ハベルは生涯、無宗教者だった。トマーシェック枢機卿(当時)は「私は彼を信者にしようとしたが出来なかった」と述懐していた。そのハベルは「組織化された宗教には属さないが、極めて精神的(スピリチュアル)な人間だった」といわれていた。現代チェコ人の気質を体現した存在だったわけだ。
カトリック教国のポーランド人が「信仰」を盾に共産党政権と戦ったのに対し、チェコ人のハベルらは「個人の良心と理性」を武器に戦った。スイスのダボス会議で演説したカナダのマーク・カーニー首相は先月20日、ハベルの思想,「力なき者たちのパワー」(The Power of the Powerless)を紹介していたが、「宗教を介さずに、個人の内面的な正義感で行動する生き方こそ、チェコの知識人が最も誇りとする哲学」といわれる。

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編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年2月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






