さっきは長期的に中道改革連合には期待しているという記事を書いたばかりなんですが・・・
今度は、逆に、「色々と問題はあるように思うが、現時点では高市政権の継続に(つまりは自民党に)投票しようと考えているという理由について書きます。
なんかさっきの記事を読んでナルホドと思っていた左翼の人からは「裏切りか!」って思うかもしれないですけどw、そういう人にこそ読んでもらいたい記事ではあるんですよ。
1.「裏切り者!」と思うかもしれないがちょっと話を聞いて下さい
というのも、前記事でも書いたように僕はここ半年「敵とも話せるSNS(めたべた)」というのを主催していて、そこの参加者には支持政党でいえば自民や維新の支持者から、立憲民主党や公明党、チームみらいや共産党の支持者もいるんですね。(もちろん、もっと完全にノンポリっぽい人も多い)
そして、xで出会っていたら「敵」になって罵りあっているであろう間の関係でも、時間をかけて話せばだんだん「相手がなぜそれを言っているのか」がわかってきたりもする。(ご興味があればこちらのリンクからもう少し詳しい説明をどうぞ)
で!
その「敵とも話せるSNS」の中で左派寄りの人と話していて思うのは、
「左派的な人」からすると、ある線を超えて右側にいる存在は全部一緒くたに”敵”になっちゃう
っていうことで・・・
具体的にいうと自民党も参政党も日本保守党も、さらにはSNSで暴言吐きまくってる人たちも、みんな一緒で許されざる”人類の敵”だろ?ぐらいの感じ
…なんですよね。
でもそれがめっっっっっちゃ大問題だと思うんですよ。
2. 有意義な対話には「敵の解像度」を上げていくことが大事
逆に考えたら、
「立憲民主党の政治家とか支持者なんて日本赤軍みたいなテロリストと一緒だろ?」
って言われたら「ちょっと待てやコラァ!」ってなるでしょう?
要するに「敵」の解像度が低い。
それだと、「世界の半分を一緒くたに全部敵扱い」してしまうんで、本来協力しあえるはずの人を沢山切り捨ててしまうことになるんですよね。
具体的にいえば、「高市政権」なんて「参政党と同じ穴のムジナ」だと思ってる人が左派には多いんですが、そこには百万光年ぐらい違いがあるんですよ!っていうことを言いたいんですね。
で、僕は総裁選の頃までは高市さんになるのをかなり警戒してたんですが、いざなってしまってこれだけ支持率高いんだったら、それでも崩壊しない方法を考えなくちゃいけないし、そもそも参政党・日本保守党ラインとはやはり全然違う存在なんだ、ということは認識せざるを得ないなと思っているんですよね。
で、「中道左派勢力がものすごく安定して頼れる政権交代スタンバイ状態」になってるならともかく、今の状況でなんか与党過半数割れして、さらに混迷を深める状態になったら「最右翼ポピュリズム勢力」の思うツボだし、それは本当に個人的には避けたいと考えているんですよ。
そして、高市政権の支持率の高さには国民の「ニーズ」にちゃんと向き合えている面がやはりあると感じるし、そこを「ただアホな国民どもが威勢の良いタワゴトに騙されてるだけなんだろう」みたいな切り捨て方をしないで、真摯に学ぶべき点が左派勢力にもあるのだと個人的には感じています。
もちろん、「奈良のシカ発言」から続く色々な扇動発言がマジ許せん!っていうお気持ちはすごいわかります。わかりますが、たまに選挙の時にそういうことをいうレベル・・・と「ガチの最右派ポピュリズム」との間にはやっぱりすごい距離があるということは頭の片隅においておいてほしいわけですね。
3. 「人々の思い」をちゃんとバカにしないで引き受けないと、民主主義国家では何もできない
ある程度「良識的」な人からすると高市政権の、特に高市総理の言葉がいちいち軽い(あるいは危ない)っていうか、色々と物議を醸すようなことをいうことに対して忌避感があるっていうのはわからなくもないんですよ。
実際、中道改革の、岡本さんとか本庄さんとかが色々と政策を語ってる動画とかはかなり「安心して見れる」感じだったりして、そういう「古き良き良識」みたいなのが通用する世界であってほしいという気持ちはめちゃくちゃ共感できます。
一方で、だからといって「高市発言」の揚げ足取りみたいなことまでして「馬鹿にする」とか、積極財政的なものを過剰に「これだからバカは困るよね」みたいな話をするとか、そういうのでいいのか?っていうのは結構考えるべき課題だと思うんですよね。
なぜならそこには「どうやって国民に納得してもらうのか」というもう一個の別の巨大問題が潜んでいる領域があるからです。
前回記事でも書いたし、この記事の末尾でももっと真剣に考察しますが、「アベノミクス型の政策」というのは欧米では紛れもなく「左派」の政策であり、「単なるグローバル市場主義の延長」だけではダメなんだ・・・というかなり強い「左派的」(あるいは少なくとも”反ネオリベ的”)な政策なんですよ。
そこには、「国全体で助け合って生きていこう」という強い思いが隠れているんで、それをバカにしはじめると、じゃあもっと緊縮するしかないよねって話にどうしてもなっちゃうんですよね。
そのあたり、前に書いた以下記事のように、「安倍政権」が「なぜ評価されているのか」に向き合うことなしに、ただ「悪魔化」して敵として否定しているだけだった論調の問題がここにもあるという感じで・・・
4. 「国民の納得」を生み出せるのか?が大問題
なぜその「アベノミクスに潜む左翼性(少なくとも反ネオリベ性)みたいな問題を直視する必要があるかというと、そこにある本質的課題から逃げたままだと、ある種の「減税ポピュリズム」的なものに抗えなくなっちゃうからなんですよ。
今、高市さんの発言で、色々と円安が進んだり国債金利が上昇したりとかいう問題が起きていて、それについてめちゃくちゃ怒ってる人が結構目に付くなと思うんですけど・・・
で、僕もそういう軽い発言はちょっとね・・・と思うんですけど、じゃあ単純にそこが「決して失言しない」総理になったらそれでいいのか?っていうとかなり難しいなと思うんですね。
これだけ「減税ポピュリズム」的な有権者の思いがある中では、市場を納得させることも大事だけどそれ以上に「国民を納得させる」ことが大事なんですよ。
そうですよね?
で、高市政権は色々と野心的で不安定なところもあるけど、それなりに円安も国債金利も気にしてはいる感じありますよね。
「もっと冷静にうまくやればこんな不安定な状況になってないんだ!」っていうご意見はめっちゃわかるんですけど、
そういう「もっと冷静にうまくやれる政権」は、たしかに「市場」を納得させられるかもしれないけど今度は「国民」を納得させられない可能性が高いっていうこの「大・問・題」
…を真剣に考えなくちゃいけないところがあるのだと思います。
折しも、小野田紀美大臣が外国人問題についてまとめたxポストについて、今参政党型の「最右翼」層は大激怒、一方で自民党支持層どころか中道層ぐらいも「なかなかマトモなこと言ってるじゃん」みたいな評価になってるんですけど・・・
「外国人問題に対策が必要」っていうのは国民的合意だとして、自民党政権なら「まあまあ納得感ある」ものを仕上げられるという一例だと思うんで、だからこそ「自民党も参政党も日本保守党も同じ自分たちの敵だ」と考えている人たちにはちょっと考え方を変えて欲しいポイントではあるんですね。
で!
ここからが重要なんですが、
たとえこの小野田紀美大臣が言ってる案と「全く同じ」レベルの政策であっても、もし中道改革連合が実現しようとしたら、絶対にめちゃくちゃ揉めるだろう
ってことなんですよ。
だから、外国人問題についてあまりに反人権的なムチャが通らないようにするとか、積極財政のアクセルを細かく調節して円安や国債金利が発散しないようにするとか、そういうことを、「今の民意」の状況の中でできるのは、むしろ高市政権しかない・・・という側面すらあるように個人的には感じています。
「市場」を納得させられても「国民」を納得させられないと果てしない減税ポピュリズム的なものに飲み込まれるし、外国人政策も「完璧にシャットアウト」などできない以上どこかで「ちょうどよい妥協点」が必要だけど、それも「国民」を納得させられないと果てしない排外主義に飲み込まれるのはわかりきっているからです。
だから「最大の課題」は「市場とか外国人問題」ではなくて「国民の納得」の方なんですよね。
そしてそこには、「日本国民側のニーズ」を「上から目線でバカにしない」「そこに敬意を払う」という精神を持てるかどうか・・・みたいな結構重要な分水嶺があるように思います。
そのあたりで、大昔に以下記事で書いたような「欧州の民主主義とアメリカの民主主義の違い」みたいな形で、「欧州的な正しさ」から外れたものをただ断罪するのではなくて「そこにそういう意思がある意味」を迎えに行くことが必要とされている時代ということなんだろうなと。
5. 積極財政の「余地」はどれほどあるのか?を真剣に見極めることが必要
そういう意味では、やはり単に「積極財政に夢見てる高市はバカ」みたいなことを一緒くたに言っておくんじゃなくて、「どの程度」の余地があり、それをどう使うべきなのか?について皆で精密に精査していくことが必要なんですね。
以下記事で詳しく書いておきましたが、単に「債務残高GDP比が世界最悪」だから「すぐ緊縮財政にするべき」みたいな話だと、やはり日本国民の「本来もっと自分たちは助け合えるはずだ」という直感に対してネオリベすぎるんだと思います。
上記記事では、
海外投資家も日本国債のような特殊なアセットについて普段からちゃんと見ているわけではないので、徐々に「とはいっても英国の例とは違うっぽいぞ」みたいなことが理解されるようになり、「本当のところはどの程度なのか」が少しずつ共通了解になっていくプロセスが進行中なのだと思います。
…というようなことを書いたら「市場万能論」的な人がやたらxで怒ってるのを見かけましたが・・・
でもその後も、例えば以下は「フォーリン・アフェアーズ」などを出しているアメリカのシンクタンクの人ですけど、詳細で多面的な分析をxのツリーとして出していたり・・・(クリックで長いツリーになります)
経済学101に載ってたアメリカの経済学者スコット・サムナーの記事とか
投資関係者ではアメリカのピムコ最高投資責任者(CIO)さんが以下のように言っている。
上記記事から引用
「たしかに国内総生産(GDP)比の債務水準は高く、財政政策も拡大方向でリスクは否定できない。まだ金利が上昇する可能性はある。ただ、今の日本の長期金利の水準は日本の成長率やインフレ率にかなり整合的な水準になってきている」
――日本の政治は財政拡張に歯止めが利きにくくなっています。それでも安心して国債に投資できますか。
「政府債務の水準は高いがプライマリーバランス(基礎的財政収支)はほぼゼロで、政府の支払金利(1%程度)と名目成長率(4%程度)の差は大きい。GDP比の政府債務は低下トレンドにあり、少なくとも当面は財政を拡大する余裕がある」
「先行きを楽観視しているわけではなく、衆院選の結果も見て今後の長期的な日本の財政政策がどうなっていくかを注視する。債務水準の高さ、財政の持続性の問題は日本に限った話ではない。米国や欧州、英国も同じだ」
ここまで並べたのはほんの一例ですが、だいたい先述の僕の記事と同じようなことを言っており、
「だんだん市場関係者も日本の特殊性を学んできて、じゃあいったいどの程度までなら大丈夫でどこから危険なのかをもっと高精細に知ろうとしているフェーズが始まっている」
のだと言えるでしょう。
6. 積極財政の余地は、ありまぁす!
要するに「積極財政ができる余地」は「ある」んですよ。どの程度かは別として。”どの程度”かは別としてね!
で、この「あるレベルまではできる」部分を否定したまま、「いやもう無理なんで切り捨てます」は、今の政治状況だとなかなかやりづらい感じなんだと思います。
「ある程度ってどの程度なのか」を精密に精査していく姿勢で望んでいかないと、「もう破綻する!」vs「いや無限に行ける!」の極端な論争がヒートアップして余計に理性的な着地が遠のいてしまう。
そこでもし「積極財政を求めるネトウヨどもとかバカだよね」的な感じで無理やり切り捨てにかかると・・・
そこで「切り捨てた」分は過剰な「減税ポピュリズム」として跳ね返ってくるんで、それに真正面から対応するよりは、むしろ「ちゃんと調節しながら積極財政」やったほうがリスクが低い・・・ということは大いに有り得る。
なんかそういう「微妙な調節」が必要なことが今の段階ではめちゃくちゃたくさんありすぎて、なんか危なっかしいようだけど高市政権のままでいたほうがマアマア信頼できるみたいな気分に今のところ自分はなっちゃってるんですよね。
「中道改革連合」がバッチリ与党になる準備ができていて大勝できます!っていうんならそれはそれで期待したいですけど、そもそも党内を一本化するのもなかなか難しそうだしね。
なにより一番怖いのが、どこも過半数取れないですってなった時に「最右翼ポピュリズム政党のどこか」の無理筋な要求を丸呑みにしないと何もできないみたいになることで・・・
それよりは断然、今回の場合は高市政権にある程度任せることができればホッとするな、と個人的には思っています。
これはあくまで「僕の個人的意見」であって、同意してもらう必要はないですが、ただ左派の人から見ると「右寄り」の人たちは丸ごと全員一緒くたに見えているのはわかりますが、しかし「グラデーション」はものすごく大きくあるんだ、ということをぜひ頭の片隅においておいていただければと思います。
それと!リベラル勢力に対する期待とか、あまりに排外主義的なデマが飛び交うことへの懸念とかはめっちゃ共有してるんで、そういうリベラルさんは前半の方の中道改革に期待する記事の方を読んでいただければと思いますです!
7. 事実認識ごと「党派」で曇らないように・・・
冒頭で紹介した「敵とも話せるSNS(めたべた)」をやっていて思うことは、こういう「積極財政の余地はどの程度あるのか」みたいな複雑な話も、オープンなSNSだと「全肯定vs全否定」みたいな話以外吹き飛んでしまう危険性があるっていうことなんですよね。
でも「敵とも話せるSNS(めたべた)」の中には、その人が右派だろうと左派だろうと、ある程度その分野のリテラシーがある人が意見を持ち寄って、「こういうこと言ってる人もいる」「こういう意見もあるらしいけどどうかな」みたいなのを高速で突き合わせて、ある程度冷静に「どの程度なのか」を判断するカルチャーが育ちつつあって、それはめちゃくちゃ頼りになってます。
最近でいえば中道改革の「ジャパンファンド案」とか、古くは赤沢大臣の対米関税交渉とか、x(Twitter)のようなオープンなSNSだと「全肯定か全否定」のどっちかのストーリーしか流れてなくて「結局どんな感じなんだろう」というような話を、冷静に見極めていくプロセスが自然に起きるようになっている。
なんか、そもそもそういう「党派的なバイアスがかかった意見」ばかりを普段SNSで見ていると「敵はどんどん敵に見えていっちゃう」ので、どんどん「わかりあえる人の範囲」が狭まっていくし、それが失わせている政治的可能性はすごく大きいように思います。
・・・という話に共感した方は、ぜひ「敵とも話せるSNS(メタ正義をべたにやるコミュニティ)」に、ご参加いただければと思います。
ピンと来た!入るぜ!って方は以下リンクから・・・
もう少し詳しい話を聞かせて?という方は以下からどうぞ。
また、「党派的な罵りあい」ではない形で選挙を考えよう!という趣旨として・・・
2月8日の選挙当日の夜9時から、いつもやっている「x(Twitter)スペース」で、参加者がどこにどういう理由で投票したのかを延々聞いていくイベントをやります。僕のxをフォローしてくれたら通知がいきます。
そして2月11日には、僕の本を編集してくれた編集者の梶原麻衣子さんと、東京の高円寺でトークイベントがありますので、ぜひご参加ください!(オンライン視聴も可能&アーカイブもあります)
ここ以後は、さっきも書きかけた「アベノミクスの中にある左翼性」っていうテーマでもう少し本質的な考察をしてみたいと思っています。
noteを購読いただけると過去の200本以上の有料記事部分も読み放題になるので、ピンと来たかたはぜひ読んでいってください。
■
つづきはnoteにて(倉本圭造のひとりごとマガジン)。
編集部より:この記事は経営コンサルタント・経済思想家の倉本圭造氏のnote 2026年1月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は倉本圭造氏のnoteをご覧ください。