衆院選での史上空前の圧勝に、いちばん驚いているのは解散した高市首相本人だろう。当初は維新と足して過半数という “底辺ギリギリ” の目標を掲げ、敗北の可能性まで言及したのに、ふたを開ければ自民だけで3分の2だ。
現実が予想を裏切ったとき、注意すべきはパニックのなかで事態の解釈を誤り、まちがった教訓を伝えてしまうことだ。開票当日夜の番組で強調した点だが、ここでも文字にして残しておく。
今回のミステリーは、自民党に投じられてきた「旧公明票」を丸ごと野党第一党に寝返らせたはずの、中道改革連合の小選挙区戦術が機能しなかったことだ。数値上は、2~4万票相当のブーストが中道側にかかるはずだった。
その失敗の主犯は、なんと旧公明の側ではない。
JX通信社の米重克洋代表が、昨年の参院選で公明に投票した有権者が今回、投票先に中道を選ぶ割合は73.6%。一方で立憲に投票した有権者は55.7%というデータを紹介。
(中 略)
「公明党の票がカギだと選挙前によく言われたんですけど。見落としているポイントが、この立憲民主党という土台の部分が崩れてきているのが厳しいところです」と解説した。
2026.2.7(投票前日)の発言
強調は引用者
参院選の時点での公明票には、「与党内でのバーター」などの戦略的投票が元々ある。また調査より後の選挙戦終盤で、創価学会は本気でねじを巻いたろうから、”ガチ公明支持層” の8割以上は中道に投じたと思われる。
ところが旧立憲の支持層の約半数は、その中道を支援せず逃亡した。いくら援軍が強くても、本隊が半壊しては勝負にならない。しかも、合併前の “オリジナルの立憲” と公約が近かった、共産党などの左派が伸びてもいない。
これが意味することは、なにか。
旧立憲が代表するリベラル層はとうに空洞化し、保守のオッサンよりはこっちを「推してよ!」の一発芸しかないハリボテ集団になっていた。だから敵方の自民党が、オバサンを総理に立てるだけで、推してもらえなくなる。
2017年の衆院選での結党の経緯もあり、かつて「立憲に入れる」ことは本人の “意識の高さ” をPRするラベルとして、とくにSNSでは機能した。だがそんなのは、「タピオカを飲んでるからイケてる」くらいのものだ(笑)。
平成末の「インスタに映るタピオカ」と同じノリで、ポリコレやジェンダー平等をドヤり、原発はおろかコロナ感染まで「ゼロ」をブランドのロゴに掲げ続けたら、令和にはイケてない存在になっていた。それだけである。
だからって「でも、なんで高市なんかを信じるんだよ!」と、いま狂乱して叫ぶリベラルは多いだろうが、なんのことはない。単純な理由だ。
自民党にせよ「うおおお高市サイコー!」な岩盤保守層の支持だけでは、今回の結果は出せない。あえて言うが、彼女を “フェイク” だと知りつつも、それに賭けるほかないニヒリズムの広がりが、この選挙を決めたと思う。
前に紹介した『戦中派』の著者である、前田啓介さん(読売新聞記者)との対談が、先週出た『Voice』3月号に載っている。収録は昨年末だが、まさにそのテーマが議論の中心になった。
與那覇 2015年からの「ゾンビ戦後」の10年間とは、ニヒリズムとのつきあい方を、日本人が戦争から学べなくなった時代とも呼べます。歴史を見失ったこの時期、代わりにニヒリズムへの「処方箋」として次々とベストセラーになったのは、脳科学や遺伝決定論の書籍や、名を成した高齢者が「人生は諦めが肝心」などと説く教訓本でした。
2021年に「親ガチャ」が話題になったように、どの家に生まれるかで将来は決まっているのだから、努力なんて止めようというわけです。アメリカで薬禍を起こしたオピオイドに相当する「読む鎮痛剤」として、そうした言論が求められてきた面があります(斎藤環氏との共著『心を病んだらいけないの?』新潮選書も参照)。
『Voice』2026年3月号、200頁
算用数字に改変
冒頭の「ゾンビ戦後」とは、対談で紹介したエマニュエル・トッドの語法を借りたものだが、選挙後のいま、まったく新たな意味が生まれている。
強力なオピオイドであるフェンタニルで “苦しみを止めないと” 生きていけない人が増えたアメリカでは、比喩にしてはガチすぎるゾンビ・タウンが各地にできた。トランプ現象は、これに対する「処方箋」として起きている。
米国よりは薄めの絶望で済んでいる日本でも、似た現象は近年の選挙の「番狂わせ」として起きていた。リベラルはその警鐘を受けとめず、誤った処方箋を出し続けて、見捨てられたのだ。
だから先のぼくの発言は、こう続く――
ダウナー・ドラッグでニヒリズムを緩和する営みとも言えますが、その後顕著になったのは、むしろアッパーな処方薬を求める動きです。自分の人生に「意味がない」と自嘲するのではなく、同じ発想を他人に向けて「運がよかっただけだろ? お前なんか意味ないよ」と嘲笑する。
典型が選挙で、実績に関係なく、なかには不謹慎と受け取れるような態度をとる候補者でも、あえて投票することで従来の主流派を「お前らはコイツ以下だ」と愚弄したくなる。
同誌、200-1頁
段落を改変
対談で挙げた例は別の政治家だけど、「高市早苗にAll in!」はいま入手可能な究極のアッパー・ドラッグで、おまけに合法だ(笑)。だから、この人危うく・怪しくないですか? と問いかけても、摂取をやめる人はいない。
そして、極度の不安で国民のメンタルが弱まった令和初頭の危機の時代、「この人にAll in!」な処方薬をバラ撒き、依存する人をSNSに溢れさせたのも野党であり、リベラル派だった。
ぼくが批判する “専門家” とは、その薬に貼られた(偽の)ラベルだ。センモンカをフォローして「政府は従え!」と叫んでるから、私は意識が高い――そんなヤク中めいた万能感だけを残して、政権批判から内実は消えた。
コロナ禍自体がいちおう終わっているのと、なにより戦争の認識をめぐる対談なので、『Voice』ではこちらの例を出している。
與那覇 進行中のウクライナやガザの戦争でも、片方の味方に付いて「異なる立場を叩く」快楽を味わうために言及する人が、有識者も含めてSNSでは目立ちます。
自分の攻撃性を発散するために現実の戦争を「ソロ代理戦争」に変換してしまう。もはや昭和史を通してすら、戦場のリアリティを学べない時代のツケでしょう。
同誌、201頁
ウクライナ戦争に際し「ロシアをボコボコにする!」で名を売った人が、例の “台湾有事発言” の後では「中国をボコボコにする!」にとらばーゆしてることを、もう誰もが知っている。もちろん国内では、高市政権にAll in だ。
ところがウクライナをめぐって “欧と米” が分裂した結果、いまヨーロッパの首脳は「アメリカにAll in!」の脆弱さに気づき、むしろ中国との提携を深めている。トランプにしても、”高市台湾発言” は別に擁護していない。
中国の習近平国家主席は30日、首都北京で英国のキア・スターマー首相と会談し、地政学的な逆風に対処するため、中国と英国は関係を「強化」しなければならないと述べた。英国首相の中国訪問は2018年以来となった。
(中 略)
ここ数週間、トランプ政権による予測不能な政策が指摘される中、西側諸国の指導者が相次いで中国を訪問し……フィンランドのペッテリ・オルポ首相やカナダのマーク・カーニー首相、フランスのエマニュエル・マクロン大統領が訪中している。
AFP、2026.1.29
高市現象とは、この国における “ゆるいトランプ現象” だが、双方をカクテルすれば「中国をブッ飛ばせるくらいトベる!」と思い込むのは、日本ローカルな依存症であり妄想だ。いまなにより、気をつけなければならない。
さて今回の壊滅を受けて、リベラル派がすべきことは、なにか。
2020年の危機から延々と “読むフェンタニル” をバラ撒き続け、国民の知的・政治的な体力を依存症のようにやせ細らせ、民主主義を「ゾンビ化」した主犯たちを燻し出し、縁を切ることだ。
そして逆に、当時から一貫して「ほんとうの健康」について語り続け、どう(誤った)処方薬への依存から回復するかを考えてきた者に、All inする必要がある。そうして初めてこれまでの失敗の、遅すぎた上書きが可能になる。
たとえばコロナの最初の年から、すべてを見抜きこう書いてきた人物が、筆頭になる(苦笑)。
人を不安に陥れて動かすには、凶器があれば十分で、言葉はいらない。しかし人を安心させるには、言葉が必要になる。
それも誰でも使えるテンプレートのように幼稚な用い方ではなく、その人なりに社会の中で揉まれ・磨かれ・習熟されたやり方で、言葉を使わなくてはならない。
2020.12.28
『歴史なき時代に』442頁にも再録
この後にも、いまから1年と少し前に、ぼくはこのまま行くとどうなるか、警告を発した。それを嘲笑い、センモンカの看板に群がり「バズり」の利権を漁り続けた “自称リベラル” も、やっと意味がわかっただろう。
コロナでもウクライナでも、知的な権威だったはずの専門家がまちがえて、大手メディアの全体がそちらに引きずられた。そんなことは、少しでも自分の頭で考えていれば、すぐわかる。学歴も社会経験も関係ない。
(中 略)
〔反省を〕行わずに居直る勢力への報復が、今後さまざまな形をとるだろうと思う。今回の知事の再選に、一票を投じた世代の「ざまぁ!」の声を聴くとき、彼らの復讐はすでに感受されている。それこそが日本の暗雲である。
2024.11.20
3日前の斎藤知事再選を受けて
これだけの議席を得て衆院を解散する動機はないから、次の国政選挙は2028年7月に来る参院選となろう。つまり、あと2年半は大きく民意を示す機会すらないまま、「いいから黙って全部高市に投資」する状態が続く(涙笑)。
これが、”まちがえたリベラル” の作った政治だ。”反省しないリベラル” の作った社会だ。”改めないリベラル” の作った日本だ。
彼らがゾンビにしてしまった日本の民主主義が、このまま皮膚が腐りやがて心臓も止まるのに任せるか。それともふたたび健康を賦活して、人間らしい国民大の身体を取り戻すことができるのか。
今日から2年半が、最後のチャンスである。
(ヘッダーほかは、世界一有名な文字どおりの「ゾンビ・タウン」。ロキノンのサイトより)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年2月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。