黒坂岳央です。
筆者は基本的に「昔はよかった」という考えは支持しない。これが出るようになるのは「老人の始まり」だと思っているし、あらゆることはほぼすべて「昔より今がいい」と強く感じる。
しかし、そんな自分でも「これは昔の方がよかった」と思うことが一つだけある。それは、「昔は今ほど考えなくても気楽に生きられた」ということだ。
現代人は、あまりにも多くのことを考え続けている。便利になったはずなのに、なぜか頭の中は以前より忙しい。

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現代人は24時間、一生考え続ける
ここ数年の社会の変化を振り返るだけでも、目まぐるしいものがある。昔から世界はよく変化していたが、さすがに度を超えている。
2020年のコロナ禍がようやく落ち着いたと思ったら、今度はインフレと円安が始まった。次に金利の上昇が起きて海外では戦争や地政学的な緊張が続く。生成AIがブームになったら、今度はサイバー攻撃や個人情報漏洩のニュースが毎日飛び込んでくる。
そしてこの記事を書いている時点では「AIが仕事を奪うどころか人類が滅亡する」みたいな話も出てきてわけがわからないことになっている。今日はPHPの脆弱性で世界中が大騒ぎだ。
筆者はサイバーセキュリティの研究者になりたいわけでもないのに、ハッキングから身を守るために資格までとって勉強し、色んなデバイスを買うことになった。
結果としてはITに詳しくなれたが、こう忙しくては目先のタスクに振り回されっぱなしのような感覚になる。
本当に忙しくしたい本業の仕事や家庭以外のタスクが無限に降ってくる現代、あまりの忙しさは考えものである。
考えることが娯楽から義務に変わった
誤解のないように言えば、筆者は考えること自体が嫌いなのではない。むしろ、考えることは本来、非常に楽しい娯楽だと思っている。
知らないことを調べ、新しい知識を得て、自分なりの仮説を立てる。複雑な問題を分析し、答えにたどり着く。知的好奇心を満たすことは、人間にとって大きな喜びの一つだ。
しかし、最近は考えたい、興味があるからではなく、考えなければ大事なものを失うから考えざるを得ない。
例えば、かつては預金だけをしておけばよかった。しかし、インフレが進む現代では、何もしないことにもリスクがある。
株式、債券、外貨など、選択肢を比較し、将来を予測しなければならない。しかも生成AIに質問すれば、いくらでも新しい投資戦略が提示される。どこまで調べれば十分なのか、その判断まで自分でしなければならない。
かつては調べられる情報に限界があった。専門書を何冊か読み、詳しい人に相談し、自分なりに納得できれば、そこで判断を下せた。ところが、AIは何度質問しても答えてくれるので最適解候補は一生出てくる。
これは皮肉な話で、現代の情報技術は、一つの作業を簡単にする一方で、次々と新しい判断を生み出して人々を忙しくする。
「考えなくていい時間」が現代の贅沢
では、現代社会における本当の贅沢とは何だろうか。
筆者は高級車を買ったりタワマンに済むことではなく、ムダに考えることからの解放だと思っている。
例えばお金。ある程度、蓄財ができた人なら経済的不安に思考を染められずに済む。お金があれば、お金について考え続けなくて済む自由を得られる。
仕事も同じで自分に適正のある職につけば、「この仕事でいいのか」と迷うことはなくなる。結婚も同じで「この人と結婚していいのかどうか」という決断から永遠に解放される。
筆者は他人の出す音にストレスを感じやすいため、工事をして家を完全防音にした。それにより、これまでの人生で度々葛藤していた「相手に音を控えてもらうようお願いしに行くべきか?もう少し自分が我慢するべきか?」みたいなことはもう気にする必要性はゼロになった。
「考えなくていい自由」が現代社会の幸福である。
◇
筆者は昔の生活に戻りたいとは思わない。現代の便利さも豊かさも、大いに享受したい。しかし、これほど便利になったのに、なぜ人間はますます忙しく考え続けなければならないのだろうか。
自分は昔に戻りたいわけではない。ただ、昔のように、もう少し何も考えずに生きられる時間を長く欲しいのである。
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