北村さんの「日本封建土候国論」を読んで思うこと - 松本徹三

松本 徹三

北村さんの言われることは全てその通りで、日本人としては、唯々うなだれたくなるばかりです。「官僚が本当にそんなに有能なら、放っておいても『引く手あまた』である筈。従って、官僚の再就職を斡旋することなど不要」と決め付けたくなる北村さんの気持ちも分かります。しかし、長らくアメリカに住み、遠く故郷を思いながらも、結局は悲憤慷慨するしかない北村さんと、日本に住み、この国で起こっていることに責任の一半を持たなければならない私達とでは、少し立場が違います。何かといえば槍玉に上がる「官僚」のことについても、個人としては極めて有能な、実際に存じ上げているあの人この人の顔が思い浮かぶと、私としては、単純に「官僚主導の国政運営」を批判するだけでなく、「この人達の能力を如何にして最大限に利用すべきか」という現実論を考えざるを得ません。


現実問題として、日本では「人材の自由な流通の仕組み」が出来ておらず、ここに諸悪の根源があるように私には思えます。池田先生もご指摘の通り、「官」「民」「学」のいずれもが、頑なに自らの文化の中に閉じこもり、壁を作って相互交流を困難にしています。かつては一つの会社から他の会社に移ることすらもが、あたかも「裏切り者」であるかのように見られていました。同じ会社の中でさえ、部門間の壁が厚く、自由な交流が出来ないということもよく聞きます。「官」の世界は、「省益あって、国益なし」の世界であり、「学」の世界は、「学閥の跋扈する、最もひどい閉鎖社会」であるということもよく聞きます。

ビジネスの世界は優勝劣敗の世界なのですから、もっと合理主義が徹底していてもよいはずなのですが、必ずしもそうはなっていないようです。日本の企業では、どちらかというと「先輩の背中を見て、身体で覚えろ」式が人材育成の中心になっている一方、「社内人脈がなければ、なかなか思ったように仕事が進まない」ということが多いのも事実です。また、どんな企業でも「身内意識」が強く、たとえ「専門知識のある人」や、「仕組みを作っていく能力のある人」が社内に見当たらなくても、「そういう人材を社外からスカウトして、フルに活用していこう」という気風はあまり見られません。

従って、今、仮に有能な中堅の現役官僚が、「後輩への影響力の行使」を期待されての現在の「天下りスタイル」ではなく、「真に能力を買われての民間企業への転籍」を希望したとしても、なかなか希望通りには行かないのが現実のように思います。「エリートは引く手あまたの筈」と北村さんはおっしゃいますが、それは欧米でのことであり、日本では現実問題として「引く手」はあまりなく、その原因はむしろ「民間企業の狭量さ」にあるというのが私の見方です。

現実問題として、一時期各一流企業が競って行っていた「海外のビジネススクールへの留学制度」の結果を見てください。留学した人たちの70%近くが帰国後に退社しているというレポートを読んだことがあります。各企業にすれば、最も有能と思われる社員をわざわざ選抜して、仕事面では明らかにマイナスになることを覚悟の上で彼等を相当期間現業から外し、その上留学に必要な全ての費用を負担した挙句、結果として彼等を失っているのです。これでは、泣きっ面を蜂に刺された上に、唐辛子を擦り込まれた以上の酷い目にあったことになります。しかし、それぞれの事情を聞いてみると、選ばれた社員が「恩を仇で返す」ような「人格的に問題のある人間」であったということでは決してないのです。彼等は彼等で、自らが学んだものと現実の落差に痛く失望し、帰国した時には強く持っていた「改革への情熱」が急速に萎んでいく挫折感のうちに、やむなく退社しているのです。

私から言わせれば、もともとこのような試みは、「社員は会社に従属している」と錯覚していた会社の犯した「単純な間違い」です。本来なら、社員は自らの将来のために、自らの金(または親の金)を投資し(または投資させ)、会社は「よっしゃ、よっしゃ」と言ってそれを利用すべきなのです。そして、各企業は、「年功序列や社内人脈などにとらわれず、能力のある社員に思いきって仕事をさせて、それにふさわしい待遇を与えられる体制を整えた会社のみが、そのような人間を採用出来る」ということを理解して、競ってそのような体制を整えるべきなのです。しかし、現実には、私は未だ何処にもその糸口さえ見出せていません。

オバマ政権誕生と共に8000人の「政治任用スタッフ」(日本では高級官僚と呼ばれる人達)が入れ替わり、このポジションを狙って30万人にも及ぶ人達が応募しているということを知った私は、「一体このような人達は何処から何処へと動くのか」ということに深く興味を抱き、昨年12月29日付のブログでそのことを書きました。これに対し、北村さんは、1月30日からはじまる3回にわたる彼のブログで色々なことを言ってきてくれましたが、「精神論は分かったから、現実的な具体案を出してよ」と私がせっついたので、ついに2月22日のブログの後半で、彼自身の大胆な具体案を出してきました。率直に言って、日本に住む私には、このようなこととても現実的とは思えませんが、「矢張りそこまで徹底的な構造改革を考えなければならないのかなあ」という気はしました。

それにつけても「日暮れて道遠し」と感じる毎日ではありますが、辛うじて手の届きそうな切り口として、私は以下の四つのことを考えています。

1. インターネットを通じての「言論」(まだまだ道は険しそうですが、「この『アゴラ』が、その開拓者の一角になれればいいなあ」と考えています。)

2. サイバー大学(または大学院)

3. 取り敢えず全ての官僚に登録を義務付ける「ハイレベルの求人・求職サイト」

4. 経団連などが支援する、各企業の「人事政策の新しいガイドライン」

2)と3)と4)は若干相互に関連しますが、その概要については日をあらためて論じてみたいと思います。

松本徹三