福祉社会主義の夜明け - 不動衡一郎

アゴラ編集部

池尾和人氏が、ここの記事で、サービス業への転換が進まない問題と、その解決策として、医療・介護に代表される福祉の自由化(及び価格引き上げ)を提案しておられますが、私としては、福祉がこの国の中核産業となることに不安を覚えるものの、適正価格の評価という論点では同意いたします。また、そういった提案は政府・民主党の政策方針とも一致し、世の流れに逆らったものでもないと思います。


しかし、当然ですが、それには財源が必要です。基本的に医療や介護といったものは、全員が必要とするのではなく、主に老人ですが、老人の中でも必要とする人とそうでない人に分かれます。そういった中で、価格の適正化と、バウチャー給付を充実させれば、高福祉高負担の「福祉社会主義」への傾倒が強まるのは必然ではないかと思います。

「福祉社会主義」が良いか悪いかの評価は後生に譲るとして、北欧・東欧の福祉社会主義国が高福祉の実現と、低貧困率を実現している例に鑑みると、また昨今の格差拡大への反感という世論や、バウチャー制度は脱官僚を促すという点からも、色々と都合の良い方向性なのではないかと思います。また、福祉政策(及びその他のサービス業)は人的な依存が大きいため、インフラ整備などよりも、乗数効果が高いといわれます。

しかし、医療や介護を推進する際の、負の面にも目を向けていかなければならないと思います。

まず、財源の議論は避けられないものになるでしょう。消費税を上げるのか、所得税を上げるのか、もしくは奇策的な財産税や貯蓄税を設けるのか、より奇策的なインフレ税を徴収するのか。昨今の国の財政事情の中では、興味深い点でもあります。

また、医療を推進するとした場合、労働力及び財源を確保した場合にも、「人材」の問題が発生します。要するに医者不足です。医者をどのようにして増やすのか、少子社会では特に人材の転換が難しいのではないか。他の産業へ人材不足のしわ寄せがいくのではないか。という懸念があります。
もちろん、医者の質を下げても良いのなら、人材確保も可能かもしれません。また、医者の育成にも財源が必要となります。

そして、介護疲れという問題が起きていますが、それは介護を事業化したとしても解消されるものではありません。介護サービス従事者にとって精神的・身体的負担は甚大で、負の蓄積が起こり、若年性認知症の増加などが社会問題化する懸念もあります。この点では、長期的な健康増進という観点で見た場合に、逆効果になる可能性もあります。

また、介護は医療と違い、基本的に家族でも可能で、事業体を介さないことによる効率性や、家族介護による精神的厚生の改善が見込まれるため、バウチャー利用で家族に介護の報酬を支払うといった選択肢も議論されるべきではないかと思います。