新年早々のワシントンポストの論説記事はネオコン達で占められた。チャールズ・クラウトハマー(評論家)が、「オバマの許さなかった対テロ戦争(A terrorist war Obama has denied)」と題する論説を掲載、オバマ大統領のテロリズムへの姿勢を「内向きへの傾斜」と批判したのだ。オバマ大統領は、就任以来、彼の演説において、「対テロ戦争(Global War on Terrorism)」という言い方を極力避け、「暴力と憎しみのネットワーク(reaching network of violence and hatred)」という表現で国際テロを言い表してきた。今回のアルカイダ系組織による米機爆破未遂事件でも、その表現は変わらず、イエメンへの直接報復さえ否定した。クラウトハマーはこれを批判する。曰く、「オバマは対テロ戦争を終了したつもりだったが、残念なことにアルカイダはそうではない。」「オバマは結論を急いではいけないと、フォートフッド基地乱射事件の際に言ったにもかかわらず、犯人を孤立した過激派と断定した。」「あまつさえ、犯人の出身国を(直接の報復攻撃をしないと)「安心」させ、犯人を敵性人員としてではなく、刑事事件の被告とした。お陰で犯人はテロ情報を話すことなく沈黙している。」「外国では無人攻撃機で攻撃するのに、国内では敵から刑事事件の被告になる。尋問に答えなくてもよくなる。」「ジハード戦士は、他の過激派と違ってグローバルな存在であり、公然と米国との戦いを約束されている」と。つまり、オバマ政権は対テロ戦争が終了していないことを認めて必要な対策をとれ、とクラウトハマーは主張しているのだ。
ワシントンポストは、こうした米国の「内向きへの傾斜」を批判する論説を、同じくネオコンであるウィリアム・クリストル(『ウィークリー・スタンダード』編集長)にも書かせている。クリストルは、「イランの正義のためのデモ闘争に対して、傍観者でいる米国(In protesters’ fight for justice in Iran, U.S. stands on the sidelines)」と題し、オバマ政権のイランへの内政不干渉政策を批判した。その趣旨は、「自由主義国は普遍的権利を認める傾向にある。」「しかし、現在、イランが米国独立宣言の主張を認めないていないと断じることが出来よう。」「モンタゼリ師の議論が聖職者の間で敷衍し、イラン現体制は人気だけでなく、神権的正統性すら失ったようだ。」「しかし、イスラム法学者と共和国防衛隊は、簡単には政権維持を諦めない。イランの人々は、まさに援助を必要としているのだ。」「にもかかわらず、(建国の父たちの精神にそむいて)合衆国は、イランの人々が恐怖と圧制の政権を変えるのを、レトリック上、具体的、外交的、経済的、公的、秘密裏に、多角的、一方的……のいずれの手段でも助けようとはしない。」「2010年のイランの体制転換。現在、それは信じるにたる変化と言えよう。」といったものである。つまるところ、これも何故イラン国内の民主化運動を米国政府が一切の手助けをしないのか、という米国の「内向きへの傾斜」を批判するものである。
正月早々からネオコン達が苛立つのには、理由がある。特にクラウトハマーは、3年前のワシントンポストの論説で、オバマを「イデオロギー対立によって米国が疲弊した今、彼は、それに打って付けの一級の知性と一級の気質の双方を兼ね備えている」とべた褒めする等、オバマに対してネオコンらしからぬ好意的な態度を示していた。その彼が失望を隠さずに手厳しい批判を繰り返す理由とは、米国社会がエリート層を含めて、外交政策における「内向きへの傾斜」に向かっているからだ。彼らの苛立ちはここにある。こうした「内向きへの傾斜」を実証しているのが、英エコノミスト誌が、昨年12月10日に発表した世論調査である。この世論調査は、著名な外交誌『フォーリン・アフェアーズ』の刊行などで知られる外交問題評議会(Council on Foreign Relations)と共同で実施され、米国市民2000名と外交問題評議会に所属する642人の専門家・実務者が対象とされた。いわば、外交における一般層とエリート層の意識調査と言えよう。これによれば、民主主義を海外に敷衍することが米国外交における優先事項である、という意見に対して、外交問題評議会のメンバーは、911直後は44%が賛成していたのに対して、現在では、たった10%しか賛成していない。また、人権の擁護が外交における優先事項と考える外交問題評議会の人間も43%から21%と半減している。米国が発展途上国における生活水準を改善すべきと考えている有識者も35%になってしまった。
一方、一般層の調査結果では、米国が自国の課題に専念すべきで、他国については彼ら自身でベストを尽くせるようにさせてやるべき、という意見について49%が賛成している。これは2002年12月の調査が30%だったのに対し、大きく増加している。つまり、米国の一般世論の半数が対外関与を軽減したがっていると言えよう。ちなみに、興味深いのは中国に対してであり、外交問題評議会のメンバーで中国を脅威と考えているのが、38%から21%に減少したのに対し、一般層は、53%が中国が大きな脅威として考えているという。そして、外交問題評議会のメンバーの間では、英国が将来的に同盟国として重要だと考えているが10%なのに対して、58%が中国、55%がインドが連合相手として重要になるだろうと考えているという。
このように、ネオコン達が苛立つのには、深刻な内向き思考が米国の上下を問わず覆っていることに起因していると言えよう。では、そのことのインプリケーションとは何か。ここでは、2点ほど指摘したい。
第1は米国外交の方向性に対してである。短期的な現象で、長期的な減少を論じることは厳に戒めるべきだが、少なくとも、米国のエリート層と一般層の間で、対外関与への強い忌避が存在しており、それがオバマ外交の足かせになっていることは間違いない。実際、昨年8月にマクリスタル司令官がゲーツ国防長官に増派要求をしてから、決断までに4ヶ月も掛かってしまっている。これはブッシュ大統領が直接的な決断に1ヶ月程度しかからなかったのと対照的である。また、外交エリートの間で、対外関与の負担を中印と分かち合いたい、という傾向が出てきているとも言えよう。勿論、これらは現状の状態が続いた場合の分析であることは言うまでも無い。
第2は、日本外交に対してである。こうした米外交を支える基盤が「内向き」に向かっていることを踏まえた視点で、日本外交なり対米政策を考える必要になってきているということである。「東アジア緊急コメ備蓄事業」や「COP15交渉」で先駆的構想を有しながらも、交渉力と主導力をまったく発揮できなかったのは、日米関係の軋みにあることは明らかである。自立の準備をせずに、覇権国から何も考えずに自立した国を相手にする国はいない。少なくとも対米関係が悪化した国家に、米国への影響力は期待できないし、積極的に関わりたいインセンティブは存在しない。日米関係の「現状」での重要性は、このように戦略的には必然といえるが、だからといって、単に民主党政権の逆に、ただ米国に対して同盟協力を闇雲に行えばいいというわけではないことを、米外交を支える基盤が「内向き」になっていることは示唆している。つまり、自民党的なただ同盟協力をしても米国の世論自体が上下を問わず内向的になっているので効果は薄く、日本国内の対米感情を悪化させ、ひいては同盟の基盤を損なうだけに終わりかねないということだ。勿論、民主党的な国家戦略も同盟運用も存在しない同盟運用では、同盟を事故死させかねないのは言うまでもない(1)。だからこそ、こうした、「内向き」になりがちな米外交を日本にとって少しでもよりよい形に仕向けていくための、交渉材料として同盟協力を戦時なり平時に戦略的に積み重ねていかなければならないのである。もっと言うならば、オバマ大統領が、こうした国内世論を乗り越えて増派に踏み切ったように、我々も米国の東アジアへの関与を日本(沖縄を含む)にとって少しでも都合の良い形にしていくために、こうした米国国内の世論を、乗り越えていくための対米政策が今後の日本外交に望まれる。
(1)普天間基地移設問題が突然発生し、鳩山首相が突然日米関係を破壊し始めたかのような意見が、最近多く見られるが、実際はそうではない。それは最近になって注目しただけの浅い見方でしかない。確かに、鳩山政権は日米関係を悪化させているが、その悪化する基盤を作ったのは自民党政権であることは忘れてはならない。普天間基地移設問題だけにしても、もっと早く移設を実施することが出来たことだけでも、その根拠になる。実際、自民党政権時代から日本の同盟運用に問題があったというのは、日米の専門家の多くが一致する見方である。