オールド・ケインジアンの不満 - 『なにがケインズを復活させたのか?』

池田 信夫

★★☆☆☆(評者)池田信夫

なにがケインズを復活させたのか?
著者:ロバート・スキデルスキー
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2010-01-21
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著者は、ケインズについての大部の伝記を書いたケインズ研究の第一人者だが、経済学の専門家ではない。率直にいって本書のケインズ理解は古く、新古典派経済学への批判も類型的だ。原題は”Return of the Master”だが、実際には著者のいうような意味でケインズが復活したわけではない(悪趣味な副題も読む気をそぐが、これは著者の責任ではない)。

2008年の金融危機以降、欧米で行なわれた大規模な財政政策の効果は疑わしく、その主要な効果は信用秩序の維持だったと思われる。この点で大恐慌に対するケインズの処方箋は決定的に間違っていたのだが、著者はフリードマン=シュワルツ以来の金融政策についての研究にもほとんど言及していない。

ただ著者もいうように、ケインズはヒックスによって均衡理論として解釈されたIS-LM図式に強く反対していた。サミュエルソンの教科書で普及した「俗流ケインズ経済学」は、不確実性を重視したケインズの思想とは無縁なものであり、それが没落したことはケインズの責任ではない。それに代わって出てきた「合理的予想」(訳者はあえて「期待」という訳語を使わない)が非現実的で、ケインズとは対極にあることも事実である。

しかし実証的に検証できない点は、ケインズ理論も同じである。国会の珍問答でも明らかになったように、ケインズのいう「乗数効果」なるものは現代では存在せず、過去にもなかった疑いが強い。人々は、新古典派が想定するほど合理的ではないが、ケインズのいうほど近視眼的でもなく、価格の変化に対応して行動を変えるので、価格を一定と仮定するケインズの理論は役に立たないのだ。

人々の行動を分析する上で、歴史や哲学などの勉強が必要だという著者の指摘は正しいが、それは現在の経済学界では学問的な業績とはみなされない。マクロ経済学は、定量的に検証可能な結論を出すことに特化したからである。ケインズは計量経済学を軽蔑していたが、職業としての経済学者にとって大事なのは、政策としての有効性ではなく学界での出世だから、この傾向は変わらないだろう。人々が社会正義ではなく利己的インセンティブによって動くという新古典派経済学は、やはり正しいのである。