民主党の論調に限らず、世間一般で、「小泉―竹中改革は誤りだった。あの改革が経済を破綻させ、世代格差を広げ、日本を滅茶苦茶にしてしまった」という考えが何となく広がっているように思えます。「規制緩和」については、さすがにこれを「悪」とする論調はないようですが、一向に語られなくなってしまったのは事実のようです。
私はタクシーに乗る機会が多いのですが、過去にもう5回ぐらい、色々な運転手さんが小泉さんのことをクソミソにこき下ろすのを聞いたことがあります。最近聞いたのはこういう話でした。
「やっと来月から車の数が減ります。民主党がやってくれました。これで客待ちの列も少なくなり、我々もまともな生活が出来るようになります。小泉さんがタクシー業界から金を貰い、業界と結託して自由化をしたので、車が滅茶苦茶に増えてしまったのです。運転手の給料は歩合制なので、皺寄せは全て運転手に来て、会社は利益が増えました。小泉さんはアメリカからも金を貰って、沖縄の人を犠牲にしたのです。」
この運転手さんの口調は大変滑らかだったので、恐らく私だけではなく、過去に1000人以上のお客に同じ話をしているのでしょう。一方、私だけでも過去に5回もこういう話を聞いたのですから、恐らくそういう話をする運転手さんは、東京だけでも100人はくだらないのではないでしょうか? そうなると、東京だけで、延べ10万人以上の人が、こういう話を聞いている可能性があるということになります。
私は勿論こんな話を鵜呑みにはしませんが、多くの人達がかなり鵜呑みにするのではないでしょうか? そうなると相当宣伝効果はあるということになります。
この運転手さんには私はあえて反論をしませんでしたが、別の機会に、別の運転手さんに私の方からこの問題を持ち出してみました。この運転手さんも、タクシーの数が減ることについては歓迎しているようでしたが、特に嬉しそうでもなく、私が「でもこれで失業して路頭に迷う運転手さんもいるのでしょう?」と水を向けると、「そうですね。私の会社では50台減ることになるので、130人が職を失います」と、若干さびしそうに答えました。
タクシー行政のことをネットで調べてみると、共産党の国会議員団が2008年9月26日付で中山国土交通大臣(当時)宛に出した「タクシー政策の改定に当たっての日本共産党の提言と要求」と題する書簡の冒頭部分に、小泉さんをこき下ろした先の運転手さんの言い分と同じようなことが書かれています。(勿論「タクシー業界から金を貰った」等とは書いていませんが…。)
そもそも、改革と言うものには試行錯誤がつきものですから、「マイナスが出ないようにやり方を十分吟味する」「予期せぬ問題が生じたり、環境が変わったりすれば、迅速に修正する」「効果が出るのに時間がかかるものについては、国民に対して、継続的に且つ丁寧に経過報告を行う」「基本的な思想と信念が理解されるように、繰り返しそれを語り続ける」等々の努力が必要なのですが、小泉さんの不幸は、後継者達がこれを十分にやった気配がないということです。
米国のブッシュ政権の失政も不幸でした。(尤も、小泉さんはブッシュを盟友としていたわけですから、これについては「不幸」と言うのはあたらないとは思いますが…。)
「アメリカ発の金融バブルの破綻」は、「金融工学」などという「単なる技術」が、あたかも「これまでのルールを変えるもの」であるかのようにもてはやされ始めた時から、或る程度予測出来たことでした。しかし、これを、「市場(原理)主義の本質的な問題の結果」と考える人達を大量に生み出してしまったことは、不幸としか言いようがありません。
勿論、当然来るべき破綻を予測できず、これを放置したブッシュ政権の不手際は許されるものではありませんし、それ以上に、「バブルはいつか破裂する」という「古今東西を通じて誰一人知らぬ人はいないであろう原理・原則」をついつい忘れ、最後の最後まで「自分だけは破裂の前に逃げ出せる」と信じて踊り続けた人達の浅はかさも、あらためて噛み締めなければなりません。
しかし、日本の「特異な資本主義」を「普通の資本主義」の方向へと若干修正しようとした「ささやかな改革」が、「アメリカ発の金融バブルの破綻」と同一視されて、「見ろ。市場(原理)主義は誤りだったじゃあないか。あんな規制緩和はやるべきじゃあなかったのだ」と言われる結果となったのは、小泉さんや竹中さんにとっても、日本国民全体にとっても、極めて不幸だったと言わざるを得ません。
では、これからどうすればよいのでしょうか? 私の望みは、野党でも与党でもよいですから、もう一度「規制」の「総見直し」をして欲しいということです。一言で言えば、「過去の規制緩和」のプロ・コンの「レビュー」と、「これから行われるべき規制緩和」のプロ・コンの「分析」です。
未だ極めて小さな勢力であるにもかかわらず、相当多くの人達の期待を集めている「みんなの党」の政見をあらためて引き合いに出すまでもなく、「経済成長」なくしては、「雇用の拡大」も「格差の是正」も「福祉の向上」もありえないのは自明の理です。
例えば、単純にタクシーを減車してみても、職を失わなかった運転手の生活が若干よくなる見返りに、職を失う人達も生み出すのですから、「雇用」は却って縮小し、「格差」は却って拡大することになります。必要なのは、種々の「自由化」にも耐えられるような経済成長の持続と、マイナス面を生じさせないような木目細かい「自由化」です。
そして、「規制改革」は、「経済成長」の万能薬ではないにしても、有効な方策の一つであることは間違いないのですから、この際、「過去の小泉―竹中改革の是非を問う」といった不毛の議論はさておき、「新しい観点からの規制改革」に、与野党の別を問わず真剣に取り組んでもらうことが必要と考えます。
コメント
このようなお話を聞くと、いつも思うのは、
「『需要と供給』ということを理解している人が少ない」という事です。
タクシー業界の話も、自由化により台数が増えました。これは、「参入すること、車の台数を増やすことで利益が出る」という判断をしていると考えます。
しかし、実際には「台数を増やすだけ需要があるのか?」「増やしたことで1台辺りの利益が減るがそれでOKなのか?」ということを、しっかりと考えていないということです。
また、運転手側でも労働に対して価値を求めている風潮があり、需要があるのかを根本的に考えていない。なので、安易に運転手になろうとする。(以前もアゴラのコメント欄で、労働に対しての価値を主張し、需要がなければ労働をしても価値がない事を否定する方がいらっしゃいました。)
このように、基本的な事を「考えない」「考えれない」のは、根本的な教育にあると思います。やはり、中高レベルで需要と供給をしっかりと教育する必要があると思います。
まぁ、徒競走でみんなで同時にゴールするとか、そんな競争力がない教育を行おうとする、今の大人が病んでいるのでしょう。
規制改革は是と考えますが、小泉―竹中路線に象徴される旧政権によって、社会が決定的に空洞化したことは如何お考えになりますか? たしかに生活を守るために経済は重要ですが、わたしたちはこころを持った生き物なのです。
>renpooさま
「小泉-竹中路線によって社会が空洞化した」とは、何を指し、また如何なる事象からそのことが証明出来るのでしょう?
尚、アゴラに投稿されるのであれば、過去の松本氏の投稿にも目を通されることをお勧めします。
> renpooさま
codebluelineさまと同様の疑問を持ちました。
空洞化というのはどういったものを言うのでしょうか?
家族や地域の結び付きといったもののことでしょうか?
同様の主張をされる方はたくさんいらっしゃるのですが、空洞化や社会の荒廃が小泉・竹中、両氏によってもたらされたという説得力のある論理をいまだに拝見できておりません。
私は、今20代の半ばです。小泉政権の誕生は高校1年のときでした。
私見ですが、小泉政権を誕生させた時も大きな閉塞感が漂っていたように記憶しています。
小泉・竹中、両氏を批判するならば、変えすぎたことではなく、変えられなかったことを批判するほうが妥当であると考えています。
そうは言っても、それまでの政権やそれ以後の政権(鳩山政権を含む)と比較した場合、数段優れている内閣であったと感じています。
bakawebさんの前半の意見に同意します。
規制緩和によってタクシー業界は良くなったのか?需要がバブル崩壊から落ち込み続けたところに、供給を増やす働きかけをしたに過ぎないでしょう。むしろデフレを促進させましたね。タクシー業界はもともとグローバリゼーションの波が押し寄せていたわけではないのだから、規制緩和によって国際競争力が高まったわけでもない。規制緩和がダメなのではなく、規制緩和を行う業界を間違えたように思います。
航空業界の規制緩和(オープンスカイなど)なら話は全然違ってくると思います。
> codeblueline さま
> jogmec63 さま
まず松本氏の発言を継続的にフォローできていないことに謝ります。
ですが、基本的に小泉竹中路線というものは劇場を演出することには長けていたけれど、実体をろくに伴っていなかったという認識です。
これは地元に40年近く住み、その街の推移を眺めての生活実感から申してます。わたしはこの日本社会がマネーを偏重したが為に、コミュニティーの包摂性を失いつづけて、かなり危険な領域に達しつつある、という認識です。
ですが、わたしは就職氷河期第一世代で、しかも極端に不条理なイヴェントに遭遇した所為で精神分裂病を患うような特異な人間ですので、それなりにバイアスが掛かっていることは御承知下さいませ。
余談ですが、どうしてもイラク戦争を真っ先に支持した小泉元首相は評価し得ません。大量化学兵器はなかったのです。それにサダム・フセインを育てたのも、オサマ・ビン・ラディンを育てたのも冷戦構造下のアメリカだと聞きます。まあ、謀略史観ですが。このことがどうしても小泉氏を評価し得ぬ理由です。
このタクシー問題についてはオリックスの振る舞いについてもあれこれと話題に上ったものですね。
>私見ですが、小泉政権を誕生させた時も大きな閉塞感が漂っていたように記憶しています。
そのとおりです。もっと正確にいうと閉塞感だけでなく、危機感も強かった。「危機」「破綻」という言葉を見ない日はなく、現実に銀行や生保が破綻していました。
そこで、小泉政権下で不良債権処理が(強いバッシングのもとで)進められ、その後数年はGDPは2%成長を続け、失業率も低下し、「危機」「破綻」という言葉を見る機会はほとんどなくなりました。
カプランの『選挙の経済学 投票者はなぜ愚策を選ぶのか』に“現状悲観バイアス”というのが触れられています。現在の問題は過大評価し、それが解決されると過小評価する、というものです。
今日の状況は、その残念な実例を示しているようです。
もっとも松本さんの「世間一般」がほんとに世論と一致するかどうかは疑問が残ります。タクシー運転手や土建屋に聞いて、小泉政権を評価するわけない(笑
>余談ですが、どうしてもイラク戦争を真っ先に支持した小泉元首相は評価し得ません。大量化学兵器はなかったのです。それにサダム・フセインを育てたのも、オサマ・ビン・ラディンを育てたのも冷戦構造下のアメリカだと聞きます。まあ、謀略史観ですが。このことがどうしても小泉氏を評価し得ぬ理由です。
イラク戦争については私は語れるほどの見識がないので、コメントができないことをお許しください。
ただ、イラク戦争がどうであれ、不良債権をきっちり処理し、OECD平均を上回る成長を成し遂げ、数多くの人に雇用を提供したことは確かであると思います。
評価は是々非々で行うほうが妥当であると思います。
現在の民主党は、小泉批判のあまり、適切な政策まで否定していることが非常に危惧されます。
> jogmec63 さま
ではこういうことは如何ですか?
あまりにも遅れに遅れ続けていた不良債権処理を断行したのは、一期間は企業業績が戦後空前という企業業績を演出し(随分と外資による買収対策で内部留保に消えたようですが)、数多くの、一般的な才覚の人々への雇用を産み出し……それはたしかに小泉竹中政権の≪功≫です。はっきりと認めましょう。
ですが、A4 ペラ紙一枚にまでまとめられたレポートにしか目を通さない宰相。
当時、こういう風聞が立っていましたが、この風聞が象徴するようなことについては如何です?
> 現在の民主党は、小泉批判のあまり、適切な政策まで否定していることが非常に危惧されます。
というか、ここまで政権ハンドリング能力が育っていなかったとは困ったことです。
別に中選挙区制に戻したり、ネット選挙を解禁したりして、ヨーロッパ的な連立政権主導にしたり、とか政治的にはいろいろ考えられるでしょうが、きちんとした政権交代を実現できてなかった日本国(それでも古き佳き自民党には派閥間擬似政権交代はあった訳ですが)。自分たちと思考パラダイムの違うアングロ・サクソン型の2大政党制を導入すればいい……なんて、ほんとうに良かったんですかねえ? なんか宗主国の、浅薄な横やりが入っている気がしますねえ。まあ、小沢氏もそれには大いに咬んでいるわけですが。
まあ、国家最大の暴力機関である政府が生体システムとしての健康を損なうと、こういうことになりましたね?という大きな説話になるのでしょう。後世の。
さいわい小泉元首相は名高き「入れ墨議員」のお孫さんでいらっしゃる。ヤクザが議員になるのも意見の多様性の観点から結構なことです。でも御本人自身もいろいろと黒すぎる風聞が湧くほどの方。国内的には功もありましょうが、国際的には罪も大きい……そのような人物評をせざるを得ません。「自衛隊の派遣地域は戦闘地域ではない!!」――はて、あの頃からすでにイラクは内乱国です。自衛隊員も殺されてこそいませんが、自殺者は出ていると聞きます。
済みません。
しがない絵描きの私見です。
御寛恕の程を…。
>wonder_opportunity氏
すいません。私の言い方に問題がございました。
私は「規制緩和をした」ことが悪いというわけではなく、「規制緩和されたのに、緩和前と同じ事をしていて文句を言う」業界側に問題があると思います。
規制緩和の一番の目的は、そのサービスを受け取る「客」にメリットを出す事です。決して、その業界内の人を『すぐ』に良くするためのものではありません。競争を促すのですから、切磋琢磨しなければすぐ捨てられます。
そこでの問題は、「規制緩和」されサービスの向上を行えば、飛び抜けて勝てる要素があるのに、基本的な経済への理解が少ない為に効果がでなかったことです。
なので、日本では小・中・高と基礎教育レベルで、根本的な経済の仕組みを理解するための知識を教え得るべきだと思っています。
しかし、その教える側が「競争しないで仲良く」という訳の分からない事を言っているので、「病んでいます」ということです。
「最大化するものは消費者の効用。企業の利益ではない」という基本的な理解がタクシー業界にはなかったという事です。
ちょっとアンフェアな言動でした。
お詫びに。
ただ、郵政民営化もドメスティック内の問題とは言い切れないのです。こういった観点からも小泉改革を考えてみるのは如何でしょうか?
以上、お目汚し失礼しました。