国債利回りが“今”低いから「大丈夫」って、本当?!   ―前田拓生

前田 拓生

現在、日本国債の利回りは1.30%を若干下回る水準にあり、しかも近年(多少の上下はあっても)世界的にみて、非常に低い金利になっています。これだけ「財政規律が守られていない」「政府債務残高が高すぎる」と言われながら、また「さらに財政赤字が増加する」という状況になっているにも関わらず、日本国債利回りが上昇する気配は見えず、逆にジリジリ下がっているというのが現状です(利回り低下⇔国債価格の上昇)。

財政規律等の問題は後で話すとして・・・

日本国債利回りが、今、「ジリジリ下がっている」のは、日銀も金融緩和を続けているのでインターバンク市場においては資金的に余剰感があるものの、国内には前向きな資金ニーズがなく、また、為替変動等を考慮した場合、新興国を含めて他国へ流出させてまでリターンを求める気にもなれないということから、邦銀を中心に日本国債を買っているということが原因だと思われます。つまり、「危ない」と言われても日本国内であれば「日本国債」は、名目上、無リスク資産になるので、BIS規制にも問題はなく、ディーリングも行うことができることから運用資産としても有効ということなのでしょう。

では「このまま低い状態が続く」と考えて良いのでしょうか?

もし、「このまま低い状態が続く」ということなら「(国債利回りは)これだけ低いし、上がる気配がないのだから」ということを根拠にして「もっと国債を発行しても大丈夫」「財政出動をして景気を支えるべきだ」という話をする人々の意見も頷けます。

ここで「このまま低い状態が続くか否か」は、今後、「国債が破たんするか否か」に関係します。つまり、今時点で日本国債利回りが低いのは「他に投資対象が見当たらないから」なのでしょうが、今後も「買うか否か」となると、将来的な「財政規律の問題」が重要になってきます。

ということから考えると・・・

そもそも「国債」は「国の債務」という意味ではありますが、ここの「国」とは「政府」の意味なので、政府が責任を持って返済すべきものということになります。したがって、政府に返済できるだけの税収がなければ“破たん”することになります。ところが、政府債務が「邦貨建て」である限り、政府には「徴税権」があるので、政府債務の返済に対して税収に問題があれば「増税をする」ことによって対処できることになります。

そういう意味で日本国債に関して市場では「日本人は所得が高いので、まだ、増税余地がかなりある」とみているように感じます。このような「安心感」が「現状程度の政府債務残高であれば問題ない」という雰囲気になっていると思われます。つまり、将来における「増税」は、市場ではすでに織り込み済みであり、だから「大丈夫」として「日本国債を購入している(利回りが低下している)のだ」ということなのでしょう。

したがって市場では、“すでに”「増税」が見込まれているので「利回りが低い水準で落ち着いているだけ」ということになります。なので「だから、国債を発行しても大丈夫」「財政出動をして景気を支えるべきだ」というのは非常に危険な話であり、政策の議論という意味では疑問を感じます。

すでに「危険水準」なのですから、これ以上、増税(または、予算の規模削減の)議論がないまま財政を拡大させる話になれば、市場は「話が違う」ということでパニック症状に陥る可能性も否めません。一旦、市場がパニック症状に陥れば、人為的に云々できるものではありません。さらに国債利回りは当該国の基準となる金利ですから、これが上昇すれば、様々な金利がすべて上昇することになるため、国民生活に大きなマイナスの影響を与えることになってしまいます。

他方、「国債を発行しても大丈夫」「財政出動をして景気を支えるべきだ」という人々の中には、増税をしなくても、中央銀行を巻き込むことができれば、理論上、返済に懸念はなくなるので、この場合、「破たんなどということを考える必要はない」という人がいるようです。

つまり、中央銀行に通貨をドンドンと発行させ、それで当該国債を(間接に、または、直接に)引受させれば、政府と中央銀行だけの債権債務の関係になるので、中央銀行が無理やり返済を求めない限り、しかも、財政ファイナンスを続ける限り、国債は破たんしない。だから、日銀を巻き込んで「うまく」やれば、何の問題もなく、景気浮上を達成できると考えているようです。

まぁ、これは論外でしょうね。一例を挙げれば・・・

国債にはクーポンが付いているので、今のまま借り換えを続けても、徐々に政府債務残高は増加することになります。したがって、税収のうちの国債利払い費は徐々に増加する形になるわけですから、増税しないことを前提にすれば、いつかは「税収=国債利払い費」という金額になった段階で「借換債」さえ発行できなくなってしまいます。況して、これから「増発する」となれば、「税収=国債利払い費」となる時期が、なお一層早まることになり、破たんが近づくだけです。

つまり、日銀に国債を(直接であろうが、間接であろうが)引き受けさせたとしても、返済のための増税の実施時期を「遅らせる」だけであり、返済を免れるという話ではありません。しかも、現状の日本経済が、1970年代のような高い成長率を期待できるのであれば、政府収入(税収)の増収が見込まれますが、そのような可能性は非常に低い状況において「借金を増やす」という選択は無謀としか言いようがないと思います(日銀の資産になっている国債を「償却」してしまえば「政府は返済を免れることができる」という話も聞かれますが、これは「通貨価値の安定」というような話を持ち出すまでもなく、「議論の対象外」といえます)。

さらに「通貨価値の急激な低下」を招く可能性もあり、その点も懸念されます。

以上のように「国債利回りが低い」ということが「だから財政拡大は大丈夫」とはならないわけであり、政策的な問題として「財政規律」を踏まえた議論を進めるべきであると私は考えています。そういう意味で、このところ、菅財務大臣などが「増税の議論」に積極的になっているのは良いことだと思っています。

ただ問題は「増税をして子育て支援の財源に」という話になっていることが気になります。民主党は「おカネはあるのです」「埋蔵金を探したり、仕分けをすれば、大丈夫!」と言い続けてきたので、国民は「おカネがあるなら、やればよい」と思っているだけなのではないでしょうか。増税してまで「子育て支援」というのは話が違うと思います。

しかも財政規律問題は、今、世界的な関心事になっているのですから、「マニフェストをやりたい」という議論の前に、政府債務残高の問題に対して明確な政府方針を打ち出さないと「市場からの信認」は続かないと思います。

コメント

  1. hogeihantai より:

    日本の銀行、保険会社の資金運用担当者は仮に国債より有利な外債に投資して大儲けしても外国の金融機関と違って、数億、数十億の成功報酬を貰うわけではありません。失敗すれば減給、左遷、降格です。一方、国債は暴落する危険もありますが、暴落して損失が出ても、それは日本国家の失敗であって、運用担当者の失敗とはみなされません。

    減点主義の日本の企業文化、特に金融機関では、リスクをとっても、それに見合う報酬のない外債で運用するというインセンティブが働きません。原口大臣が主張するよう、年金の運用も、もっと外貨建ての運用を増やし利回りを高くする努力が必要です。それが円安誘導、景気浮上にも役立ちます。リスクの分散という視点から見ると、日本国債一本やりの運用というのはリスクが大きすぎます。

  2. 前田拓生 より:

    hogeihantaiさん、コメントありがとうございました。

  3. jij999 より:

    元一BoJから一言。

    >原口大臣が主張するよう、年金の運用も、もっと外貨建ての運用を増やし利回りを高くする努力が必要です。それが円安誘導、景気浮上にも役立ちます。リスクの分散という視点から見ると、日本国債一本やりの運用というのはリスクが大きすぎます。

    これは、全くの誤解。金利や金融の根本をご存じない。政府は最も保守的に運用しなければなりません。政府は「Knightian Uncertainty」のときに対処するべき存在です。アメリカでは、年金資産運用は安全資産で投資する(そのかわり、比較的リスクのある商品を家計で運用している)。

    日本は郵政が90年代以降急激に肥大したため、税負担が軽すぎたので、それが原因で国債バブルの温床になったが、だからといって、政府のカネでポートフォリオを組成せよというのは本末転倒。

    山崎元さんや池尾和人さんがいうように、政府が「プレイヤー」になると、市場が撹乱してしまう。金融庁(政府)との齟齬はどうするのか。あと、政府系ファンド構想や日銀のバランスシートの膨張も、上記の文脈で却下。

    異常な低金利政策が金融社会主義をもたらし、リスクプレミアムが国債金利に引き寄せられていることを正す改革が大事。

    前田さんも、同じ考えだと思います。

  4. 前田拓生 より:

    jij999さん、コメントありがとうございます。

    >前田さんも、同じ考えだと思います。

    ハイ、同感です。

  5. hogeihantai より:

    前田さんにお尋ねします。米国の多くの年金運用団体では利回りは別として、日本国債の格付けそのものが安全資産運用の対象からはずれているそうです。米国人にとっては危険なものが何故、日本人には安全といえるのですか?格付けにはいろいろ批判がありますが、市場の評価で決まるCDSは主要国より突出して高い、これに文句を言うのは株価に文句を言うのと同じように愚かなことです。

    日本国債の利回りがリスクの大きさに見合わない低い水準にあるのは私が(1)のコメントで述べた様に、日本独特の企業文化によるもので市場原理に基づいて決められていないからです。2月23日、来日中のケネス オゴフは日本の財政は迫ってくる電車にはねられるのをじっと待ってる状態だと警鐘を鳴らしています。

    2月27日の日経朝刊の「野村内なる国際化の行方」という記事をご覧になりましたか?リーマン出身社員の能力と自身の能力を比較し野村の課長は「実力が違いすぎる。我々は世界のレベルを知らない井の中の蛙だった」と述べてます。ハイリスク低利回りの国債を買うのは蛙頭だけではないのですか?

  6. 前田拓生 より:

    >hogeihantaiさん、再度コメントをいただきまして、ありがとうございます。ただ本コラムとの関係という意味では少し離れているように感じます。

    とはいえ、日本のような公的な年金運用と米国のプライベートな年金運用では自ずと運用形式が異なるものになると思われます。「だから、日本の金融機関の経営方針が悪い」というのは難しいですし、それは各機関が考えるべき問題と思います。

    確かに日本の金融機関は、戦後間もなくの体制を引き摺っているわけですから、体制が「古い」という点は否めないとは思います。その点を議論するとなると別の観点で考察を入れる必要があると思います。

    また、「日本国債は危ない」のに年金運用に対しては「問題ない」とは「如何なものか」という話だと思いますが、これも商品性の問題や金融システム、強いては、社会システムとの間で考慮しないといけない部分が多くあるので、ここで議論するのは問題があると思っています。

    そのような中、jij999さんからコメントが入りましたので、私としてはjij999さんのご意見に同意している旨、表明させていただいたまでです。

  7. itnypartners より:

    複数の欄にまたがるコメントは、中身を読まないで削除します。

  8. つっきー より:

    いつも拝見しています。疑問があるのですが、日本国債運用を止めて何に投資するんでしょうか。

    1. 個人なら、外貨を購入するのはわかりますしあり得ますし現にFXや外貨預金が大人気です。また個人向け国債も大変不人気です。ただ、その外貨を最終的に円にしないという選択肢を前提として運用している人は少ないように思えます。

    2. 機関投資家ならば、日本の金融機関は機関投資家含めて全投資額の10%しか外貨建てポジションを持てないということと、内国向けを振り替えるにしても投資対象の比率は簡単には変えられないようです。また内国債を売り払って、他の何に投資できるのでしょうか。

    3. 日本国債のCDSスプレッドが諸外国と比べて極めて高い件ですが、それならばCDSを具体的に引き受けている国内外の金融機関はありますか?日本みたいにやばそうな国のCDSの保険料収入で大儲けできますよね。

  9. 前田拓生 より:

    つっきーさん、コメントいただき、恐縮なのですが・・・

    本コラムは「日本国債は危ないから投資は止めましょう」という意味で書いたものではありません。むしろ、そうなってはいけないので、政策的に配慮をすべきだということを主張しています。

    また、「何に投資すべきか」については、個別具体的な話になってしまうと、いわゆる「投資勧誘」に該当する可能性がありますから、証券外務員として特定の証券会社等に登録されている証券パーソンにお尋ねください。

    マクロ的な経済の話や政策論議を中心にお話しをさせていただいておりますので、その点、ご了承ください。

  10. つっきー より:

    コメントありがとうございます。

    少し言い方が不明確でしたが、投資案件を紹介して欲しいのではなく、要するに日本国債を日本の金融機関がこの先も買い続けないという選択肢は先に述べたように技術的にはあり得ないと思うのです。さらに言うと財務省は綿密に国債の発行について金融機関にヒアリングをして、危機の引き金の未達が起こらないように非常に慎重にやってますし。そうしたことから日本国債のCDSの引き受け手も誰もいません(たぶん)日本の人は個人も金融機関も含めて日本国債を買い続ける以外、誰も選択肢を持っていないのではないかと思っています。

    いつか来ると言われている破綻の時に具体的にどうやって何が起こるのか結局誰も言えないのでは、その上に政策論をしてもあんまり意味はないのかなと思ってしまいます。(これは日本国債を実際に売買してるトレーダーやブローカー、バックオフィスの方たちから声が聞こえてこないからだと思いますが)

  11. 前田拓生 より:

    つっきーさん、再コメントありがとうございます。

    >破綻の時に具体的にどうやって何が起こるのか結局誰も言えないのでは、その上に政策論をしてもあんまり意味はないのかなと・・・

    おっしゃる通り、狼少年のような話をしても意味がないというご指摘はごもっともだと思います。日本の政府債務残高が「危機的」といわれて、かなり久しいのですから、それは頷けます。

    とはいえ、財務省が慎重にヒヤリングをしているから、また、日本の金融機関が「他に買うものを見いだせていないから」ということで、「だから、大丈夫」とは、私は思えません。特に金融機関は国債を「保有し続ける」というスタンスではなく、ディーリング対象にしています。まぁ、そうはいっても、「最後は日銀が買いオペをして、金利上昇を抑えるだろう」という期待はあるはずですが、それでも「いざとなれば切り抜けてやる」という自己の責任を感じて運用を行っています。

    したがって、本当に「いざ」という時には、市場はかなり冷淡に反応するはずであり、それは誰も止められないでしょうね。

  12. 前田拓生 より:

    銀行が「いざとなればいなくなる」というのは、銀行が「預金」を原資に運用を行っている以上、その行動は合理的なので、それを云々できるものではありません。

    加えて・・・

    その「いざ」が「いつ来るのか」は(直下型ではなく、断層に関係する)地震と同じで、確率的には分かっても、「その時」は予測できないものです。

    だから、政府として「郵貯を政府下におこう」とするインセンティブが働くわけです(良い悪いは別)。

    とはいえ、これ以上は「危ない」ということで緊縮的な行動を政府が取っているのであれば、ある程度の防波堤もあるし、「そのうち健全になる」と思えるので、「危機的な状況はないかも」と予想することは可能です。しかし、今、さらに財政を悪化させようという動きがみられるので、「それは問題だろう」と私は思い、それを主張しているつもりです。

  13. 番頭様 より:

    「日本の個人金融資産は…」というが…日本の税制は所得基準であって資産基準でない。財政破綻の穴埋めは増税によって行われるが、貯金が10億ある人のその10億には一切手を付けず、財政破綻により平均年収200万に下がった低所得者から100万をむしり取る形で穴埋めが行われる。ので、個人金融資産がいくらあろうが、その資産から徴税はされないので財政破綻の条件とは関係ないのでは?

    そうではなく、更に低所得者と化した若年世代からなけなしの金をむしり取った税収で財政が+収支となるかであって、中小企業の税収をかき集めても大手の何割かの税収に満たないように、貧乏人に高税を掛けても税収はたかが知れたもの、おまけに若年者の生活破綻も急増することから+収支となるはずもなく、既に日本は財政破綻しているように思える。

  14. 前田拓生 より:

    番頭様さん、コメントありがとうございます。

    >既に日本は財政破綻しているように思える

    私もそのように見えます。が、市場は必ずしもそうは見ていないと言うことのようです。もし市場が「財政破綻だ」と考えているなら、もっと金利は上昇します。したがって、市場はおそらく「増税余地がある」と考えているのでしょう。

    その増税はやはり消費税になると思います。

    一部の金持ちをいじめても逃げ出すだけで増収にならないわけですから、消費税という大衆税で、広く負担を求めることになるでしょう。そこで問題になるのが「選挙」です。

    なかなか「現状の民主党の人気具合」では難しいので、財政健全化の道は遠いように思われます(汗)

    大丈夫か、日本?!?!

  15. つっきー より:

    コメントありがとうございます。
    サブプライムローンの時もローンを組ませていたセールスマンには(住宅価格が上がらなければ)数年後に返済できなくなることはわかっていたわけで、現場レベルの人で細かく見ていくと国債破綻の兆候は必ずわかるのではないでしょうか。

    つまり、具体的にこういう形で危なくなりますよとわかる形で政策担当者(政務官レベル)に突きつけるのが何よりも一番効果的なのではないかと思います。事後的だからわかるのであって、予測なんて絶対できないよというのは理解できます。とはいえ声は小さかったにせよやばいぞと言っていた人はいました。

    同じことは財政健全化の対処方法としている増税の議論にも見られます。消費税がたとえば15%になるとして、どのくらい支出が増えるのか。もしくは、政府支出を減らすのならどのくらい減らさなければならないのか。

    あまり悲観的なことを言うのは良くないのかもしれませんが、もっと具体的な議論があれば一人一人の市民がどうにも危機感がなさそうな今の政策についてより的確な判断基準を持てるのではないかと思います。

  16. 前田拓生 より:

    つっきーさん、ありがとうございます。

    ごもっともなご意見だと思います。具体的に「どのような兆候が出ると危ないのか」という点は重要です。

    >現場レベルの人で細かく見ていくと国債破綻の兆候は必ずわかるのではないでしょうか。

    一般的にはイールドカーブなどを見て判断することになるのですが、現状、異常があるという話は聞きません(現状かなり寝ている状態)。