「ネット生保、選択肢広がる AIGや損保ジャパン系参入へ、申し込み手軽に」
2010年2月22日、日経新聞夕刊の一面を大きく飾ったこのニュース。AIGエジソン生命と損保ジャパンDIY生命の2社が2010年度中にインターネットを通じた死亡保険の販売を始めることに加えて、明治安田生命や住友生命などの大手生保がネットを活用した新しいビジネス展開を進めていることについて紹介していた。
「ネットで生命保険が売れるはずがない」。生命保険業界の常識に反してライフネット生命を起業し、業界に参入した身としては、この報道は、業界が確かに変革しつつあるという手応えを感じさせてくれるものだった。
2008年5月の開業当初は認知と信頼の不足から顧客獲得に苦戦したものの、各種メディアへの露出が広がるとともに契約は順調に増え、2010年3月末時点での保有契約件数は、23,506件。前年度末と比べると、4倍強である。お客様に提供している保障の総額は、2,963億円にものぼる。
2010年3月。週刊ダイヤモンドが毎年実施している「プロが選ぶ 自分が入りたい保険ランキング」。保険商品に詳しいファイナンシャルプランナーや保険ジャーナリスト、保険の乗合代理店経営者など19人が投票するランキングの「死亡保障部門」で、ライフネットの「かぞくへの保険」が2年連続1位に選ばれた。
Twitterやブログ上では、「ライフネットに加入した!」と嬉しそうに書いてくださるお客様も増えてきている。少しずつではあるが、20代・30代の若い世代を中心に「ライフネット」というブランドが定着し、「ネットで生命保険に入る」ということが、常識となりつつあると感じている。
どれだけ批判したり、評論をしてみても、行動しなければ世の中は変わらない。他方で、どれだけ小さなプレイヤーであっても、実際にシンプルな商品で保険料を半額にし、これまでブラックボックスとなっていた業界のコスト構造を開示していくことで、まるで池に投げ込んだ小石のように、波紋が広がり、世の中を動かす一つの流れができていく。
開業から3年目を迎えた今、そのように感じている。
58歳のベテランと30歳のMBAの出会い
手帳をめくってみると、「ネット生保」という新しい事業のアイデアを聞いたのは、今日からちょうど4年前、2006年4月15日の土曜日のこと。起業のパートナーとなる出口治明(現ライフネット生命社長)と初めて顔を合わせた日だった。
ハーバードMBAに留学中の30歳と、生命保険業界の裏表を知り尽くした58歳のベテラン。僕らを引き合わせたのは、あすかアセットマネジメントCEOの谷家衛氏。かつて、ソロモン・ブラザーズ証券でトレーダーとして名を馳せ、30歳でマネージングディレクターに就任し、32歳で同社のアジア太平洋の自己勘定投資の責任者となる。退社後、自身でヘッジファンドを運営するほか、いくつものベンチャー起業に出資をしていた、著名な投資家だ。
6月に卒業式を控えた4月の週末。金曜の夜に東京入りし、月曜にはボストンに戻るという強行スケジュールで、谷家さんとミーティングをしに帰ってきた。「保険業界で何かできないかな」とのお題を与えられていた僕は、自動車保険や再保険事業でいくつかのアイデアを温めて帰ってきたが、自分の父親と同じ年齢の男性と引き合わされることは事前に聞いていなかった。
戦略コンサルとMBAで学んだことを活かして準備した60ページあまりのプレゼンテーション資料。谷家さんはうんうんとうなづいて聞いてくれているが、同席した銀髪の男性は、興味をなさそうにしている。
僕のプレゼンが終わるなり、出口が立ち上がってホワイトボードに向かった。
「では、私のアイディアを説明します。今の損保の事業プランは市場規模が4,000億円とのことですが、私の事業の市場規模は、40兆円。ゼロから新しい生命保険会社を立ち上げて、業界に変革を迫りたい。それが、私が34年間お世話になった生命保険業界、大好きだった業界への一番の恩返しになると思っています」
40兆円?俺のビジネスプランの100倍だ。新しい生命保険会社を、ゼロから立ち上げる?ど真ん中に、直球勝負だな。よく分からないけど、とにかくスケールが大きそう。というか、このおじさん、何者?
午前中に2時間ほど予定されていたミーティングは、あっという間に終わった。僕や谷家さんが投げかけた疑問に対して、出口はすべて的確に、本質をついた回答をしていた。三人で近くでラーメンを食べて、出口とは別れた。そのまま、谷家さんの奥さまが運転する車に乗り込んで、ご夫妻と小さなお子さん2人に僕の 5人で、河口湖に1泊の小旅行をすることになっていた。
夜遅くまで、谷家さんと2人でお酒を飲みながら、初めて出会った初老の男性について語り合っていた。
「あの人、凄いですね。言っていることはすべて的を射ているし、静かな情熱と、不思議なオーラを持っている。僕、あの人と一緒なら、やっていけるような気がします」
これが、ライフネット生命の始まりだったのだ。
(つづく)