人はなぜ不安を抱くのか - 『だまされ上手が生き残る』

池田 信夫

★★★☆☆(評者)池田信夫

だまされ上手が生き残る 入門! 進化心理学 (光文社新書)だまされ上手が生き残る 入門! 進化心理学 (光文社新書)
著者:石川 幹人
販売元:光文社
発売日:2010-04-16
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新古典派経済学では、人間は「効用」を最大化すると想定するが、こんな仮説は実証的に否定されている。それでも教科書でこういう消費者行動理論を教えるのは、それに代わって人間の行動を体系的に説明できる理論が、今のところないからだ。しかしヒトが進化の産物である以上、人間の心理も進化論で説明できるはずだ。本書は、そうした研究をやさしく紹介するものだ。

人間が他の動物と違う最大の特徴は、集団で協力して行動することだ。集団をつくる動物は、社会性昆虫や霊長類にもいるが、彼らの協力的行動は遺伝的に決定された単純なもので、個体が意識して協力するわけではない。それに対して、人間は100人以上の大きな集団で分業するため、いろいろな役割に応じて相手の行動や環境の変化を予想して協力したり裏切ったりする。

ゲーム理論でよく知られているように、協力することは短期的には必ずしも合理的な行動ではないが、集団で長期的に生活するときは、裏切ると「村八分」にされる。逆にいうと、裏切りがばれないとか、ばれても処罰されない場合にはただ乗りすることが合理的な行動になる。だから昔の農村のような数百人程度でメンバーの固定された共同体では自発的な協力で秩序を維持できるが、現代のように規模が大きくて変化の激しい社会では、法律のような制度をつくらないと秩序を維持できない。

おかげで現代の社会は、かつての狩猟・採集社会に比べればはるかに安定しているのだが、人類の歴史の99%以上はいつ飢えて死ぬかわからないリスクにさらされてきたので、それを恐れる不安や恐怖などの感情が強い。現代の日本のように、人々を結びつけてきた会社という集団が崩れると、不安が大きくなる。失業しても餓死する心配はないのだが、鬱病になったり自殺したりする。

こうした状況に適応するために、著者は幻想を信じる「だまされ上手」になることを勧めているが、この結論には賛成できない。現代の日本では、戦後ずっと信じられてきた「明日は豊かになる」という幻想が崩壊してしまったので、それを信じることは不可能だ。むしろ会社や役所などに頼る幻想を捨て、自立した個体として生きるしかない。それは生物としての人間の心理にとっては苦痛の大きい生き方かもしれないが、われわれの文明はそういう道を選んでしまったのだ。

コメント

  1. atoman0 より:

    実存的には、真理から始まるのではなく、真理へと向かっていくのだと思います。ただし、その基準は支配力です。しかも、常に暫定的であり、そのゲームに最終的な極限点はなく、何度もリセットされて繰り返されていくだけです。このことに不満を感じても、結局はその場その場の世俗的な優先順位で相対化され、個人の不連続性によって一つ一つ消去されていきます。
    無力感や不安感が、ばらばらにされた支配欲の中で生じたものなら、その組織化と一体化は様々に試みられ、その繁栄と衝突、衰退や解体も繰り返されていくはずです。社会問題というのは、どうしても、支配欲の闘争の中で答えを出していくしかないだろうと思います。