必要なのは速度ではなく自由である - 池田信夫

池田 信夫

FTTH論争はツイッターやブログで盛り上がり、佐々木俊尚さんもソフトバンク構想に全面的に反対しています。彼も指摘するように、インフラの整備が進んでも利用が進まないのは、ユーザーの生活の変化に供給側が追いついていないからです。図の総務省の統計でも、FTTHの利用者はDSLからの乗り換えがほとんどで、固定ブロードバンド利用者の合計は2600万世帯程度で頭打ちになっています。



このように市場が飽和するのは、携帯電話が1億台を超えたのに比べるとずっと早く、その原因はブロードバンドの需要が固定からモバイルへ移っているためと思われます。最近の若者の行動についての調査を見ると、彼らの生活の中心は自宅ではなくケータイになっており、固定回線はほとんど使っていない。ところがソフトバンクの「アクセス回線会社」構想は、依然として自宅からデスクトップPCでアクセスする旧世代を想定しており、ユーザーの要望とずれています。

そもそもなぜブロードバンドが必要なのかと考えると、自由に映像や音声を使いたいからです。そのために必要なのは通信速度だけではなく、いつでもどこでも使える自由度が重要です。今までは、屋外の通信は携帯電話だけでしたが、iPadを初めとするタブレット端末の登場で、無線がブロードバンドの主流になるでしょう。今後の目標は「すべての家庭にFTTHを」ではなくすべての場所でブロードバンドをです。

たしかに通信速度という点だけでみれば、無線はLTEでも実効速度は30Mbps程度で、FTTHには劣ります。しかし、どこでも使えるという自由度の大きさはそれを補って余りあるでしょう。「無線では帯域が保証できない」といっても、インターネット自体が品質を保証しないベスト・エフォートです。そして費用対効果(ビットレート/円)で比較しても、以前の記事でも見たように、無線のほうがはるかに高い。

私はFTTHが必要ないといっているのではありません。帯域やセキュリティを要求する企業ユーザーにはFTTHもNGNも必要でしょう。しかし5000万世帯すべてのインフラを強制的に光に取り替えるというのは、社会主義です。むしろ取り替えるなら、PSTNをIPに替えて電話交換機を撤去することが最優先です。これは宅内配線の工事は必要ないので低コストですみ、ネットワークの維持費は大幅に下がります。光化は、中長期の課題としてNTTがゆっくりやればよい。

コミュニケーションを広げて多くの情報にアクセスするために必要なのは自由の拡大であり、通信速度はその手段の一つにすぎない。アクセスできるエリアを広げることも重要であり、そのために必要なのは多様なインフラの競争とイノベーションです。この目的と手段を取り違えてインフラ整備を自己目的化した計画は、NTTのINSやNGN、テレビ業界の地デジなど、すべて失敗してきました。

その意味では、いま緊急に必要なのは700MHz帯の不合理な周波数割り当てを是正し、有線/無線のプラットフォーム競争を実現することです。特にテレビ局が不当に占拠している770~806MHzを開放させ、通信規格を国際標準に合わせることが重要です。この点ではソフトバンクも異論がないと思われ、コストもかかりません。まずこの簡単な問題から取りかかってはどうでしょうか。