NTTの水平分離について - 池田信夫

池田 信夫

ソフトバンクの「アクセス回線会社」構想が技術的・経済的に無理があることはこれまでにも指摘したとおりですが、それ以前に政治的にも不可能に近い。これは私のようにNTT問題に四半世紀もつきあわされた人々には周知の問題ですが、最近は知らない人も多いようなので、ごく簡単にまとめておきます。


NTTを水平分離すべきだという議論は古くからあり、私も6年前に山田肇氏と共著で提言したことがあります。この場合も光ファイバーは会計分離で、資本関係を解消する「構造分離」は不可能です。2006年の「竹中懇談会」でも、過去の経緯を知らないまま奇妙な「水平・垂直分割」論を出して、自民党につぶされてしまいました。NTT労組の支援を受ける民主党政権では、もっと困難でしょう。

さらにNTTの経営陣や株主が訴訟を起こす可能性もあります。アメリカでは、1996年法にもとづくUNE(回線開放)規制を「財産権の侵害」とする訴訟をILEC(既存地域電気通信事業者)がたくさん起こし、最終的に連邦最高裁でFCCが敗訴しました。日本の裁判所は、アメリカの判例を踏襲する傾向が強いので、構造分離というもっと強い規制に反対する行政訴訟をNTTの経営者や株主が起こすと、総務省が負けるリスクが大きい。かりに政府が勝ったとしても、最高裁まで争えば10年以上かかり、判決が確定したころには意味がなくなっているでしょう。

NTTの構造分離は、望ましくもない。株式会社の経営者にとって、経営形態の変更は最大の経営戦略であり、それを奪われるようではNTTを民営化した意味がありません。世界的にみても、構造分離した例はスタンダード石油とAT&Tぐらいしかなく、IBMやマイクロソフトの分割をめぐる訴訟では政府が敗れました。AT&Tの分割も、1996年電気通信法で実質的に撤回されてしまいました。

公共インフラの上下分離は、アメリカの電力網やイギリスの鉄道網などの例がありますが、前者は大停電の原因になり、後者は運休が多いことで悪名高い。インフラ会社がサービスでもうけるインセンティブをなくし、古い設備をなるべくもたせようとするからです。それでも電力や鉄道のような成熟した技術については、規制を手直しすれば是正できますが、通信の場合には垂直統合か水平分業かという構造が急速に変化しており、何が最適かわかりません。それを政府が決めて30年も固定することはありえない。

構造分離の前例が少ないのは、それが経済的にもいい結果をもたらさないからです。IBMの独占を崩したのは司法省ではなくマイクロソフトであり、マイクロソフトの独占を脅かしているのはグーグルとアップルです。市場の問題は市場における競争で解決するのが本筋であり、特にプラットフォーム競争の激しいIT産業では、それが可能です。国民がソフトバンクに期待しているのも、政府に対するロビー活動ではなくイノベーションによってNTTを倒すことでしょう