イノベーションは予知できない - 池田信夫

2010年05月14日 10:15

きのう行なわれた孫正義氏と佐々木俊尚氏の対談は、5時間半に及んだようです。私は12時過ぎに自宅に帰って、5分ほど見て寝たので、内容はわかりませんが、ツイッターのまとめによると、少し私の名前も出たようなので、簡単に補足しておきます。

孫「今までは無線万能論。池田信夫さんは無線があれば光はいらない、と言う。現在のケータイの帯域幅は450MHz、ホワイトスペース3倍を活用し、LTEなどの技術進歩で収容効率が3倍になっても、たかが10倍。とてもじゃないけど追いつかない。」 #hikari_road


私は「無線があれば光はいらない」とはいっていません。無線も光も必要だが、どっちか一方を無理やり100%普及させるのは不可能だし無駄だ、といっているのです。不可能かどうかは、きのうも孫さんが「月額1400円」の根拠をくわしく出さなかったようなので断定はできませんが、無駄であることは明らかです。固定ブロードバンド(光+DSL)は世帯普及率50%ぐらいで頭打ちになっており、NTTでさえFTTHの目標を2000万世帯に下げ、それも達成困難といわれています。

これはFTTHの料金が高いからではありません。FTTHよりずっと高いケータイを若者は1日中使っています。いま起こっているのは固定回線から無線への需要のシフトであり、iPadの登場はそれを加速するでしょう。iPadのユーザーに無理やり光ファイバーを引くのは無駄です。かりに月額1400円が実現できたとしても、彼らは光ファイバーを使わず、通信業者は大きな損失を抱えるでしょう。

「国費を1円も使わない」と孫さんは強調していましたが、アクセス回線会社が民間企業だとすると、利益が出なければ経営が破綻します。1400円で経営が成り立つことを証明しなければ、構造分離という「荒療治」はできない。また国策会社がこんな料金を出したとすると、電力会社もケーブル・インターネットも競争できないので、それを買収して1社独占にせざるをえない。せっかく育ってきたプラットフォーム競争を破壊し、電力会社のような独占企業にすることは、通信自由化の流れに逆行するものです。

松本さんの反論に対しては、私も元記事で書いたように、SIMロックをかけるのはソフトバンクの自由であり、それを規制すべきだとは思いません。しかしこれによって競争が制限され、消費者の選択肢が制限されることは明白です。もしSIMロックがなければ、NTTドコモがもっと安い料金を出す可能性もあります(predatory pricingの原資はドコモのほうがはるかに多い)。私企業としてのソフトバンクにとってはSIMロックが必要でしょうが、競争政策としては好ましくない。この両者を混同しないでほしいといっているのです。

孫さんや松本さんの主張は、実は新しいものではありません。90年代にNTTは、ATM交換機を全国に配備して銅線をすべて光に変える「B-ISDN」の計画を立て、「もう銅線の寿命が来たので、それを保守するよりFTTHにしたほうが安い」と主張しました。「そんなインフラを何に使うのか」という質問に、当時の宮津社長は「今はわからないが、インフラを引けば需要はあとからついてくる。今までそれでやってきた」と答えました。

それから10年たって光への需要は減速し、NTTでさえ「オール光化」は断念しました。孫さんは「無線の帯域が足りないからセルを小さくする必要がある」というが、中継系の光ファイバーは事業者が自由に引けばよい。全世帯にFTTHを引く必要はないし、無線の基地局とFTTHはトポロジーがまったく違うので、後者は前者の代わりにはならない(これは松本さんも同じ意見だと思います)。

私がメールマガジンなどで何度も書いたように、イノベーションの本質はそれが予知できないということにあります。「光が無線より速い」という前提も、NTTが1Gbpsの無線技術を開発するなど、どうなるかわかりません。ビットレート単価でみれば、FTTHよりLTEのほうがはるかに安いし、一括工事をすればFTTHが安くなるという話も、電力系の業者が批判するように疑わしい。

イノベーションが予知できないのは、一定のパラダイム(たとえばATM)のもとでは技術が予測できても、IPのようにパラダイム自体を変える破壊的イノベーションが10年に1度ぐらい出てくるからです。いま起きている無線インターネット革命は、グラハム・ベル以来の通信業界の固定観念をすべて破壊する可能性があります。NTTはともかく、かつてイノベーターだったソフトバンクまでが電話パラダイムの延長であるFTTHに固執するのなら、周波数オークションによって新しいキャリアが参入することがますます必要です。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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