NTTはWebでの論戦に参加するべき - 松本徹三

2010年05月17日 10:00

今回また池田先生の最近の二つのブログ記事「イノベーションは予知できない」(5月14日付アゴラ)と「ソフトバンクの『アクセス回線会社』案への疑問」(5月15日付 Livedoor 池田信夫ブログ)に反論せねばならないのは、私にとってはやや苦痛です。率直に言って、「無線通信技術」や「通信回線網の設計、運営、保守の実態」等のテーマは、先生の博識と洞察力が生きる分野とは思えず、こういう分野で敬愛する先生と論争をすることは、何となく心苦しいからです。


日本の通信インフラを世界に冠たるものにするには、有線網(「光幹線網と光アクセス網の整備」がポイント)と無線網(「周波数の再配分」と「設備の共有」がポイント)の両方の議論を徹底的にやることが必要です。どちらが欠けても片手落ちだからです。ですから、始まったばかりの無線網の議論を、これからもっともっと深めていかなければならないのは、全く先生ご指摘の通りですが、だからと言って、現状で意見が割れていて、それ故にWeb上の議論も熱を帯びている「光アクセス網(FTTH)の議論」をやめていいというものではないでしょう。

私がどうしても理解出来ず、それ故に心が痛むのは、何故、池田先生が「親の仇」のように「全戸への FTTH敷設は不要」という議論に固執しておられるのかということです。恐らくは、何か「親の仇」に匹敵するようなご事情があるのだろうと推測せざるを得ませんが、それが何なのかは私には分かりません。

FTTHの議論のポイントは、「こういうやり方をすれば、税負担ゼロで、全戸へのFTTH敷設が可能になる」というソフトバンクの孫社長の主張に対し、「そんなことは出来るはずはない」「根拠となる数字が曖昧で信用できない」という意見が多数出されているということであり、その一点に尽きると思うのですが、そうであれば、この問題に結論を出すのは簡単です。孫社長の提案を「叩き台」にして、徹底的に数字面の検証を行い、白黒をつければよいだけのことではないのでしょうか? 

(論理明快な経済学者としての池田先生は、そのことだけを指摘されればよいと思うのですが…。)

ソフトバンクの提案のベースとなっている数字は、これまでにNTTが、接続料等の計算根拠としてソフトバンクのような利用者に対して出してきた色々な数字をベースとしており、あとは「推測」でつなぎ合わせをしたものです。ですから、勿論、ソフトバンクとしても100%自信がある数字であるわけはありません。

しかし、こういった何らかの「叩き台」が無ければ、議論は何も始まりませんから、ソフトバンクは敢えてそういう「叩き台」を提出したのです。NTTは、勿論、全ての数字を持っているのですから、それをベースに、衆人環視の下で堂々とこれに反論し、或いは、見落とされている部分があればそれを指摘するべきです。

そもそも、一国の大臣が、理想に燃えて、「一切の分け隔てなく、日本中の全戸にブロードバンドを行き渡らせたい」と語り、その実現方法を検討するように関係者に指示したのですから、全ての関係者はこれを真正面から受け止め、あらゆる智恵を絞って前向きにこの可能性を検討すべきです。その結論として、「こういうことなら出来る。こういうことは、これこれの理由で出来ない(経済合理性がない)。従ってこういうトータルパッケージが最良の方策だ」という回答を出すのが、関係者全員の当然の責務だと思うのですが、違うでしょうか?

然るに、この課題に対し、「全面的或いは部分的な回答を出す最短距離に位置している筈のNTT」は、「難しい。時間がかかる」と言うばかりで、未だに何ら具体的な提言も行っておられません。この情況を見る限りでは、大臣の発言を本気で受け止めているのかどうかさえ、定かではないのです。

ソフトバンクからの提言に対しても、反対論や批判を出すのは、池田先生のような学者や、評論家、ジャーナリストばかりであり、NTTは表に出ません。Web上での論戦にも一向に自らは参画される意欲を見せず、ひたすら学者の先生方等による「代理戦争」に期待されているかのようです。しかし、その先生方は、残念ながら、こういう問題にはあまりお詳しくはなく、結局は「NTTはこう言っている」「通信業界にはこういう声が多い」と言われるばかりなので、隔靴掻痒の感がいつまでも拭えません。

ソフトバンクの提案のベースとなっている数字が正しいか間違っているかについて、池田先生は「自分を含め多くの通信事業者は『間違っている』と思っている」と書いておられますが、それなら、その「多くのプロの通信事業者」が、数字の裏づけを示しながら公に反論されるべきでしょう。そもそも、こんな重要なことが、「信用できる」とか「信用できない」とかいう「感想」のレベルで議論されていること自体が、何とも情けない事です。

池田先生は「NTTの経営陣がバカなのか、ソフトバンクの計算が間違いなのか二つに一つしかない」とされた上で、「自分は後者だと思う」と言っておられますが、私は第三の可能性があると思っています。NTTの経営陣がバカであるはずはないし、私もそうは思いませんが、NTTの経営陣が「組織防衛」の固定観念にとらわれて、「思考停止」に陥ってしまっている可能性は大いにあると、私は思っています。

NTTの経営陣は、何事につけ「これまでのやり方の踏襲」をベースにして考える癖がついてしまっているので、「公正競争を完全に担保する代わりに、メタル回線の全廃を実現する」といったような「大胆な発想」は、恐らくは思いつくことがないのでしょう。従って、「そんなことは出来る筈がない」という先入観に、ついつい捉われてしまうのではないでしょうか? しかし、実は、このことこそが、「税負担ゼロでの『光の道』実現に道を開く」為の「唯一の解」であると思われるのです。

池田先生は「NTTでさえ2000万回線を諦めた」と繰り返して言っておられますが、私は「固定観念にとらわれがちなNTTだからこそ、『2000万回線も無理』という結論にならざるを得なかったのだ」と思っています。つまり、「NTTでさえ」という発想こそが間違いなのであり、「NTTの思考の限界を超えなければ、この様な国家的な大事業は実現出来ない」ということなのです。

引き続き、池田先生のブログの中にある具体的な幾つかの問題に関しては、以下の通り、指摘させて頂きたいと思います。

先ず、「工事要員」の問題ですが、これこそ、本来は、NTTの労務担当者や労組の幹部、民営化に際してNTTから枝分かれした数多くの電設会社の幹部が、目を輝かせて検討してもおかしくない問題だと私は考えています。(後述の如く、池田先生としても、当然多大のご興味をもたれて然るべき問題です。)

NTTの人員構成をご覧になった方なら誰でも驚かれたと思うのですが、現在52歳から60歳のお歳の方の比率は、NTTの全人員の50%近くにも及んでいると思われます。これらの方々の多くは、これまで長年にわたって全国の回線の建設と保守を営々としてやってこられたエキスパートの方々です。もし、何時かはやらなければならない「銅線から光への付け替え工事」を大幅に前倒しすれば、この方々の能力は、今すぐに最大限に生かされることが出来るでしょう。(そうでなければ、この方々は、色々な理屈をつけながら、「メタル回線網の保守費を必要以上に嵩上げする仕事」に従事しなければならない筈です。)

そして、この方々が、引退の時期を迎えられる頃には、この方々の努力で早期に完成した光回線網をフルに活用する「アプリやソフトの仕事」が、若い人達に新しい雇用機会を提供してくれることでしょう。これこそ、池田先生が常日頃から主張しておられる「労働移転」の典型的な「現実解」なのではないでしょうか? 「労働移転」は、現実には、需要側が求めるスキルセットと供給側のスキルセットにミスマッチがあるので、なかなかうまくいきませんが、このプロジェクトは、その問題に理想的な解を提供する力を秘めています。

私は、何とか中高年層の雇用を守っていかなければならないNTTの労務担当者の方々のご苦労を十分理解している積りです。「ユーザーの利益や国家経済にとって有益な方法でこれを行うことの難しさ」を、私は十分に理解しているからです。

しかし、この同じ労務担当者や組合幹部の方々が、FTTHの話を聞いて目を輝かせるどころか、「そんな建設要員をどうして確保するのか?」と否定的なコメントを出しておられるのだとしたら、私はその人達の雇用問題に対する真剣さを疑わざるを得ません。私は、この方々に問いたいと思います。「建設保守の仕事に向いた人達の数は、現状で足らないのですか? 余っているのですか?」

(更に言うなら、単純に「保守コスト」を語るのではなく、「現在どういう人達がどんな仕事をしているのか」も明らかにして、「合理化努力の実績と今後の見通し」についても語って頂きたいのです。)

次に、既存交換網を撤去しての「オールIP化」の問題ですが、これは要するに「ネットワークのNGN化」の問題であり、FTTHやモバイル通信網のような物理層の問題とは異なったレイヤーの議論です。

これは、通信事業者であれば、有線、無線の区別無く、当然誰もが何時かはやらなければならないことですが、FTTHや周波数の議論とは全く関係がありません。「IP化こそを先にやるべきなので、今光化の議論をすることは不要」というのは、「生産性の向上こそを先にやるべきなので、資本の自由化の議論は不要」と言っているに等しい、頓珍漢な議論です。

最後に、また、無線の問題です。

「イノベーションは予知できず、光よりも速い無線がやがて出てくるかもしれない」という池田先生の議論は、もし先生がこれから30年位のタイムスパンで語っておられるのなら、率直に言って「全くの間違い」です。これから30年ぐらいの間に実現できる無線技術は、関係者の間では既にほぼ見えていますし、「シャノンの法則が30年以内に否定されるかもしれない」と考えている無線技術者は、私の知る限りでは世界に誰もいません。

もし池田先生が30年以上先の話をしておられるのなら、これまた全く意味の無い議論です。「30年後には何が出てくるか分からないのだから、とにかく現状を何も変えずに、30年間はそれを待ちなさい」と言っているに等しいからです。(独占時代のNTTでも、旧ソ連の通信省でも、そんなことは言わなかったでしょう。)

次に、どなたかNTTの方が、恐らく池田先生に、最近の1Gbps(100MHzのバンド幅を利用?)の実証実験の成功について熱心にご説明されたように見受けられますが、先生は、この実証実験が、10x10のMIMO(即ち端末機に10本のアンテナをつけた方式)を利用して、干渉が一切無い環境でなされたことをご存知でしょうか? 

無線で1Gbps程度の瞬間風速を出すことは将来は十分可能だとは思われますが、この実用化は、先ずは現在WiFiが使われているような環境下でなされるでしょう。皮肉なことに、これは、「将来のFTTHが1Gbpsレベルにアップグレードされた時には、宅内ではこのような新しい無線技術(WiFiの将来型)がそれを支えますよ」と言っているに等しいことなのです。(つまりFTTH推進論をサポートする議論なのです。)

次に、池田先生は、「ビットレート単価で見ればFTTHよりLTEの方がはるかに安い」と言っておられますが、「ビットレート単価でみれば」というところで、既に議論としては破綻しています。ビットレート単価とは「一定時間内に使われたビットを、それをサポートするに要したCAPEX(その時間分の償却費)とOPEXで割ったもの」ですから、この全体像を明示することなくしては、もともと比較などは出来ないのです。「LTEの方がFTTHよりビット単価が安い」という言い方は、「石油を運ぶのには、タンカーより馬車の方が安い」と言っているようなものです。石油一缶を隣の町に運ぶのなら、勿論馬車の方が安いのですが、中近東から日本に大量の石油を運ぶには、そもそも馬車では無理なのです。

周波数再編の必要性の問題は、池田先生もご指摘の通り、国家の通信政策の一つの大きな柱であり、我々とて、それに期待するところ大であることは当然です。しかしながら、これに過度な期待をかけることは禁物です。

700MHz帯と900MHz帯に居座っている「FPU(マラソン中継)」と「ラジオマイク」と「MCA」さえ何とかすれば、あとは「ITS」とか、「RFID」を少し調整するだけで、「40MHz(片道)しか確保できず、しかもガラパゴス化が必至となる現在の割当プラン」が大きく改善でき、「世界の大勢に合わせた割当にして、しかも最大70MHz(片道)が確保できる可能性がある」ことは確かです。

しかし、それから一歩進んで、現在の計画では合計240MHzも占有することになっているデジタルTV放送用のUHF帯域を更に圧縮して、或いは「ホワイトスペース」としての活用方法を考えて、更に大規模な周波数をモバイルブロードバンドに使えるようにしようという計画には、かなりの制限が伴います。

既存のTV受像機に対する「受信抑圧」の問題を回避する為には、こういうやり方での利用を「低出力システム」に限定せざるを得ず、そうなると、結局はWiFiかFemtoのような小セルシステムにしか使えないことになります。そして、こういう小セルシステムは、光回線の敷設を代替するものではなく、むしろ光回線によってサポートしてもらう必要があるのです。

それでは、最後に、FTTHによるFemtoのサポートの問題です。申しにくいことではありますが、ここでも池田先生は基本的な勘違いをされています。

現在の携帯端末の利用は40%程度が「ユーザーの家」でなされています。(これに、「職場」「学校」「公共交通機関の駅」の3大スポットを加えると、70% 近くになります。)従って、「FemtoサポートとFTTHはトポロジーが全く異なる」というのは間違いで、「FTTHでFemtoをサポートしようとしても、40%位しかカバー出来ないですよ」というのが正しいのです。

しかし、もともと、FTTHでFemtoをサポートしようという事などは、誰も考えてはいません。勿論、「FTTHがあれば、Femtoのサポート程度は、ついでに簡単に出来るので、それはそれで有難い」ということは言えますが、それだけのことです。

(このような意味のない議論が出てきた背景についての私の推測は、「何故携帯で勝負しているソフトバンクがFTTHを熱心に推し進めようとしているのだろうか?」と思いあぐねたNTTの人達が、「ははあ、奴等はきっと携帯ネットワークの遅れをFemtoで取り戻そうとして、その為にFTTHが必要と考えているに違いない」と勘ぐったのだということです。しかし、この「勘ぐり」は全くの「外れ」です。ソフトバンクの志はそれ程低くもないし、技術に対する理解もそれ程乏しいわけではありません。)

Femtoによる音声やメールのサポートは勿論、WiFiによるデータアプリのサポートであっても、現在のiPhoneの使われ方程度のものなら、有線部分はADSLで十分です。そんなことだけの為なら、もともとFTTHなどは要らないのです。

それでは、何故我々が「絶対にFTTHでなければならない」と考えているかといえば、それは、携帯通信の世界とは全く異なった次元で、次のような「将来の情況」がサポートされなければならないと真剣に考えているからです。

XX県XX郡XX村に住んでいる70歳のおじいちゃんは、FTTHにつながった自宅の大画面テレビで、居ながらにして世界の美術館巡り(オン・デマンド)をするのが最大の楽しみであり、今日も昼食後はずっとこれに熱中しています。最近ネットで知り合った全国の美術愛好家の仲間達と、薀蓄を交換し合ったり、次の交流会の相談をしたりするのも楽しいことです。(次の交流会では、二日間かけての「東京の美術館巡り」を計画しており、今から自薦他薦の美術館選びが白熱しています。)

二階では、春休みの孫達を連れて東京から遊びに来ている40歳の娘が、FTTHにWiFiでつながった持参のパソコンを操作して、やり残した会社の仕事をこなしています。その横では、10歳の孫が、WiFi内臓の電子教科書を使って、春休みの理科の宿題を片付けています。宿題が終わったら、同じ電子教科書を使って、3歳下の弟を相手に、「恐竜の戦い」をテーマにした算数ゲームを付き合ってやる積りです。夕食時には、東京に残っているお父さんも、テレビ画面を通じて家族の団欒に参加してくれる予定なので、今からそれが楽しみです。

65歳のおばあちゃんは、病院から借りている機材を使って、92歳になるひいおばあちゃんの遠隔診療の手助けをしています。ひいおばあちゃんは最近心臓の具合が悪く、定期的に心電図をとって専門家に診てもらう必要があるのです。高精細カメラでひいおばあちゃんの顔や口の中、足のむくみ具合の写真を撮って、担当医のところに送るのも重要なルーティンです。おばあちゃんは、この仕事が終わったら、今度はWiFi内臓のタブレット画面と睨めっこで、今晩の夕食の為に、簡単な調理だけで済む「宅配の夕食素材」を決めてしまわなければなりません。(最近は車を運転してスーパーに買い物に行くのが辛いのです。)

ADSLでも、或いはどんな無線ブロードバンドでも、こんな使い方をサポートすることは全く無理なことは、どなたでも容易にご理解頂けるでしょう。FTTH反対論者の方々は、「そんな使い方は諦めなさい(少なくとも地方に住んでいる人は諦めなさい)」とおっしゃりたいのでしょうか?

またまた、随分と長い記事になってしまい、申し訳ありません。池田先生の二つのブログ記事に含まれた誤りを指摘し、事実関係を明らかにした上で論理的な結論を引き出そうとすると、どうしてもこんなに長い文章になってしまいます。しかし、何度も同じ議論を往復で繰り返すよりは、一度で論点を整理した方がよいと考え、この様な文章にさせて頂きました。あまりの長さにうんざりされた方には、何卒ご容赦のほどをお願い申し上げます。

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