なぜクラウドは「今頃」で、老舗紺屋の袴は白いのか? - 小飼 弾

2010年05月21日 21:30

新しいことが本当に何もないなら、なぜ10年前ではなく今なのか?

私的なことがらを記録しますが今週、紙の書類を大量に捨てました ? 藤沢数希 : アゴラ

正直に白状すると、筆者はクラウド・コンピューティングなるものを大変冷ややかな目でみていた。なぜならばクラウド(雲)となんとなく新しい名前がついているが、そんなものはJavaなんかが流行りだした10年以上も前に出てきたコンセプトで新しいことは何もないからだ。

理由は三つほどある。

  1. 端末の壁

    古き佳きメインフレーム+ダム端末の時代、情報処理というのはほとんどサーバー側でやっていた。ボックス側のデスクトップパソコンで言えば、ディスプレイとキーボードだけが「こちら側」で、「本体」は「あちら側」にあるといえば分かりやすいだろうか。

    ところがクラウド時代の「端末」は、ずいぶんと高性能。iPhoneやAndroidケータイといった「スマホ」ですら一昔前のパソコンを凌駕する処理速度と記憶容量を持ち、パソコンに至ってはクラウド側で使っている個々のサーバーよりも高性能だったりする。なぜ「あちら側」に「全て」あるはずのクラウドの世界で、端末が高性能でなければならなかったのか?なぜOracleやSunが出していた「シン・クライアント」(thin client)ではダメだったのか?

  2. データの壁

    それは、「あちら側」と「こちら側」で、データをどうやりとりしているかに起因する。メインフレーム+ダム端末において、ダム端末側は端末で入力されたデータをそのままメインフレーム側に送り、そしてディスプレイにはメインフレームから送られて来たデータがそのまま表示される。

    これに対して「クラウドへの窓」である「スマート端末」では、そのようなことはない。HTMLで送られて来たWebページは「ブラウザ」というソフトウェアによって加工しなければ表示されないし、キーボードやマウスからの入力、そしてカメラの写真も、「送信ボタン」を押すまでは送信されない。

    ソフトウェアの世界にはMVC = model, view, controller という言葉があるが、クラウドの世界においては view、すなわち「生のデータ」をユーザーが見えるように加工 = render する作業は端末側の仕事になっている。こうすることによってクラウドと端末の間を往復するデータは最小限に抑えられる。が、その代わり端末がやらねばならぬ仕事はずっと多くなる。

    そして、何をどれだけ端末にやらせ、何をどこまでクラウド側にやらせればいいのかというのは今も続く試行錯誤の世界である。ユーザーが何かするたびにサーバー側でHTMLを作りなおすのか、それともAJAXでやるのか。このあたりの間合いというのは、実際にやってみないとなかなかわからない。

  3. ユーザーの壁

    こうしてクラウド・コンピューティングが使い物になっても、それだけではユーザーは使ってくれない。「今まで出来た事が出来ます」というのは不十分で、「今まで出来なかったことが出来るようになります」という売り文句がないとダメなのだ。

    Webメールというのは、HotmailやYahooをはじめ、前世紀から存在した。立派なクラウド・コンピューティングでありユーザーも少なくなかったが、あくまで無料の安物であり、@の後ろがそれらのドメインだと、それだけでそのアドレスの信憑性が下がったものだ。

    そうでなくなったのは、gmailが登場してからだろう。高度なSPAMフィルターとそして全文検索を備えたそれは、今までのWebメールとは明らかに別物だった。ここに至ってはじめてWebアプリケーションというのはデスクトップアプリケーションの劣化コピーでないことが証明されたのだ。

データと表現の分離、それを可能とするだけの高性能端末、そしてそれらに対するユーザーの認知。これらの条件がそろってはじめてクラウド・コンピューティングが市民権を得る事になったのであるが、それではどれくらいその利用が広まっているかを見ると面白いことがわかる。

古くからインターネットを使っている人ほど、導入に躊躇しているのだ。

たとえば私はblogは「クラウド」にある一方、メールに関しては今も自前で維持管理しているし、blog以前の「レガシー」な「ホームページ」もそのままだ。私自身技術者であるので「全部クラウドに丸投げしたら負けだと思ってる」という点も小さくはないが、それより大きいのは移行コストである。メールボックス一つとっても10GBを超えていてgmailですら無料で扱える範囲を超えているし、Webが今よりずっと不安定な時代を生きてきたのでそもそもWebで何かを済まそうということそのものに心理的な抵抗もある。ちなみに本entryも草稿はローカルなテキストエディタで書いている。

これに対して、blogは「はじめから」 livedoor blog で開始した。それまでWebに限らず日記をつける習慣もなかったし、今のように「無いと困る」サービスではなく「あればよい」サービスだったからだ。それよりもblog歴が長い人々は、今もなお自前でblogをホストしている例も少なくない。

こうした現象は、1995年に出版された「インターネット」で早くも指摘されている。「老舗のページはださい」、と。ある技術を成立させた貢献者というのは、どうもその果実を味わう前に力つきてしまうようなのだ。

そしてこのことは、「クラウド・コンピューティング」という言葉を流行らせたGoogleにすら成り立つように見えるのだから面白い。端末に関しては Apple に iPhone で先行されたし、ソーシャルウェブでは Facebook や Twitter との差は開く一方に見える。

後発者にとって、これは福音なのではないか。利用者になるにも、競争相手になるにも。

経験は手間暇と引き換えに手に入るが、「未経験」を入手する方法はないのだから。

Dan the Man below the Crowd

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